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6  食べてくださるわよね?

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  次の日の朝早くにフェアララさんとリュージ様は王都に向けて旅立っていった。

 そして、その日の昼過ぎにライナオナ病院からリュージ様を入院させたと連絡が来た。
 最初は入院を嫌がっていたそうだけれど、手に刺された傷から病原菌が入り、脳にまで悪さをしている可能性があると伝えると、今すぐに入院したいと言い出したんだそうだ。

 もし、入院期間を延ばしたい場合は一日前に連絡をくれたら可能だそうなので、なかなか尻尾が掴めない場合は、病院側に入院期間の延長をお願いしようと思っている。

 昼食後、中庭に出ると、私が普通の令嬢ではないことをメイドたちが庭師に伝えたのか、昨日とは打って変わって歓迎ムードだった。

「奥様、昨日は失礼いたしました。あれは、フェアララ様の命令でして」
「悪いと思っているのなら奥様と呼ぶのはやめてちょうだい。書類上や世間体的にはリュージ様の妻だけれど、あの人の妻はフェアララさんだけらしいから。それに私自身も呼ばれたくないのよ」

 そう答えると、話しかけてきた年配の庭師は「承知いたしました。他の庭師にも伝えておきます」と言った。

 なぜ、私が中庭に出てきたかというと、隣にある別邸に行くためだ。
 ジーネに聞いてみると、別邸には税金が払えなくて連れてこられた平民の人たちが集められているらしい。

 食事などは与えられており、劣悪な環境とまではいかないらしいけれど、ノルマを与えられて内職のようなことをさせられていたり、メイドがするのを嫌がるような雑用をさせられたりしているらしい。

 ここに連れられてきた時点で、劣悪な環境というのではないのかと思うのだけど、ジーネたちにとっては違うらしかった。

 ジーネたちはすっかり、リュージ様たちの考えに染まっているみたい。

 これは仕事だと割り切れなかった人間が、ここで働くのを辞めたり、クビになっているのかもしれないわね。

 そんなことを考えながら、ナラシール家から連れてきた騎士たちと一緒に別邸に近付くと、扉の前に立っていたタワオ家の騎士の一人が声を掛けてくる。

「申し訳ございませんが、ここは立入禁止です」
「誰なら入れるの?」
「ここに入ることを許されているのは、リュージ様とフェアララ様だけです。レイティア様は認められておりません」
「私はこの邸内ではリュージ様と同じ権限を持っているの。だから、中に入ってもかまわないでしょう?」

 笑顔で尋ねると、話しかけてきた騎士の横に立っていた、もう一人の騎士が首を横に振る。

「リュージ様からレイティア様を通してはいけないと命令されているのです」
「そう。そんなにも私に見られたくないものが中にあるということね。そんな話を聞いたら、余計に入りたくなってしまうわ」

 別邸を守っている騎士は4人。
 私が連れてきた騎士は2人。
 戦えないことはないけれど、血を見るようなことはやめておきたい。

 ということは、早速、権力を使わせてもらいましょう。

「では、ここにいる別邸を守っている騎士の4人を私の権限で解雇します」
「か、解雇!? そんな!」

 私の言葉を聞いた騎士たちは全員、焦った顔になった。

「解雇後はあなたたちはこの別邸を守る必要はなくなるわよね? そうしたら、私は中へ入るわ。その後、再雇用してあげるから心配しないで?」
「ど、どういうことでしょうか?」

 困惑している騎士たちに簡単に説明する。

「今の私にはリュージ様と同じ権限があるの。だから、あなたたちを解雇して、この別邸を守らなくても良いようにするわ。私が別邸での用事を終えて出てきたときには、私があなたたちを再雇用する。それから別邸を守る仕事を再開してくれればそれで良いわ。解雇と再雇用の書類が必要だと言うのなら用意するから言ってちょうだい」

 私の説明に納得してくれた騎士たちは、一時的にだけれど別邸を守る必要はなくなったので、私を中に通してくれた。
 
 別邸に足を踏み入れると、内装は本邸と似たようなものだけれど、どこか薄暗く本邸以上に静まり返っていた。
 ここで人が生活しているようには、まったく感じられない。


「不気味ですね」
「本当ね」

 一人の騎士の言葉に頷いてから、ランタンの明かりを頼りに、手分けして別邸の中に人がいるかを探してみる。
 そう探し回ることはなく、私たちが探していた人たちは見つかった。
 別邸の奥のほうに小さなホールがあり、全員がそこに閉じ込められていた。

 話を聞いてみると、ここにいる人たちはこの場所に来て初めて会った人たちで、税金が払えなくて連れてこられたのだと口を揃えて言った。
 中にはまだ3歳だという小さな女の子もいて、子育て経験のある女性たちが彼女の母親代わりをしているらしい。

「今、当主のリュージ様は病気を治すために病院に入院してらっしゃるの。この3日間は確実に帰ってこないわ。もし、病院を抜け出して帰ってくることがあっても、この邸内に入れないから安心して」

 私に見つかったことがバレたら何をされるかわからないと怯えていた人たちも、私の話を聞いて安心したようだった。

 騎士たちにお願いして、彼女たちから名前や住んでいた場所を聞き出してもらい、その住所にいると思われる家族に連絡後に家に帰らせることにした。
 なぜ家族に連絡後にしたかというと、その家があるかどうかもわからないからだ。

 調べてみたところ、高い税金を取り立てて支払えなかった家から人を連れて来いと指示したのはリュージ様だけれど、実行犯は執事だった。
 
 実行犯の執事は現在出かけていて、帰ってくるのは2日後だという。
 ジーネから聞いたけれど、この執事は取り立てをすることがメインで、取り立てた金額の一割がマージンとして執事に入るらしく、お金を何とか払わせようとして暴力をふるったりするらしい。

 そのため、一時的にでもお金を用意するために過酷な労働環境に身を置く人もいれば、連れ去られた人を取り戻すためにお金を稼ごうと頑張っている人たちもいるらしい。
 そして、家を売ってまでお金を貯めて、ここに連れてこられた人を取り戻そうとしている人もいるとわかった。

 ここにいる人たちを解放することを先にしても良いのだろうけれど、皆痩せ細っていて、長旅に耐えられるようには思えなかった。
 しかも、小さな子供が一人で帰れるわけがない。
 家族を見つけ出して安否を確認しなくちゃ。
 この人たちはそれまでは私が責任を持って守るわ。

 問題は3,4日で調査が全て終わるとは思えなかった。
 そうなると、リュージ様が帰ってきてしまう。
 執事は私がなんとかするにしても、リュージ様まで帰ってきたら面倒くさい。
 
「リュージ様には10日以上は入院しないといけない病気になってもらわないといけないわ」

 かといって、どんな方法があるかしら。
 そう考えていたその日の夕食の時に事件は起こった。

 食事は毎食、毒見役が私の目の前で食べ、何の異変がなければ、その数分後に私が食べることになっている。
 この国には遅効性の毒はないため、待たなくても良いのだけれど念のためだ。

 毒見役がスープを大きなスプーンですくい、飲み込んだ時だった。

 いきなりむせ始めたかと思うと喀血した。
 近くにいたジーネたちが悲鳴を上げる。
 
「ちょっと!」

 大丈夫なの?
 と口に出しそうになったけれど、大丈夫なわけがない。
 毒見役の女性は苦しいのか喉をおさえながら椅子から床に崩れ落ちた。
 急いでテーブルを回り込んで彼女のところへ行くと、エプロンドレスのポケットから小瓶が転がり落ちた。

 私がそれを拾い上げると、毒見役の女性は私に向かって手を伸ばしてきた。

「え? 何?」
「それを……わたしに……っ」

 私は拾った小瓶の栓を開けて、彼女に望まれるまま口の中に入れてやった。



*****



 次の日、私は急遽、予定を変更してライナオナ病院に向かった。
 リュージ様は特別病室にいて、何やら色々とワガママを言って、看護師の人たちを困らせているようだった。
 私が病室に現れると、リュージ様はあからさまに嫌そうな顔をした。

 そんな顔をされたら普通は嫌な気持ちになるのだろうけれど、全然気にならない。

 リュージ様の寝ているベッドの横に置かれてある安楽椅子に座っていたフェアララさんは私を見るなり、驚きの表情を浮かべて椅子から立ち上がった。

「どうして!」
「別に妻なんですから見舞いに来てもおかしくはないでしょう。そうでもしないと世間体が悪いもの」

 にこりと微笑んでから、フェアララさんにお礼を言う。

「先日、毒見役の人に料理を美味しくする調味料だと言って渡してくれたのよね? 私に食べさせるものに入れるようにと言ったらしいけれど」
「そ、そうかもしれないわ。だけど、アレルギーが起きるかもしれないから、中和できる薬も渡しておいたはずよ? もしかして、あんたはアレルギーか何かだった?」

 後ろめたいからか、フェアララさんの口調は早口だった。

「毒見役の子が血を吐いたわ。あなたが渡した中和できる薬とやらをすぐに飲ませたから命に別状はなかったわ。それで聞きたいんだけれど」
「な、何よ?」
「あなた、私を殺すつもりであの調味料とやらを渡したの?」
「違うわ! ほんの少しだけ入れればいいだけなのに、きっと多めにいれたのね! せっかくだから、あんたに美味しいものを食べてもらおうと思っただけよ!」
「あら、そうなの」

 言ってほしかった言葉を引き出せたので、後ろに控えている看護助手の人に話しかける。

「リュージ様は病院食が美味しくないといって文句を言っていたと聞いたけれど?」
「はい。遣いの方に外から食べ物を買いに行かせたりされています。本来ならそのようなことは禁止なのですが」
「迷惑をかけてしまってごめんなさいね。今日からはもう大丈夫よ。フェアララさんが料理を美味しくする調味料とやらを持っていたの。それを入れて美味しく食べてもらうわ」
「それは助かります」
「ちょっと!」

 私と看護助手の話を聞いていたフェアララさんが叫ぶ。

「駄目よ! リュージ様にはアレルギーがあるの!」
「そ、そうだ! しかも血を吐いてまで美味しいものを食べたくない! そんなことを言うなんて、お前は馬鹿なのか?」
「あら、フェアララさんが用意したものですよ? あなたはフェアララさんが馬鹿なものを用意したとおっしゃりたいんでですか?」
「そ、それは……!」

 リュージ様が言葉を詰まらせた。
 私は笑みがこぼれそうになるのを我慢して、焦った顔をしているフェアララさんに微笑みかける。

「確認しておくけれど、毒なんかじゃないわよね?」
「あ、当たり前じゃないの!」
「そうよね。毒だとわかっていて渡したのなら、私を毒殺しようとしていたと思われてもしょうがないものね」

 うんうんとわざとらしく首を縦に振る。
 
 さあ、そろそろこの茶番劇も終わりにしたいわ。

「ねえ、リュージ様。あなたはフェアララさんのことを愛しているのでしょう? なら、彼女を信じて、病院の料理にこれを混ぜて食べてくださるわよね?」

 私が毒見役の人から預かった小瓶をポーチから取り出してリュージ様に話しかけると、フェアララさんは今にも泣き出しそうな顔になった。
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