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1 負の感情
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お姉様とデイリ様はどこかでパーティーが行われるたびに二人で出席するようになった。
両親も周りから固めるつもりなのか、それを止めることもしなかったし、大喜で2人を見送っていた。
自慢の娘だから、妹の婚約者を奪ったとしても許されると思っているのだ。
自分の両親がここまで馬鹿だとは思っていなかったのでがっかりした。
「まあ、デイリ様、今日も来てくださったの!?」
「ああ。僕に会えないと寂しいと言っていただろ?」
デイリ様は自分のご両親には私に会いに行くといって家にやって来ては、私には顔だけ見せると、お姉様と一緒にお姉様の自室に消えていく。
せめて、一言くらいお話したい、そう思って帰り際に勇気を出して話しかけてみると、デイリ様はあからさまに嫌な顔をされた。
「あの、デイリ様」
「どうしたの? リネとは学園で会えるよね? わざわざ今、話しかけてこなくてもいいんじゃないかな。せっかく良い気分で帰ろうとしていたのに台無しだよ」
「も、申し訳ございません。ですが、あの、デイリ様は」
私の婚約者ではないのですか?
そう聞こうとして、口を閉ざして俯いた。
デイリ様が私を睨みつけていることに気が付いたからだ。
これ以上聞いて、しつこいから婚約破棄だなんて言われたら嫌だもの。
「何でもありません。気を付けてお帰りくださいませ」
そう言うと、デイリ様はふんと鼻を鳴らして屋敷から出て行った。
「ねえ、リネ」
デイリ様が帰られたあと、お姉様は笑顔で私に近寄ってくる。
「アドバイスしてあげるわね? ハーフツインテールも可愛いけれど、あなたには短い髪のほうが似合うと思うわ」
「短い髪……?」
私たちの国では、貴族の女性は長い髪が当たり前で短い髪というと子供くらいしかいない。
さすがの私も首を横に振る。
「大丈夫です。このままで満足していますから」
「でも、あなたには短い髪が似合うと思うのよ」
「本当に満足しているんです。それに、この国では」
「自分のしたい髪型をすれば良いじゃない! 応援するわ!」
「結構です!」
作り笑いをすることもできなくなって、私はその場から逃げ出した。
「リネ、私の言うことを聞かないだなんて、あなた、後悔することになるわよ?」
お姉様が意味深な言葉を発されたけれど、聞き返すこともなく部屋に戻った。
*****
それから数日後、久しぶりにデイリ様からパーティーに一緒に行こうと誘われた。
デイリ様と仲の良い伯爵令息が主催するパーティーで、デイリ様と仲の良い人たちしか来ないという。
私は馬鹿だから、デイリ様が優しくなってくれたのだと思って喜んだ。
そして、何も疑わずに一つ返事でパーティーに出席することに決めた。
お姉様はデイリ様からその話を聞いたのか、パーティーに行く際の服装などについて、色々とアドバイスしてくれた。
怪しいと思い、自分の選んだ服を着ると言って断わった。
でも、両親からの命令で、お姉様のコーディネートでパーティーに出席することになった。
お姉様が選んでくれたのは、一昔前に流行したドレスで、お姉様が「ダサい」と文句を言っていたものだった。
そして、髪はいつものハーフツインに大きな赤いリボンを付けられた。
お化粧もいつもよりも濃くて、メイドは化粧をしながらクスクスと笑い、両親は私を見て、メイドに「よくやった」と褒美を渡していた。
出かける前から嫌なことばかり起きていたのに、デイリ様のエスコートに少しだけ心が踊ってしまった。
久しぶりの人からの優しさに浮かれてしまったのだ。
けれど、パーティーが始まってすぐに、私は絶望の淵に突き落とされる。
パーティー会場になっている広いダイニングルームに入ると、デイリ様のご友人数人と、私のお姉様がいた。
デイリ様はお姉様を見つけるなり笑顔で近寄り、2人は私の目の前で、まるで久しぶりに会う恋人同士のように抱き合った。
「あ、あの……、一体、どういうことなのでしょうか」
声を震わせて尋ねると、デイリ様とお姉様は一度体を離したけれど、すぐに寄り添い合って私を見る。
「こういうことだよ。僕は今夜、ここで君との婚約を破棄し、トワナと婚約する。今日のパーティーは僕とトワナの婚約を祝うパーティーなんだよ」
「……そんな」
デイリ様の言葉を聞いて、頭が真っ白になった。
「だってしょうがないだろう。トワナは旦那様を亡くして可哀想な女性だ。対して君は姉の苦労など知らずに呑気に暮らしている女性だ。それに、服のセンスも化粧も酷い。何だよ、その格好。しかも、ハーフツイン? 子供じゃあるまいし可愛くないんだよ」
デイリ様が笑うと、周りにいたデイリ様の友人たちも一緒になって笑い始めた。
「デイリ、やめて。好きでやっているのよ」
お姉様が悲しげな顔をしてデイリ様を止める。
ハーフツインはお姉様が薦めてきたものだ。
そう言いたかったけれど、自分自身に腹が立って悔しくて、悲しい気持ちでいっぱいになって何も口には出せない。
今は、泣いてはいけない。
泣いたら、お姉様の望んだ通りになる。
それに、両親からはデイリ様から婚約破棄を告げられたら受けるように言われていたのだ。
「承知いたしました」
笑顔で頷くと、デイリ様とお姉様は顔を見合わせて微笑み合うと、私に見せつけるようにキスをした。
*****
次の日、重い気持ちのまま学園に行くと、普段は話すことのないグループの女子たちから話しかけられた。
伯爵令嬢をトップに男爵令嬢と子爵令嬢で構成されているグループだ。
私たちの通っている学園には制服がない。
動きやすい恰好であれば、露出の激しいものでない限りは特に規定はない。
伯爵令嬢はいつも派手な色合いのドレスを着ていて、お姉様のように攻撃的な口調なので苦手だった。
頬にかかった金色の長い髪をはらい、フールー伯爵令嬢は言う。
「聞きましたけれど、髪を短くしたいんですって?」
「そんなことは思っていませんわ」
「あら、そうかしら。嘘をつくのは良くなくってよ?」
「嘘はついておりませんわ。デイリ様が言っていらしたんだもの」
「デイリ様が?」
デイリ様の席に目を向けると、彼はクラスメイトと楽しげに話をしていた。
けれど、私の視線に気が付いて、こちらを振り返る。
「何だよ、婚約破棄されたからって僕を恨まないでくれよ?」
「恨んでなんていません」
冷たい口調で言葉を返すと、フールー伯爵令嬢はデイリ様に尋ねる。
「デイリ様、リネ様は髪を短くしたいと言われておられたのですよね?」
「ああ。トワナはそう言っていたよ」
「トワナ様というのは、あなたのお姉様のことですわよねえ? しかも、お姉様に婚約者を奪われたんですわよね? お可哀想に」
フールー伯爵令嬢は笑うと、座っている私を見下ろす。
「髪が短いほうかあなたにはお似合いよ?」
「そうだよ。君は髪が短いほうが似合う」
そう言ってデイリ様はなぜか大声で笑った。
貴族の嫡男らしくない。
下品な笑い方だった。
「恥ずかしがらなくても良いと思いますわ。人には好みがありますもの。自分から品を下げてもおかしくはありませんわ。自信をお持ちになって?」
「ですから、私は短い髪は望んでおりません!」
「え? 聞こえませんわ?」
フールー伯爵令嬢の取り巻きだけでなく、他の人たちもクスクスと笑い始める。
デイリ様に婚約破棄されてから、クラスの雰囲気は変わった。
クラスの殆どの人が私を馬鹿にするようになった。
担任の先生もそうだった。
私は孤立してしまい、誰かとペアを組めと言われても一人ぼっちになった。
学園に行きたくないと両親に訴えると「学問をサボるような娘などいらない。学園に行きたくないのなら家から出ていけ」とまで言われてしまった。
16歳で誰の後ろ盾もなく平民の生活をするだなんて、試してみるまでもなく無理だということはわかる。
もう、死を選んだほうが良いのかしら。
そんな負の感情が私の心を蝕んできた頃、私は私の運命を変えてくれる人に話しかけられることになる。
両親も周りから固めるつもりなのか、それを止めることもしなかったし、大喜で2人を見送っていた。
自慢の娘だから、妹の婚約者を奪ったとしても許されると思っているのだ。
自分の両親がここまで馬鹿だとは思っていなかったのでがっかりした。
「まあ、デイリ様、今日も来てくださったの!?」
「ああ。僕に会えないと寂しいと言っていただろ?」
デイリ様は自分のご両親には私に会いに行くといって家にやって来ては、私には顔だけ見せると、お姉様と一緒にお姉様の自室に消えていく。
せめて、一言くらいお話したい、そう思って帰り際に勇気を出して話しかけてみると、デイリ様はあからさまに嫌な顔をされた。
「あの、デイリ様」
「どうしたの? リネとは学園で会えるよね? わざわざ今、話しかけてこなくてもいいんじゃないかな。せっかく良い気分で帰ろうとしていたのに台無しだよ」
「も、申し訳ございません。ですが、あの、デイリ様は」
私の婚約者ではないのですか?
そう聞こうとして、口を閉ざして俯いた。
デイリ様が私を睨みつけていることに気が付いたからだ。
これ以上聞いて、しつこいから婚約破棄だなんて言われたら嫌だもの。
「何でもありません。気を付けてお帰りくださいませ」
そう言うと、デイリ様はふんと鼻を鳴らして屋敷から出て行った。
「ねえ、リネ」
デイリ様が帰られたあと、お姉様は笑顔で私に近寄ってくる。
「アドバイスしてあげるわね? ハーフツインテールも可愛いけれど、あなたには短い髪のほうが似合うと思うわ」
「短い髪……?」
私たちの国では、貴族の女性は長い髪が当たり前で短い髪というと子供くらいしかいない。
さすがの私も首を横に振る。
「大丈夫です。このままで満足していますから」
「でも、あなたには短い髪が似合うと思うのよ」
「本当に満足しているんです。それに、この国では」
「自分のしたい髪型をすれば良いじゃない! 応援するわ!」
「結構です!」
作り笑いをすることもできなくなって、私はその場から逃げ出した。
「リネ、私の言うことを聞かないだなんて、あなた、後悔することになるわよ?」
お姉様が意味深な言葉を発されたけれど、聞き返すこともなく部屋に戻った。
*****
それから数日後、久しぶりにデイリ様からパーティーに一緒に行こうと誘われた。
デイリ様と仲の良い伯爵令息が主催するパーティーで、デイリ様と仲の良い人たちしか来ないという。
私は馬鹿だから、デイリ様が優しくなってくれたのだと思って喜んだ。
そして、何も疑わずに一つ返事でパーティーに出席することに決めた。
お姉様はデイリ様からその話を聞いたのか、パーティーに行く際の服装などについて、色々とアドバイスしてくれた。
怪しいと思い、自分の選んだ服を着ると言って断わった。
でも、両親からの命令で、お姉様のコーディネートでパーティーに出席することになった。
お姉様が選んでくれたのは、一昔前に流行したドレスで、お姉様が「ダサい」と文句を言っていたものだった。
そして、髪はいつものハーフツインに大きな赤いリボンを付けられた。
お化粧もいつもよりも濃くて、メイドは化粧をしながらクスクスと笑い、両親は私を見て、メイドに「よくやった」と褒美を渡していた。
出かける前から嫌なことばかり起きていたのに、デイリ様のエスコートに少しだけ心が踊ってしまった。
久しぶりの人からの優しさに浮かれてしまったのだ。
けれど、パーティーが始まってすぐに、私は絶望の淵に突き落とされる。
パーティー会場になっている広いダイニングルームに入ると、デイリ様のご友人数人と、私のお姉様がいた。
デイリ様はお姉様を見つけるなり笑顔で近寄り、2人は私の目の前で、まるで久しぶりに会う恋人同士のように抱き合った。
「あ、あの……、一体、どういうことなのでしょうか」
声を震わせて尋ねると、デイリ様とお姉様は一度体を離したけれど、すぐに寄り添い合って私を見る。
「こういうことだよ。僕は今夜、ここで君との婚約を破棄し、トワナと婚約する。今日のパーティーは僕とトワナの婚約を祝うパーティーなんだよ」
「……そんな」
デイリ様の言葉を聞いて、頭が真っ白になった。
「だってしょうがないだろう。トワナは旦那様を亡くして可哀想な女性だ。対して君は姉の苦労など知らずに呑気に暮らしている女性だ。それに、服のセンスも化粧も酷い。何だよ、その格好。しかも、ハーフツイン? 子供じゃあるまいし可愛くないんだよ」
デイリ様が笑うと、周りにいたデイリ様の友人たちも一緒になって笑い始めた。
「デイリ、やめて。好きでやっているのよ」
お姉様が悲しげな顔をしてデイリ様を止める。
ハーフツインはお姉様が薦めてきたものだ。
そう言いたかったけれど、自分自身に腹が立って悔しくて、悲しい気持ちでいっぱいになって何も口には出せない。
今は、泣いてはいけない。
泣いたら、お姉様の望んだ通りになる。
それに、両親からはデイリ様から婚約破棄を告げられたら受けるように言われていたのだ。
「承知いたしました」
笑顔で頷くと、デイリ様とお姉様は顔を見合わせて微笑み合うと、私に見せつけるようにキスをした。
*****
次の日、重い気持ちのまま学園に行くと、普段は話すことのないグループの女子たちから話しかけられた。
伯爵令嬢をトップに男爵令嬢と子爵令嬢で構成されているグループだ。
私たちの通っている学園には制服がない。
動きやすい恰好であれば、露出の激しいものでない限りは特に規定はない。
伯爵令嬢はいつも派手な色合いのドレスを着ていて、お姉様のように攻撃的な口調なので苦手だった。
頬にかかった金色の長い髪をはらい、フールー伯爵令嬢は言う。
「聞きましたけれど、髪を短くしたいんですって?」
「そんなことは思っていませんわ」
「あら、そうかしら。嘘をつくのは良くなくってよ?」
「嘘はついておりませんわ。デイリ様が言っていらしたんだもの」
「デイリ様が?」
デイリ様の席に目を向けると、彼はクラスメイトと楽しげに話をしていた。
けれど、私の視線に気が付いて、こちらを振り返る。
「何だよ、婚約破棄されたからって僕を恨まないでくれよ?」
「恨んでなんていません」
冷たい口調で言葉を返すと、フールー伯爵令嬢はデイリ様に尋ねる。
「デイリ様、リネ様は髪を短くしたいと言われておられたのですよね?」
「ああ。トワナはそう言っていたよ」
「トワナ様というのは、あなたのお姉様のことですわよねえ? しかも、お姉様に婚約者を奪われたんですわよね? お可哀想に」
フールー伯爵令嬢は笑うと、座っている私を見下ろす。
「髪が短いほうかあなたにはお似合いよ?」
「そうだよ。君は髪が短いほうが似合う」
そう言ってデイリ様はなぜか大声で笑った。
貴族の嫡男らしくない。
下品な笑い方だった。
「恥ずかしがらなくても良いと思いますわ。人には好みがありますもの。自分から品を下げてもおかしくはありませんわ。自信をお持ちになって?」
「ですから、私は短い髪は望んでおりません!」
「え? 聞こえませんわ?」
フールー伯爵令嬢の取り巻きだけでなく、他の人たちもクスクスと笑い始める。
デイリ様に婚約破棄されてから、クラスの雰囲気は変わった。
クラスの殆どの人が私を馬鹿にするようになった。
担任の先生もそうだった。
私は孤立してしまい、誰かとペアを組めと言われても一人ぼっちになった。
学園に行きたくないと両親に訴えると「学問をサボるような娘などいらない。学園に行きたくないのなら家から出ていけ」とまで言われてしまった。
16歳で誰の後ろ盾もなく平民の生活をするだなんて、試してみるまでもなく無理だということはわかる。
もう、死を選んだほうが良いのかしら。
そんな負の感情が私の心を蝕んできた頃、私は私の運命を変えてくれる人に話しかけられることになる。
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