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9  馬鹿なの?(途中視点変更あり)

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 リュージ様はフェアララさんの代わりに検査入院してもらうことになり、入院期間が延びた。
 わざわざ騎士が予約を入れにいってくれたのだから、無駄にするわけにはいかないということにした。

 フェアララさんがこんなに早くに捕まることになったのは、私にとっても予想外のことだった。

 リュージ様はかなりショックを受けていた。

「そんな、俺のフェアララが……! どうして……!」

 慰めてあげる筋合いはないので、事実を伝えたあと私は屋敷に帰ることにした。

 王都に来たから、家族に会おうかと思ったけれど、結婚してから日にちは経っていないし、今日のことを知られたら何か言われそうな気がした。

 別にやり過ぎてはいないと思うのよ。
 だけど、話をしたら心配させてしまいそうだし、何か言われそうだからやめておいた。
 ただ、国王陛下のお耳には入れておかないと駄目でしょうから報告は入れておくことにしないといけないわ。

 病院からの帰りの馬車の中で次に何をしようかと考える。
 まずは、明日に帰ってくる執事のことをもう少し詳しく調べないといけないわ。

 そう思っていたのだけれど、私が好き放題していることがさすがに執事の耳に入ったらしく、調べる暇を与えてくれなかった。

 タワオ邸に戻ると、わたしを出迎えてくれた人間の中に知らない顔があった。

「おかえりなさいませ、奥様。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。この家の執事のトノツリ・セイフと申します」

 前に出てきたのは、黒の執事服を着た長身痩躯の男性だった。
 肩より少し長い緑色の髪を後ろに一つにまとめていて、大きめのメガネをかけている。

 社交場に出ればちやほやされそうな整った顔立ちではあるけれど、彼は平民出身だ。

 男爵の爵位であれば、貴族の後ろ盾があれば、この国ではお金で買うことが出来る。
 セイフは貴族になりたがっているということをジーネたちから教えてもらっていた。

 彼の目的はお金を貯めて貴族になること。
 夢があるのは良いけれど、不正は許されない。

「レイティアよ、よろしくね。それより、あなたは執事のくせに何をしてるの。普通は屋敷を何日も空けるものではないでしょう」
「わたくしはリュージ様から大切な任務を任されております」
「あらそう。なら聞かせてほしいわ。主人の妻が初めてこの家にやって来るというのに、それよりも優先しなければいけない任務って何なの」
「それは、旦那様とわたくしの秘密でございます」

 セイフは「申し訳ございません」と言って頭を下げた。

「私に言えないことだということはわかったわ。その任務についてはリュージ様が戻られたら話をしてもらうことにしましょう。それから、あなたはこれからは仕事では勝手に外に出ないようにしてちょうだい」
「ど、どういうことでしょうか?」

 セイフが焦った顔をして聞いてくる。

「執事の仕事をしてほしいの」
「ですが、税の取り立ては」
「外部委託するわ。帳簿を調べてみたら、どうしても金額が合わないの」
「ちょ、帳簿を……? なぜ奥様が!?」
「私が家のことを管理してもおかしくないでしょう?」
 
 セイフの顔色がどんどん悪くなっていく。
 自分のやっていたことがバレるかもしれないという不安が出てきたのでしょうね。

「帳簿は……、フェアララ様の仕事です。奥様は特に何もされなくても」
「ああ。あなたはまだ知らなかったわね。フェアララさんなら警察に捕まったわ」
「け、警察に!? なんの容疑でですか!?」
「私や毒見役への殺人未遂よ。まあ、他にも余罪は出てくるでしょうけどね」
「さ、殺人未遂……ですか」

 セイフは大きく息を吐いて胸を撫で下ろす。
 
「そこで安堵するのはおかしいんじゃないの?」
「い、いえ。安堵したというわけでは!」
「そう? あなたの様子はそんな風にしか見えなかったけれど?」
「もし、そう見えたとおっしゃるのであれば、奥様が生きていらっしゃるという安堵感でございます」
「奥様と呼ぶのはやめてちょうだい。虫酸が走るわ」
「で、では、レイティア様。家の仕事はわたくしに任せてゆっくりなさってください」

 セイフはどうやら不正している証拠を隠したいようだけれど、帳簿にはその証拠はない。
 なぜなら、フェアララさんは管理しているとか言いながら何もしていなかったからだ。

 そのせいで、タワオ公爵家の現金残高は公爵家でいえばかなり貧しい。

 そのせいで領民に現金で取り立てて、帳尻を合わせていた。
 税率を上げすぎたから滞る人間が増えただけで、適正なものにすれば多くの税収が一気に入る。
 私がこの家にいる間は、それでやりくりするしかない。
 問題は税を取りすぎた人たちにどう還元するかだわ。

「私がどう動くかはあなたに決められることではないでしょう? あなたこそ執事らしくしなさい。フェアララさんはメイド長という立場だったんだから、管理できなかったあなたにも責任があるわよ」

 冷たく言うと、セイフの口元から笑みが消えた。
 出迎えに来ていたジーネを含むメイドたちの表情も凍りつく。

「あ、あのレイティア様」

 ジーネが何か言おうとしたけれど、それを制してセイフに言う。

「言いたいことがあるのなら言えばいいわ」
「では言わせていただきますが、わたくしを普通の執事と思わないほうが良いですよ」
「あなたを普通の執事だなんて思ったことはないわ。職務怠慢で悪いことをしている執事だと思ってるだけよ」
「あなたが好きなことを言えば言うほど、あなたの大事な人に危険が及びますよ?」

 セイフは憎たらしい笑みを浮かべた。

「どういうこと?」
「あなたが勝手なことをすればするほど、あなたの家族や大事な人に危害が及ぶと言っているのです」
「堂々と脅してくるだなんて、あなたもやっぱり賢くないわね」
「賢くないのはあなただ! あなたのせいで家族や元恋人が殺されるかもしれないのに!」
「……元恋人?」

 私には元婚約者はいても元恋人はいない。
 首を傾げると、セイフはいきなりお腹を抱えて笑い始める。

「しらばっくれても無駄ですよ。ジェド・シルーク卿はあなたの元恋人でしょう?」
「ああ、そういうこと。仲が良かっただけで恋人じゃないわよ。まあいいわ。で、どうするつもりなの?」
「わたくしには悪い友人がいましてね。あなたの大事な人を殺せと命令すればすぐに実行してくれますよ」
「あなた馬鹿なの?」
「……は?」

 ふぅと大きく息を吐いてから、意味がわかっていないセイフに告げる。

「あなたの言っているのは、ナラシール公爵家の人間とシルーク家の嫡男を殺す、もしくは怪我をさせると言っているんでしょう?」
「そうです。そのことを外部の人間に話をしても、あなたの大事な人たちはあなたのせいで命を落とすかもしれません」
「そう」

 お父様たちが言っていた「やり過ぎるな」はこうなるかもしれないからだったのね。
 それにしても、セイフは本当に馬鹿ね。

 公爵家に喧嘩を売ろうとするだなんてありえないわ。

 どうしたら良いかしら。
 ……そうだわ。

「家族は護衛がいるから大丈夫でしょうけれど、シルーク卿が心配だわ」
「そうでしょう、そうでしょう。彼を危険な目に遭わせたくなければ……」
「ううん。きっと、ハッタリよ。出来やしないわ!」

 私が首を横に振ると、セイフは眉根を寄せる。

「ハッタリ? どういうことです?」
「どうせ、そんなことを言って何もできやしないんでしょう? 脅しには屈しないわ!」

 ジーネたちは何日かではあるけれど、本当の私をみている。

 だから、私の態度に違和感を感じているようだけれど、私のことを知らないセイフはまんまと私の目論見通りの発言をしてくれる。

「ハッタリなんかではありません! 覚えていてください。近い内にシルーク卿が亡くなったという知らせが届くでしょう」
「……そんな!」

 ショックを受けるふりをした私を見て、セイフは満足そうな顔をして、私よりも先に邸の中に入っていく。

 相変わらず、執事の仕事をしようとしないわね。

 呆れていると、ジーネが話しかけてくる。

「レイティア様、よろしいのですか?」
「大丈夫よ。シルーク卿だもの」

 ジェドの強さを知っているのは私だけじゃない。
 貴族の人間なら誰でも知っている。
 
 セイフが繋がっている裏の人間というのは単なるゴロツキでしょうから、ジェドが負けるはずがない。

 ジェドには全てが終わったら、まとめて謝ることにしないといけないわ。



◇◆◇◆◇


 レイティアとセイフが話をした当日の夜のこと。

 シルーク邸と王城はそう離れていないため、ジェドは背中に剣を背負い、トレーニングがてらに走って帰途についていた。

 そう遅い時間ではないが人通りは少なく、民家のない場所になると、月明かりしかなく視界は悪い。

 道の左右は木々が生い茂っており、夜になるとこの道は危険だと地元民の間では有名な道だった。
 
 ジェドが無言で背中の剣の柄に触れた時、木々の間から数人の男が飛び出し、ジェドに斬り掛かってきた。

「たくさんのお客さんで商売繁盛だよ」
 
 ジェドはそう呟くと、難なく斬り掛かってきた相手を打ち倒した。

 息も切らさずに数人の男を相手にしたジェドは、地面に倒れている男のうち、一番狡猾そうな男に近寄って尋ねる。

「死にたくなければ答えてください。誰の命令です?」

 表向きの顔を見せてジェドが尋ねると、男は素直に口を割る。

「……セイフ様だよ」
「……セイフ?」

 聞き覚えのない名前だったので、一瞬、ジェドは考えたが、すぐにタワオ家の執事の名と同じことに気が付く。

(レイティアの奴、わざと俺を襲うように仕向けたな)

 ジェドは戦った際に襲ってきた男たち全ての足の腱を切っていた。
 そのため、歩くこともできない男たちはジェドが呼んできた馬車に乗せられ、警察署へと運ばれることになったのだった。


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