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28 ティファス伯爵家の財政難①
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お姉様が婚約者のいない貴族の若い男性に、自分のパートナーになってくれる人を探しているという噂が社交界で流れているとエレインが教えてくれた。
私とエディ様の婚約披露パーティーの日付もまだ決まっていないのに、必死に考えているみたいだった。
ドレスの仕立てに時間がかかるからだとはわかっているけれど、かなり焦っている様子らしい。
お姉様が男性に関することで焦ることなんて滅多になさそうだし、良い経験になっているかもしれないわ。
学校から帰る馬車の中で、そんな会話をしていると、エディ様は両手で顔を覆ったかと思うと、隣に座る私に話し掛けてくる。
「リネ、婚約披露パーティーとかじゃなくて、結婚式とかにする?」
「無理ですよ。それに、私たちはまだ学生ですから」
「学生結婚をしている人だっているよ?」
「というか、エディ様はまだ結婚できる年ではないじゃないですか」
私たちの住んでいる国は女性は十六歳から結婚が可能で、男性は十八歳からと決まっている。
だから、私はまだしも、エディ様は結婚することができない。
真剣な表情でエディ様が唸る。
「何とかならないかな」
「何ともなりません!」
強く言うと、エディ様はがっくりと肩を落とした。
「僕があと2つ年上だったら、すぐにリネと結婚できていたんだよね」
「それはそうかもしれませんが、それでしたら、私とエディ様はずっと同じクラスになる可能性がないじゃないですか」
「……そっか! そうだよね! 同じ学年はそういうメリットがあるよね。来年は同じクラスになれたらいいね」
「……そうですね」
さすがにお義父様も学校の先生に、無理に私とエディ様を同じクラスにしなさいとは言わないと思う。
でも、先生たちは私とエディ様の関係を知っているから、気を遣う可能性はあるわね。
来年は同じクラスになる可能性が高いかも。
それがわかっているのか、エディ様はニコニコしている。
向かいに座っているテッド様とエレインも呆れた表情だった。
元々、話をしていた話題からずれてしまったので、話を戻してみる。
「今後、お姉様はどうされると思いますか? 別にパーティーには、一人で来たり、両親と来るだけでも良いと思うのですが」
「彼女の性格的には無理なんじゃないかな。君にはパートナーがいるのに、自分にはいないというのは納得いかなさそうだ。しかも、周りの招待客のほとんどはパートナー有りで来るだろうからね」
「そうですよね。ですから、必死に探しているのでしょうね」
納得して頷いてから、エディ様に尋ねてみる。
「お姉様にパートナーが見つからないのは、何か理由があったりするのでしょうか?」
「どうかな」
エディ様は首を傾げて曖昧な答えを返してきた。
肯定しているわけではないけれど、否定しているわけでもない。
だから、関与しているということがわかるような口ぶりだった。
私が相手だから関与していることがバレても良いと思っているのでしょうね。
以前、私には嘘はつきたくないと言っていたことがあるから、わざと曖昧にしておられるのかもしれない。
曖昧にすることは嘘ではないものね。
どうして本当のことをはっきりと教えてくれないのかは謎だけど。
「それよりもリネ、近いうちに、デートしない?」
「デ、デートですか?」
「うん。まだ、二人で出かけたことはないでしょ? まあ、二人といっても護衛は必要だけどね。でも、リネとデートをしたことがないから、ぜひ行きたいんだけど駄目かな?」
エディ様は苦笑して私の顔を覗き込んでくる。
デイリ様とデートしたことはあるけれど、その時はあまり楽しくなかった。
あの頃の私はウジウジしていたし、人の目がすごく気になった。
デイリ様もそんなに楽しそうにしていなかったから、余計に気が滅入った。
だけど、私が暗い顔をしているから、デイリ様も楽しい気分にならなかったのかもしれないと、今となっては反省したところでもある。
今の私は昔とは違うし、エディ様とのデートはまた違ってくるはずだわ。
「私でよろしければ、お願い致します」
「や!」
「や?」
エディ様の動きが止まったので、今度は私が彼の顔を覗き込む。
すると、エディ様が私の体には当たらないように両手を上げて喜ぶ。
「やった! リネと念願の初デートだ!」
そう言って、エディ様は私を抱き締めようとしてきたけれど、向かい側に座っていたテッド様に止められて無理だった。
「閣下に怒られますよ」
「エレインとテッドの前だけなら良いじゃないか」
「気を緩めてはいけません」
「抱きつかなければいいのかな?」
「そうですね。日頃のエディ様の印象を崩さない程度にお願いします」
テッド様に言われ、エディ様は大きく息を吐く。
「わかった。紳士的な態度でとどめることにする」
何か、似たような会話を何度も聞いている気がする。
でも、中々抑えられている気がしないから、大丈夫なのか心配になってしまった。
*****
それから数日後の学校が休みの日、雲一つ無い青空で天気も良いこともあり、私はエディ様とではなく、お義母様と街に買い物に出かけていた。
私の持っているドレスは流行遅れが多いということで、お義父様が買ってくれることになったのだ。
遠慮したけれど、公爵家の婚約者が社交場などで、流行遅れのドレスを着ることは許されないと言われてしまい、お言葉に甘えざるを得なくなった。
人が多い通りのため、馬車を少しだけ離れたところに停めて、何度も来たことのある通りを、お義母様と護衛の人たちと歩く。
私にとって馴染みの店が見えた時、過去を思い出して憂鬱な気分になった。
お姉様の荷物持ちとして何度も来ていた店だった。
お店の人は貴族じゃないから、貴族の名前は知っていても顔は知らない。
だから、私が妹だと知らなくて侍女だと思い込んでいたことを思い出す。
あの時の私は、それを否定することもできないくらいに弱かった。
目的地はその店じゃなかったため通り過ぎようとした時、店の中から顔なじみの店員の男性が出てきて、私に向かって叫んだ。
「先日のドレスの代金が未払いになっていますよ! ちゃんとお金を払っていただくように、あなたのご主人様にお伝えください!」
「はい!?」
私には関係ない話なのに、思わず聞き返してしまった。
すると、長身痩躯の男性は丸い眼鏡を押し上げて言う。
「先日、ドレスを引き渡した際にお代金をいただこうとしましたら、侍女が持ってくるとティファス伯爵は言っておられましたよ!」
「ちょっと待ちなさい。彼女は侍女じゃないわよ?」
お義母様が割って入ると、店員は驚いた顔をして聞き返してくる。
「ですが、今まで、トワナお嬢様の荷物持ちをされておられましたよね!?」
「まあ! そんなことをしていたの?」
「……はい」
頷くと、お義母様は大きくため息を吐いてから、店員に顔を向けて言う。
「これからはニーソン公爵家がドレスを買うから、ティファス家の仕事を受けないでちょうだい。それから、ここにいる彼女はニーソン公爵家の嫡男の婚約者よ」
「ニーソン公爵家の!?」
店員は悲鳴のような声を上げたあと、私に何度も謝ってきたのだった。
ーーーーーー
いつもお読みいただきありがとうございます!
本日、他作を完結させ、新たに新作を投稿しております。
「国外追放された令嬢は追放先を繁栄させるために奔走する」になります。
過度なざまぁはありません。
ご興味ありましたら、読んでいだけますと幸せです。
私とエディ様の婚約披露パーティーの日付もまだ決まっていないのに、必死に考えているみたいだった。
ドレスの仕立てに時間がかかるからだとはわかっているけれど、かなり焦っている様子らしい。
お姉様が男性に関することで焦ることなんて滅多になさそうだし、良い経験になっているかもしれないわ。
学校から帰る馬車の中で、そんな会話をしていると、エディ様は両手で顔を覆ったかと思うと、隣に座る私に話し掛けてくる。
「リネ、婚約披露パーティーとかじゃなくて、結婚式とかにする?」
「無理ですよ。それに、私たちはまだ学生ですから」
「学生結婚をしている人だっているよ?」
「というか、エディ様はまだ結婚できる年ではないじゃないですか」
私たちの住んでいる国は女性は十六歳から結婚が可能で、男性は十八歳からと決まっている。
だから、私はまだしも、エディ様は結婚することができない。
真剣な表情でエディ様が唸る。
「何とかならないかな」
「何ともなりません!」
強く言うと、エディ様はがっくりと肩を落とした。
「僕があと2つ年上だったら、すぐにリネと結婚できていたんだよね」
「それはそうかもしれませんが、それでしたら、私とエディ様はずっと同じクラスになる可能性がないじゃないですか」
「……そっか! そうだよね! 同じ学年はそういうメリットがあるよね。来年は同じクラスになれたらいいね」
「……そうですね」
さすがにお義父様も学校の先生に、無理に私とエディ様を同じクラスにしなさいとは言わないと思う。
でも、先生たちは私とエディ様の関係を知っているから、気を遣う可能性はあるわね。
来年は同じクラスになる可能性が高いかも。
それがわかっているのか、エディ様はニコニコしている。
向かいに座っているテッド様とエレインも呆れた表情だった。
元々、話をしていた話題からずれてしまったので、話を戻してみる。
「今後、お姉様はどうされると思いますか? 別にパーティーには、一人で来たり、両親と来るだけでも良いと思うのですが」
「彼女の性格的には無理なんじゃないかな。君にはパートナーがいるのに、自分にはいないというのは納得いかなさそうだ。しかも、周りの招待客のほとんどはパートナー有りで来るだろうからね」
「そうですよね。ですから、必死に探しているのでしょうね」
納得して頷いてから、エディ様に尋ねてみる。
「お姉様にパートナーが見つからないのは、何か理由があったりするのでしょうか?」
「どうかな」
エディ様は首を傾げて曖昧な答えを返してきた。
肯定しているわけではないけれど、否定しているわけでもない。
だから、関与しているということがわかるような口ぶりだった。
私が相手だから関与していることがバレても良いと思っているのでしょうね。
以前、私には嘘はつきたくないと言っていたことがあるから、わざと曖昧にしておられるのかもしれない。
曖昧にすることは嘘ではないものね。
どうして本当のことをはっきりと教えてくれないのかは謎だけど。
「それよりもリネ、近いうちに、デートしない?」
「デ、デートですか?」
「うん。まだ、二人で出かけたことはないでしょ? まあ、二人といっても護衛は必要だけどね。でも、リネとデートをしたことがないから、ぜひ行きたいんだけど駄目かな?」
エディ様は苦笑して私の顔を覗き込んでくる。
デイリ様とデートしたことはあるけれど、その時はあまり楽しくなかった。
あの頃の私はウジウジしていたし、人の目がすごく気になった。
デイリ様もそんなに楽しそうにしていなかったから、余計に気が滅入った。
だけど、私が暗い顔をしているから、デイリ様も楽しい気分にならなかったのかもしれないと、今となっては反省したところでもある。
今の私は昔とは違うし、エディ様とのデートはまた違ってくるはずだわ。
「私でよろしければ、お願い致します」
「や!」
「や?」
エディ様の動きが止まったので、今度は私が彼の顔を覗き込む。
すると、エディ様が私の体には当たらないように両手を上げて喜ぶ。
「やった! リネと念願の初デートだ!」
そう言って、エディ様は私を抱き締めようとしてきたけれど、向かい側に座っていたテッド様に止められて無理だった。
「閣下に怒られますよ」
「エレインとテッドの前だけなら良いじゃないか」
「気を緩めてはいけません」
「抱きつかなければいいのかな?」
「そうですね。日頃のエディ様の印象を崩さない程度にお願いします」
テッド様に言われ、エディ様は大きく息を吐く。
「わかった。紳士的な態度でとどめることにする」
何か、似たような会話を何度も聞いている気がする。
でも、中々抑えられている気がしないから、大丈夫なのか心配になってしまった。
*****
それから数日後の学校が休みの日、雲一つ無い青空で天気も良いこともあり、私はエディ様とではなく、お義母様と街に買い物に出かけていた。
私の持っているドレスは流行遅れが多いということで、お義父様が買ってくれることになったのだ。
遠慮したけれど、公爵家の婚約者が社交場などで、流行遅れのドレスを着ることは許されないと言われてしまい、お言葉に甘えざるを得なくなった。
人が多い通りのため、馬車を少しだけ離れたところに停めて、何度も来たことのある通りを、お義母様と護衛の人たちと歩く。
私にとって馴染みの店が見えた時、過去を思い出して憂鬱な気分になった。
お姉様の荷物持ちとして何度も来ていた店だった。
お店の人は貴族じゃないから、貴族の名前は知っていても顔は知らない。
だから、私が妹だと知らなくて侍女だと思い込んでいたことを思い出す。
あの時の私は、それを否定することもできないくらいに弱かった。
目的地はその店じゃなかったため通り過ぎようとした時、店の中から顔なじみの店員の男性が出てきて、私に向かって叫んだ。
「先日のドレスの代金が未払いになっていますよ! ちゃんとお金を払っていただくように、あなたのご主人様にお伝えください!」
「はい!?」
私には関係ない話なのに、思わず聞き返してしまった。
すると、長身痩躯の男性は丸い眼鏡を押し上げて言う。
「先日、ドレスを引き渡した際にお代金をいただこうとしましたら、侍女が持ってくるとティファス伯爵は言っておられましたよ!」
「ちょっと待ちなさい。彼女は侍女じゃないわよ?」
お義母様が割って入ると、店員は驚いた顔をして聞き返してくる。
「ですが、今まで、トワナお嬢様の荷物持ちをされておられましたよね!?」
「まあ! そんなことをしていたの?」
「……はい」
頷くと、お義母様は大きくため息を吐いてから、店員に顔を向けて言う。
「これからはニーソン公爵家がドレスを買うから、ティファス家の仕事を受けないでちょうだい。それから、ここにいる彼女はニーソン公爵家の嫡男の婚約者よ」
「ニーソン公爵家の!?」
店員は悲鳴のような声を上げたあと、私に何度も謝ってきたのだった。
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いつもお読みいただきありがとうございます!
本日、他作を完結させ、新たに新作を投稿しております。
「国外追放された令嬢は追放先を繁栄させるために奔走する」になります。
過度なざまぁはありません。
ご興味ありましたら、読んでいだけますと幸せです。
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