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8 お元気で
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「そんなに怒らなくてもいいでしょう? 何度も言っているけれど、これは毒ではなくて、ただの調味料なのだから」
フェアララさんの目の前で小瓶を振りながら言うと、リュージ様が死んでしまうかもしれないという恐怖からなのか、フェアララさんは涙を流し始める。
「あんたは鬼だわ」
「あなたにそんなことを言われたくないわ。だって、あなたは私にこれが入った食べ物を食べさせようとしたじゃないの」
「渡しただけで入れてはいないわ! 食べさせようとしたのは毒見役の女じゃないの!」
「あなたに脅されたと言っていたけど?」
「……は?」
フェアララさんが聞き返したその時、リュージ様が料理と一緒に出ていた水を一気に飲み干す。
「ああ、苦い! まだ口の中が苦いぞ!」
「そんな! どうして吐き出さなかったんですか!」
フェアララさんは泣きながらリュージ様に叫んだ。
そんな2人の様子を眺めたあと、ゆったりとした口調でリュージ様に話しかける。
「苦いだけなら大丈夫ですわ。リュージ様、息苦しいとか、身体に異変はないんですわよね?」
「苦しくはない……。いや、そう言われてみれば、何だか息苦しく……うっ!」
突然、リュージ様が苦しみ始めた。
苦しくなるわけないでしょう。
と言いたくなったけれどやめた。
やはり、リュージ様も毒かもしれないという恐怖はあったみたいね。
フェアララさんの焦り具合と料理に苦味を感じたことから、自分が毒を口にしてしまったと思い込んでしまったようだった。
これが薬だと言われて飲んだものが、実際の薬じゃなかったのに症状が治まった場合があると聞いたこともあるから、その逆パターンなのだと思われる。
「いや、リュージ様! 死なないで!」
フェアララさんは苦しみ始めたリュージ様の身体を抱きしめて叫ぶ。
彼女のほうもリュージ様が毒を口に入れたと思い込んでいるから必死だった。
「大変だわ。苦しんでいらっしゃるみたいだし、お医者様を呼びましょう! 良かったわね。ここは病院よ! 先生はすぐ近くにいらっしゃるわ!」
残ってくれていた騎士にお願いすると、部屋を出てすぐに先生を連れてきてくれた。
これも打ち合わせしていて、先生は少し前から廊下で待ってくれていた。
「大丈夫ですか!? 息が苦しいとお聞きしましたが!」
急いで駆け付けたことを強調するかのように息を切らして、中年の男性医師がリュージ様に話しかける。
「先生! この女が食事に何か入れたんですっ! うっ!」
リュージ様の息が荒くなっていく。
そろそろ種明かししたほうが良いかしら。
本当にショック死されても困るわ。
私は性悪女であって、極悪女ではないのよ。
「変なものはいれてませんわ。ねえ、味を見てくれる?」
先生がリュージ様を相手にしてくれている間、ナラシール家の騎士に、まだ手の付けられていない魚料理を食べてもらう。
フォークとナイフで魚を一口大に切り、フォークに刺して口に入れた騎士は、咀嚼したあとに感想を教えてくれる。
「苦いだけですね。苦いのが好きな方なら良いと思います」
「おい! お前は苦しくないのか!?」
「苦しくはありません。苦いだけです」
この展開も打ち合わせ通りだから、騎士は笑顔でリュージ様に尋ねる。
「もしかしますと、リュージ様は苦しいと思いこんでしまっているだけなのではないでしょうか?」
「い、いや、そんな……」
「そうよ! そんなことはないわ! きっと、あなたには毒の耐性があるのよ! だから、苦しくならないんだわ! ああ! このままじゃ、リュージ様が死んじゃう! リュージ様、しっかりして!」
フェアララさんは気付いていないみたいだけれど、彼女ははっきりと毒だと言った。
すると、先生がフェアララさんに尋ねる。
「あなたは、タワオ公爵に毒の入った食べ物を食べさせたのですか?」
「は? 何を言ってんのよ! 食べさせたのはこいつよ!」
フェアララさんが私を指差すので、わざとらしく首を傾げる。
「私はあなたが毒見役に渡した調味料を入れただけよ?」
「馬鹿じゃないの! あれは調味料なんかじゃないわよ!」
そこまで言うと、フェアララさんは先生を部屋の外に追い出そうとする。
「もういいわ、役立たず! 話ができないから外に行ってなさいよ!」
「フェアララさん。リュージ様が苦しんでいるのに先生をどこかにやっては駄目よ。あなた、リュージ様を殺すつもりなの?」
「解毒剤がなければもう手後れよ!」
フェアララさんは先生を廊下に追いやって扉を閉めると、サイドテーブルの引き出しからペンと紙を取り出す。
「お願いです、リュージ様! 今すぐ遺言書を書いてください! このままでは財産が全てレイティアのものになってしまいます!」
「え? 遺言書? 待てよ。俺は死ぬのか?」
「そうです! あなたは死ぬんです!」
リュージ様の質問に対する答えを聞いた騎士が、たまらず吹き出した。
笑いたくなる気持ちもわかるわ。
親の仇か何かでもあるまいし、誰かに向かって「あなたは死ぬんです!」はないと思うわ。
すると、リュージ様が焦った顔で首を横に振る。
「そんな! 嫌だ! 俺は死にたくない!」
「そんなことはいいですから、今すぐ遺書を書いてください!」
パニックになった時に人間の本性は出るものなのね。
フェアララさんはリュージ様への愛情よりも、お金への執着が勝ってしまっている。
「フェアララさん。そんな物騒な話をするのはやめて、リュージ様をお医者様に診てもらいましょう」
「助からないって言ってんでしょ! 本当ならあんたがこんな目に遭うはずだったのに!」
フェアララさんは本性を隠そうとはせず、私に近付きながら言葉を続ける。
「あたしは優しいから命くらいは助けてやろうとしてたのに信じられないわ!」
「あなた、やっぱり、私に毒を飲ませようとしていたのね?」
「……っ! そうよ! 今回は脅しのつもりだった。それでも邪魔をするなら殺してやろうと思ったわ! でも、それはリュージ様のためよ!」
「どういうこと?」
「リュージ様をあんたみたいな女に盗られるわけにはいかないからよ!」
「それ、リュージ様のためじゃなくてあなたのためじゃないの」
はっきり言ってやると、フェアララさんは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「うるさい! あんたが来てから私の人生は無茶苦茶よ!」
「そうよね。ごめんなさいね? 悪いとは思ってないけど、一応、謝っておくわ」
「あんた、本当にムカつくわね!」
「あなたにムカつかれても、私は別に困らないのよ。あなたは好きなだけ言いたいことを言えばいいわ? もちろんここではなく、警察署でね?」
私が微笑んだと同時に騎士が扉を開いた。
すると、黒スーツの男性数人と女性が部屋の中に入ってきて、私に一礼した。
「私や毒見役の殺人未遂として、彼女を捕まえてもらえますわね?」
「はっきりと殺意を認めておられましたし、証拠もありますからもちろんです」
女性警察官は私の言葉に頷くと、フェアララさんに話しかける。
「署までご同行願います」
「は? 何なの、何なのよこれ!?」
「フェアララさん。簡単に教えてあげるわね? あなたは捕まるの。公爵夫人を殺そうとした罪でね? それはもう罪は重くなると思うわ」
自分で言うのもなんだけれど、私は両陛下のお気に入りなのよ?
私を殺そうとしただなんて、お二人が聞いたら軽い罪で済ませるわけがないわ。
まあ、フェアララさんたちは私が両陛下のお気に入りだなんて知らないからわかるわけがないわね。
「嫌よ! 捕まるわけないでしょ!」
フェアララさんは叫んだかと思うと、女性警察官を押し退けて部屋の出入り口に向かう。
目の前にいる私が邪魔だったのか、ぶつかってこようとしたので、ひらりと躱して片方の足を彼女の前に出すと、見事にひっかかって派手に転んでくれた。
倒れ込んだ彼女を警察官が取り押さえる。
「あなた、詰めが甘すぎなのよ」
両腕を掴まれて立ち上がらされたフェアララさんに言うと、彼女はよっぽど悔しいのか涙を流す。
「あんたが嫁になんて来るから!」
「そうね。でも、そうなる理由を作ったのはあなたたちよ?」
「は? 何言ってんのよ! あたしは関係ないわよ!」
「ちょっと部屋の外に出ましょう」
リュージ様に話を聞かれたくないので、フェアララさんたちと一緒に部屋の外に出る。
フェアララさんはまだ逃げることを諦めていないのか、必死に暴れているけれど、男性の力に敵うわけがない。
「フェアララさん。もう二度と会えないと思うから教えてあげる。私がここに来た理由は、あなたたちが自分たちのために領民を苦しめるからよ。そんなことをしなければ、今だって幸せに暮らせていたのに」
「どうして、あんたはそんなに偉そうなのよ! 家族でも何でもないのに他の領民のことに首を突っ込むな!」
「それが、そういうわけにもいかないのよね」
小さく息を吐いてからフェアララさんに近付いていく。
すると、警察の人たちは彼女の腕は掴んだまま、彼女から少しだけ身を離してくれた。
「私は国王陛下の命令で結婚したのよ?」
「な、え? こ、こく」
耳元で囁くと、フェアララさんは本当にびっくりしたのか、口をパクパクさせた。
そんな彼女を見て満足した私は、警察の人に話しかける。
「話をさせてくれてありがとうございます。 では、もう連れて行ってもらえます? あと、彼女が国王陛下のことを口にするようなら、不敬罪も追加してもらいたいわ」
「承知しました。ほら、行くぞ!」
フェアララさんは警察の人に引きずられるようにして、部屋から離れていく。
「嘘よ、そんな! ううん! いくら国王陛下の命令だからといって、リュージ様を! 人を殺すだなんてありえない!」
「言うなと言ったのに、すぐに口に出すのだから困ったものね」
呆れてしまって、つい言葉を漏らしてしまう。
特別病室の近くには他の病室はないので、彼女が叫んでも他の人に聞こえることはない。
だから、私も大きな声で応える。
「言っておくけれどフェアララさん。あの小瓶の中身は入れ替えているの」
「は?」
警察の人が足を止めてくれたので、フェアララさんの間抜けな顔がよく見えた。
ポーチの中から小瓶を取り出して、彼女に向かって左右に振る。
「もう一度言うわね。この小瓶の中に入っているのは、ただの苦味を感じる液体。あなたが入れていたものじゃないの。もちろん、元々の中身は違う容器に移し替えているし、移し替える前に警察に確認してもらっているから安心して?」
「な、なんですって!? あ、あんた! 本当に最低な人間ね!」
「そうね。あなたたちにとってはそうかもしれない。だけどね、あなたたちに虐げられた人たちにしてみれば、私のほうがよっぽどマシな人間なのよ?」
私は微笑みを浮かべたつもりだったのだけれど、フェアララさんにしてみれば怖かったようで怯えた表情になった。
失礼な話だわ。
「では、さようなら。お元気で」
小瓶をポーチに戻し、ワンピースドレスの裾を広げて優雅にカーテシーをする。
フェアララさんが何か言っていたけれど無視をして部屋の中に入り、扉を閉めてからリュージ様に尋ねる。
「リュージ様、聞こえましたでしょうか? あなたが口に入れたものは毒ではありませんわ」
「え? あ? あ、いや、そ、そうだったのか! そうだと思った! 本当は苦しくなんてなかったからな!」
リュージ様はなぜか偉そうな顔をして答えたのだった。
フェアララさんの目の前で小瓶を振りながら言うと、リュージ様が死んでしまうかもしれないという恐怖からなのか、フェアララさんは涙を流し始める。
「あんたは鬼だわ」
「あなたにそんなことを言われたくないわ。だって、あなたは私にこれが入った食べ物を食べさせようとしたじゃないの」
「渡しただけで入れてはいないわ! 食べさせようとしたのは毒見役の女じゃないの!」
「あなたに脅されたと言っていたけど?」
「……は?」
フェアララさんが聞き返したその時、リュージ様が料理と一緒に出ていた水を一気に飲み干す。
「ああ、苦い! まだ口の中が苦いぞ!」
「そんな! どうして吐き出さなかったんですか!」
フェアララさんは泣きながらリュージ様に叫んだ。
そんな2人の様子を眺めたあと、ゆったりとした口調でリュージ様に話しかける。
「苦いだけなら大丈夫ですわ。リュージ様、息苦しいとか、身体に異変はないんですわよね?」
「苦しくはない……。いや、そう言われてみれば、何だか息苦しく……うっ!」
突然、リュージ様が苦しみ始めた。
苦しくなるわけないでしょう。
と言いたくなったけれどやめた。
やはり、リュージ様も毒かもしれないという恐怖はあったみたいね。
フェアララさんの焦り具合と料理に苦味を感じたことから、自分が毒を口にしてしまったと思い込んでしまったようだった。
これが薬だと言われて飲んだものが、実際の薬じゃなかったのに症状が治まった場合があると聞いたこともあるから、その逆パターンなのだと思われる。
「いや、リュージ様! 死なないで!」
フェアララさんは苦しみ始めたリュージ様の身体を抱きしめて叫ぶ。
彼女のほうもリュージ様が毒を口に入れたと思い込んでいるから必死だった。
「大変だわ。苦しんでいらっしゃるみたいだし、お医者様を呼びましょう! 良かったわね。ここは病院よ! 先生はすぐ近くにいらっしゃるわ!」
残ってくれていた騎士にお願いすると、部屋を出てすぐに先生を連れてきてくれた。
これも打ち合わせしていて、先生は少し前から廊下で待ってくれていた。
「大丈夫ですか!? 息が苦しいとお聞きしましたが!」
急いで駆け付けたことを強調するかのように息を切らして、中年の男性医師がリュージ様に話しかける。
「先生! この女が食事に何か入れたんですっ! うっ!」
リュージ様の息が荒くなっていく。
そろそろ種明かししたほうが良いかしら。
本当にショック死されても困るわ。
私は性悪女であって、極悪女ではないのよ。
「変なものはいれてませんわ。ねえ、味を見てくれる?」
先生がリュージ様を相手にしてくれている間、ナラシール家の騎士に、まだ手の付けられていない魚料理を食べてもらう。
フォークとナイフで魚を一口大に切り、フォークに刺して口に入れた騎士は、咀嚼したあとに感想を教えてくれる。
「苦いだけですね。苦いのが好きな方なら良いと思います」
「おい! お前は苦しくないのか!?」
「苦しくはありません。苦いだけです」
この展開も打ち合わせ通りだから、騎士は笑顔でリュージ様に尋ねる。
「もしかしますと、リュージ様は苦しいと思いこんでしまっているだけなのではないでしょうか?」
「い、いや、そんな……」
「そうよ! そんなことはないわ! きっと、あなたには毒の耐性があるのよ! だから、苦しくならないんだわ! ああ! このままじゃ、リュージ様が死んじゃう! リュージ様、しっかりして!」
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すると、先生がフェアララさんに尋ねる。
「あなたは、タワオ公爵に毒の入った食べ物を食べさせたのですか?」
「は? 何を言ってんのよ! 食べさせたのはこいつよ!」
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「私はあなたが毒見役に渡した調味料を入れただけよ?」
「馬鹿じゃないの! あれは調味料なんかじゃないわよ!」
そこまで言うと、フェアララさんは先生を部屋の外に追い出そうとする。
「もういいわ、役立たず! 話ができないから外に行ってなさいよ!」
「フェアララさん。リュージ様が苦しんでいるのに先生をどこかにやっては駄目よ。あなた、リュージ様を殺すつもりなの?」
「解毒剤がなければもう手後れよ!」
フェアララさんは先生を廊下に追いやって扉を閉めると、サイドテーブルの引き出しからペンと紙を取り出す。
「お願いです、リュージ様! 今すぐ遺言書を書いてください! このままでは財産が全てレイティアのものになってしまいます!」
「え? 遺言書? 待てよ。俺は死ぬのか?」
「そうです! あなたは死ぬんです!」
リュージ様の質問に対する答えを聞いた騎士が、たまらず吹き出した。
笑いたくなる気持ちもわかるわ。
親の仇か何かでもあるまいし、誰かに向かって「あなたは死ぬんです!」はないと思うわ。
すると、リュージ様が焦った顔で首を横に振る。
「そんな! 嫌だ! 俺は死にたくない!」
「そんなことはいいですから、今すぐ遺書を書いてください!」
パニックになった時に人間の本性は出るものなのね。
フェアララさんはリュージ様への愛情よりも、お金への執着が勝ってしまっている。
「フェアララさん。そんな物騒な話をするのはやめて、リュージ様をお医者様に診てもらいましょう」
「助からないって言ってんでしょ! 本当ならあんたがこんな目に遭うはずだったのに!」
フェアララさんは本性を隠そうとはせず、私に近付きながら言葉を続ける。
「あたしは優しいから命くらいは助けてやろうとしてたのに信じられないわ!」
「あなた、やっぱり、私に毒を飲ませようとしていたのね?」
「……っ! そうよ! 今回は脅しのつもりだった。それでも邪魔をするなら殺してやろうと思ったわ! でも、それはリュージ様のためよ!」
「どういうこと?」
「リュージ様をあんたみたいな女に盗られるわけにはいかないからよ!」
「それ、リュージ様のためじゃなくてあなたのためじゃないの」
はっきり言ってやると、フェアララさんは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「うるさい! あんたが来てから私の人生は無茶苦茶よ!」
「そうよね。ごめんなさいね? 悪いとは思ってないけど、一応、謝っておくわ」
「あんた、本当にムカつくわね!」
「あなたにムカつかれても、私は別に困らないのよ。あなたは好きなだけ言いたいことを言えばいいわ? もちろんここではなく、警察署でね?」
私が微笑んだと同時に騎士が扉を開いた。
すると、黒スーツの男性数人と女性が部屋の中に入ってきて、私に一礼した。
「私や毒見役の殺人未遂として、彼女を捕まえてもらえますわね?」
「はっきりと殺意を認めておられましたし、証拠もありますからもちろんです」
女性警察官は私の言葉に頷くと、フェアララさんに話しかける。
「署までご同行願います」
「は? 何なの、何なのよこれ!?」
「フェアララさん。簡単に教えてあげるわね? あなたは捕まるの。公爵夫人を殺そうとした罪でね? それはもう罪は重くなると思うわ」
自分で言うのもなんだけれど、私は両陛下のお気に入りなのよ?
私を殺そうとしただなんて、お二人が聞いたら軽い罪で済ませるわけがないわ。
まあ、フェアララさんたちは私が両陛下のお気に入りだなんて知らないからわかるわけがないわね。
「嫌よ! 捕まるわけないでしょ!」
フェアララさんは叫んだかと思うと、女性警察官を押し退けて部屋の出入り口に向かう。
目の前にいる私が邪魔だったのか、ぶつかってこようとしたので、ひらりと躱して片方の足を彼女の前に出すと、見事にひっかかって派手に転んでくれた。
倒れ込んだ彼女を警察官が取り押さえる。
「あなた、詰めが甘すぎなのよ」
両腕を掴まれて立ち上がらされたフェアララさんに言うと、彼女はよっぽど悔しいのか涙を流す。
「あんたが嫁になんて来るから!」
「そうね。でも、そうなる理由を作ったのはあなたたちよ?」
「は? 何言ってんのよ! あたしは関係ないわよ!」
「ちょっと部屋の外に出ましょう」
リュージ様に話を聞かれたくないので、フェアララさんたちと一緒に部屋の外に出る。
フェアララさんはまだ逃げることを諦めていないのか、必死に暴れているけれど、男性の力に敵うわけがない。
「フェアララさん。もう二度と会えないと思うから教えてあげる。私がここに来た理由は、あなたたちが自分たちのために領民を苦しめるからよ。そんなことをしなければ、今だって幸せに暮らせていたのに」
「どうして、あんたはそんなに偉そうなのよ! 家族でも何でもないのに他の領民のことに首を突っ込むな!」
「それが、そういうわけにもいかないのよね」
小さく息を吐いてからフェアララさんに近付いていく。
すると、警察の人たちは彼女の腕は掴んだまま、彼女から少しだけ身を離してくれた。
「私は国王陛下の命令で結婚したのよ?」
「な、え? こ、こく」
耳元で囁くと、フェアララさんは本当にびっくりしたのか、口をパクパクさせた。
そんな彼女を見て満足した私は、警察の人に話しかける。
「話をさせてくれてありがとうございます。 では、もう連れて行ってもらえます? あと、彼女が国王陛下のことを口にするようなら、不敬罪も追加してもらいたいわ」
「承知しました。ほら、行くぞ!」
フェアララさんは警察の人に引きずられるようにして、部屋から離れていく。
「嘘よ、そんな! ううん! いくら国王陛下の命令だからといって、リュージ様を! 人を殺すだなんてありえない!」
「言うなと言ったのに、すぐに口に出すのだから困ったものね」
呆れてしまって、つい言葉を漏らしてしまう。
特別病室の近くには他の病室はないので、彼女が叫んでも他の人に聞こえることはない。
だから、私も大きな声で応える。
「言っておくけれどフェアララさん。あの小瓶の中身は入れ替えているの」
「は?」
警察の人が足を止めてくれたので、フェアララさんの間抜けな顔がよく見えた。
ポーチの中から小瓶を取り出して、彼女に向かって左右に振る。
「もう一度言うわね。この小瓶の中に入っているのは、ただの苦味を感じる液体。あなたが入れていたものじゃないの。もちろん、元々の中身は違う容器に移し替えているし、移し替える前に警察に確認してもらっているから安心して?」
「な、なんですって!? あ、あんた! 本当に最低な人間ね!」
「そうね。あなたたちにとってはそうかもしれない。だけどね、あなたたちに虐げられた人たちにしてみれば、私のほうがよっぽどマシな人間なのよ?」
私は微笑みを浮かべたつもりだったのだけれど、フェアララさんにしてみれば怖かったようで怯えた表情になった。
失礼な話だわ。
「では、さようなら。お元気で」
小瓶をポーチに戻し、ワンピースドレスの裾を広げて優雅にカーテシーをする。
フェアララさんが何か言っていたけれど無視をして部屋の中に入り、扉を閉めてからリュージ様に尋ねる。
「リュージ様、聞こえましたでしょうか? あなたが口に入れたものは毒ではありませんわ」
「え? あ? あ、いや、そ、そうだったのか! そうだと思った! 本当は苦しくなんてなかったからな!」
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