だって愛してませんもの!

風見ゆうみ

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2  潰すわよ

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 3日後、ジェドがナラシール公爵邸にやって来た。

 執事が用件を確認すると、陛下に謁見する約束をしているお父様を迎えに来たんだと言う。
 そのことを執務室で聞いたお父様は「約束した覚えはないんだが……」と思案顔で呟いた。

 でも、なぜか私を見てハッと驚くような顔をされたかと思うと、柔らかい笑みを見せる。

「ああ、そういうことか。レイティア、私が準備をしている間、シルーク卿の相手を頼む」
「承知しました」
 
 ジェドとは嫁入りする前に話をしておきたかったので、ちょうど良かった。

 もしかしたら、陛下は私とジェドが話す時間を作ってくださったのかもしれない。

 そして、お父様もそのことに気が付かれたのね。

「久しぶりね、ジェド」

 ジェドを待たせていた応接室に入ると、ジェドは扉の真正面にある窓の近くに立っていた。
 黒の軍服に、腰に剣を携えたジェドは私を見て微笑する。

「久しぶりだな」

 ダークブラウンのストレートの短髪に水色の瞳を持つジェドは、見た目は爽やかな好青年だ。

 私の前でだけ言葉遣いが荒くなるけれど、他の人の前では真面目すぎると言いたくなるくらい真面目で、礼儀正しい話し方しかしない。

 メイドが私たちの分のお茶を淹れて去っていくと、向かいに側に座ったジェドが眉根を寄せて聞いてくる。

「……本当に嫁入りする気なのか? それに、陛下から聞いたが、侍女を1人も連れて行かないなんて正気かよ?」
「だって、最悪な環境に行くとわかっているのに、わざわざ連れて行くだなんて可哀想じゃないの。侍女が私の代わりにいじめられたりしたらどうするのよ。正直に言わせてもらうと、私一人のほうが戦いやすいの。あと、毒見はタワオ家の毒見役の人にお願いするつもりよ。毒見役が私の分をしてくれない場合は、未来の夫の大事な女性にやらせるわ」

 私が嫁ぐ予定のリュージ・タワオ公爵には恋人がいる。
 リュージ様の恋人はタワオ家のメイドで、まだ年齢的には若いのにメイド長であり、自分の言うことを聞かない使用人はすぐにクビにするという噂だ。
 新しい使用人を募集しても、噂を知っているから、誰も面接に来ることもない。
 だから、使用人が足りなくなり、女性や子供をタワオ公爵邸に連れて行っているのではないかと言われている。

 男性を連れて行かないのは恋人に色目を使われたくないとか、そんなところかしら?

 そんなことを考えていると、ジェドが話しかけてくる。

「余計なお世話かもしれないが、風呂もそうだし、着替えや化粧とかはどうするんだ? 一人で出来るのか?」
「メイドには通いで来てもらうから大丈夫よ。それに着替えに関しては動きやすくて一人でも着れるドレスがあるの。正確にいえばドレスとは言えなくて、ワンピースだけれど」

 そう言って、今着ている水色の小花柄のワンピースドレスの裾を上げる。

「上から被るだけで良いのよ? 楽でしょう?」
「今回のために作ったのか?」
「いいえ。普段着として使っていたの。生地はものすごく良いものだから、見た目よりも値段はかなりお高めよ。他にも柄違いが数着あるわ」
「……家の中だから動きやすいようにしてるんだな」
「まあ、そんな感じかしら」

 頷くと、ジェドはため息を吐いてから聞いてくる。

「どうして断らなかったんだよ」
「あら。もしかして、私がリュージ様と結婚するのが嫌なの? そんなに嫌なら、今この場で連れ去ってもらってもかまわないわよ?」
「大人しく付いてくるタイプじゃないだろ。それに、今回は国王陛下の命令だから連れ去るなんて無理だ」

 ジェドは足を組み、不貞腐れたような顔をして答えた。
 まさか、こんなことを言ってもらえるだなんて思っていなかったわ。

 素直に嬉しくなって笑みをこぼすと、ジェドが眉根を寄せる。

「なんで笑うんだよ」
「心配してくれてありがとう。でも、私なら大丈夫よ。整った顔の人は好きだけれど、リュージ様の顔だけで恋に落ちるなんてことはないわ。整った顔立ちはあなたで見慣れているし、顔がいくら良くても中身が最悪なら一瞬で嫌いになれる自信があるわ」
「嫌いになるとわかってて嫁に行くのか」
「離婚前提でもあるし、嫌いになったほうが容赦なく叩きのめしやすいじゃない? 相手が最低な人間ならこっちだって遠慮なく対処できるもの。それに国王陛下はそれがお望みで、私に最低野郎との結婚を望まれたのでしょう?」

 けろっとした表情の私を見て、ジェドはダークブラウンの自分の前髪を掴んだあと、不機嫌そうに目を伏せて頷く。

「それはそうだろうけど。あと、最低野郎は淑女の言葉じゃないぞ」
「お父様にもそれは言われたわ。もちろん、気が置けない人の前以外では、そんな言葉は口に出さないから安心して」
「そう言われてもなぁ……」
「そんなに心配なの?」
「当たり前だ」
「そんなことを言うくらいなら、卒業後に私と結婚してくれていれば良かったのに」

 不満げに言ってみせると、ジェドは顔を上げて顰めっ面でこちらを見てくる。

「そんな話、一度もレイティアの口から出たことはなかっただろ?」
「あなただってそんな態度を見せなかったじゃないの。それに、あなたには私なんかよりも良い人と幸せになってほしいと思っていたし」
「俺の幸せを勝手に決めるなよ」

 ジェドは今度は拗ねたような顔をして、窓のほうに目を向ける。

 もしかして、ジェドはリュージ様に嫉妬しているのかしら。
 それならそうともっと早くに言ってくれていたら良かったのに。
 そうすれば、こんな馬鹿げたことをしなくても良かったかもしれないわ。
 ……私だって何も言わなかったのだから人のことは言えないわね。

 それに悪い人間に立ち向かう人間も必要だわ。
 今の段階では、ジェドと私は結婚していなくて正解だったってことよ。

「大丈夫よ。リュージ様が噂とは違って素敵な方なら、この結婚で私は幸せになれると思うし、そうでなければ離婚すればいいだけ。国王陛下は公爵家のお取り潰しを所望されているようだから離婚の選択肢しかないわ」
「お前が強いことは知ってるけど、相手は1人じゃないんだぞ」
「本当に困った時には両陛下のお名前を出しても良いと言われているのよ。切り札があるから大丈夫」

 今回の結婚は国王陛下の命令だけれど、リュージ様のほうでは彼の伯父様からの命令になっている。

 リュージ様の伯父というのは彼のお母様のお兄様であり、辺境伯だ。
 力技で解決してしまうことで有名な方なので、今回も詳しい話はせずに無理矢理、リュージ様に結婚を承諾させたと思われる。
 伝え聞いていた甥の悪行がどうしても許せなかったようで、国王陛下からの協力要請を二つ返事で受けたらしい。

 ジェドは大きくため息を吐いてから、背もたれにもたれかかる。

「今さらウダウダ言ってもしょうがないな。とにかく、命の危険を感じたらすぐに逃げろ」
「敵に背を向けるなんて嫌よ」
「……俺は本気で心配してるんだぞ」
「ジェド、あなたは私のことをよく知っているでしょう? 昔の私のことだって知ってるじゃない」
「……そうだな。わかったよ。これ以上は何も言わない。だが、油断するなよ」
「ありがとう、ジェド。油断なんてするわけないから安心して」

 不敵に笑って見せると、ジェドは呆れた顔をした。


 

*****



 ジェドとそんな話をした10日後、私はタワオ公爵家に向かった。
 お父様やお兄様に義姉、嫁に行ったお姉様にその旦那様である義兄までが見送りに来てくれたけれど「やり過ぎるなよ」「やり過ぎないようにね」「やり過ぎてはいけないよ」と最後まで言われ続けた。

 タワオ公爵家は王都からそう離れておらず、馬車で片道3時間程度で辿り着ける。

 馬車での移動に疲れてきた頃、タワオ公爵邸に着いた。

 馬車から降りて、外からタワオ公爵邸を確認する。

 白亜色の5階建ての大きな建物で、本館らしきものの横には3階建ての別棟があった。
 屋敷の周りは庭園になっていて、庭師たちが何箇所かに分かれて手入れをしている。
 庭師たちは私と目が合っても頭を下げることもなく、不機嫌そうに目を逸らした。

 ここの使用人はフェアララというリュージ様の愛人には頭が上がらない。

 私のことも歓迎するなとでも言われているのでしょう。
 新妻がやって来たのに、誰一人迎えに来ないのだからわかりやすいわ。

 ナラシール公爵家から一緒に来てくれた騎士の一人が、気を利かせて扉を開けてくれた。

 同じくナラシール家から付いてきてくれたメイドが、私の荷物を馬車から下ろしてくれる。

 エントランスホールに足を踏み入れると、まず目に入ったのは真正面にある階段だった。
 ワインレッド色のカーペットが敷かれており、そのところどころが黒ずんでいるせいで清潔さが感じられない。
 そして、その黒ずみが何なのかわからない。

「お帰りください。ここはあなたが入って良い場所ではありません」

 エントランスホールから見える内装を眺めていると、見るからにして気が強そうな吊り目の若い女性が奥から現れて、私を睨み付けながら近寄ってきた。

 メイド服を着ているし、手に箒をもっているから確実にメイドだと思われる。

 それなのに、初っ端からこの態度はないんじゃないの?

「私は今日からこの家に住むことになったレイティアよ。あなたにとっては雇い主の妻になるのだけれど」
「リュージ様はあなたのことを歓迎しておられません! それにリュージ様の奥様はフェアララ様だけです。早く出ていってください」

 そう言って、メイドが掃き掃除でもするように私の足に向けて箒を向けてきた。

 今日の私はヒールの低い黒のパンプスに膝下丈の赤を基調としたワンピースドレスだったから、難なく避けることができた。

 すぐに間合いを詰めると、彼女の手から箒を奪い取り、扱いやすいように持ち替える。

 そして、彼女が何か言う前に、箒の柄の先を喉元に突きつけた。

「それ以上生意気なことを言うようなら、あなたに言葉を話す必要性はないとみなして、その喉潰すわよ」
「ひっ……!」

 喉元に箒をつけられて恐怖を感じたのか、それとも私の顔がよっぽど怖かったのかはわからない。

 メイドは歯をカチカチと鳴らしながら床に尻餅をついた。

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