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9 実験台になってもらいましょう
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ケサス様はしばらくの間、殴られた頬を押さえて呆然としていた。
その間に、ランドリュー様がわたくしに話しかけてくる。
「ファリン、そのシルバートレイの取扱書を保管してますから、あとで見せますね」
「でも、これはケサス様のものでしょう」
「兄が持っていても人に迷惑をかけるだけですから、買い取りましょう。ファリンは使いますよね」
「ケサス様の使っていたものというのが気に入らないんですの」
「では、新発売された改良版がありますので、そちらを買いましょうか」
「良いのですか?」
想像していたよりも軽くて使いやすかったので、買ってもらえるなら嬉しい。
素直に喜んでいると、我に返ったケサス様が叫ぶ。
「おい! それは俺のものだからな! というか、どうして俺を殴ったんだ!」
「あなたが馬鹿なことを言おうとしていたからですわ」
「馬鹿なことじゃない! ここは俺の家なんだ!」
「残念ながら、ここはあなたの家ではありません」
「ファリンの言う通りですよ。僕の家になったんです。というわけで、もう十分でしょう」
ランドリュー様は呆れた顔で言うと、警備兵に命令する。
「彼を門の外へ追い出してくれ」
「承知しました!」
警備兵は嫌がるケサス様の口に猿ぐつわをかませると、二人がかりで抱え上げて、彼を門の外まで追い出した。
******
それから数日は、穏やかな日々を暮らしていた。
ケサス様もさすがに諦めたのだろうと思い込んでいたのだけど、読みが甘かった。
ミノスラード家の屋敷は諦めはしたものの、わたくしへの恨みの感情は消えていなかったのだ。
そのことがわかったのは、わたくし専用のシルバートレイが届いた時だった。
例のものは普通のシルバートレイと区別するため、商品名が付けられていた。
ティアトレイと言い、開発者の名前の一部が使われているのだという。
対象年齢は16歳以上で関係ない人を巻き込まないように周囲の確認は怠らないことと書かれていた。
名前をつけて可愛がるのも良し、と書かれていたので、ランドリュー様のランを取って、ランちゃんと呼ぶことにした。
その時、配達員からランちゃんを受け取ってくれたメイドが、気になる話をしてくれた。
「ランドリュー様には報告していますが、実は屋敷の周りをウロウロしている怪しい人物を見かけたと言っていました」
「怪しい人物?」
「はい。風貌を聞いてみたところ、ケサス様ではないようです」
「そうなの?」
「はい」
ケサス様でなければ、誰がミノスラード邸に用事があるのかしら。
普通の貴族なら周りをウロウロせずに訪ねてきているはずだわ。
ケサス様だったら門番だって気づくはずだしね。
それから約1時間後、ランドリュー様がその答えを教えに来てくれた。
「ファリン、大変と言うのかどうなのかはわからないんですが、屋敷の周りをうろついている人物がいるんです」
「メイドから聞きましたわ。誰かわかりましたの?」
「わかりました」
「誰ですの?」
「……先に謝らないといけないことがあるんです」
「……何でしょうか」
しょんぼりしているランドリュー様の顔を覗き込むと、小さな声で話し始める。
「ファリンは家族と仲が良くないと聞いていたから、ミノスラード家はファリンの実家のモフルー家との商売をやめたんです。黙っていてごめんなさい」
「それは知りませんでした。それにわたくしに謝ることではありませんわ。でも、どうしてなのです?」
「ファリンをいじめるような人と仕事はしたくありません。関係のない人を巻き込むことには申し訳ないとは思いますが」
「……ありがとうございます。ランドリュー様」
そんなことを言ってもらえるだなんて思っていなかったから、とても嬉しい。
でも、どうして今、そんなことを言うのかしら。
「屋敷の周りをうろついているのはファリンのお兄さんです」
「お兄様ですって?」
「はい。実は、ファリンがいなくなってから、モフルー家の財政は良くないようです」
「まさか、わたくしに会おうとしているのでしょうか」
「そうみたいです。悪かったと思っていると、それから、自分がファリンをいじめていたのは子供の頃の話だから、過去のことは忘れて受け入れてほしいって」
本人から聞いたのか、ランドリュー様は詳しい話を教えてくれた。
わたくしがいなくなってから、財政が悪くなってきたので、お兄様は真面目に仕事をし始めたらしい。
頑張ってみたけど上手くいかなくて、モフルー家はこのままだと没落してしまうという。
そんな時に、ケサス様からわたくしがミノスラード家の財政を握っていると嘘を教えられたらしく、「金を持っているなら、俺にも渡せ」と言いたいらしい。
「お兄様はまだ近くにいるのでしょうか」
「今日はお引き取り願いましたが、気になるのであれば、また来た時に連絡しますね」
「ありがとうございます」
追い返してもらっても良いのだけど、せっかくなら、ランちゃんの実験台になってもらいましょう。
あと、ケサス様のとどめも刺さないと駄目ね。
その間に、ランドリュー様がわたくしに話しかけてくる。
「ファリン、そのシルバートレイの取扱書を保管してますから、あとで見せますね」
「でも、これはケサス様のものでしょう」
「兄が持っていても人に迷惑をかけるだけですから、買い取りましょう。ファリンは使いますよね」
「ケサス様の使っていたものというのが気に入らないんですの」
「では、新発売された改良版がありますので、そちらを買いましょうか」
「良いのですか?」
想像していたよりも軽くて使いやすかったので、買ってもらえるなら嬉しい。
素直に喜んでいると、我に返ったケサス様が叫ぶ。
「おい! それは俺のものだからな! というか、どうして俺を殴ったんだ!」
「あなたが馬鹿なことを言おうとしていたからですわ」
「馬鹿なことじゃない! ここは俺の家なんだ!」
「残念ながら、ここはあなたの家ではありません」
「ファリンの言う通りですよ。僕の家になったんです。というわけで、もう十分でしょう」
ランドリュー様は呆れた顔で言うと、警備兵に命令する。
「彼を門の外へ追い出してくれ」
「承知しました!」
警備兵は嫌がるケサス様の口に猿ぐつわをかませると、二人がかりで抱え上げて、彼を門の外まで追い出した。
******
それから数日は、穏やかな日々を暮らしていた。
ケサス様もさすがに諦めたのだろうと思い込んでいたのだけど、読みが甘かった。
ミノスラード家の屋敷は諦めはしたものの、わたくしへの恨みの感情は消えていなかったのだ。
そのことがわかったのは、わたくし専用のシルバートレイが届いた時だった。
例のものは普通のシルバートレイと区別するため、商品名が付けられていた。
ティアトレイと言い、開発者の名前の一部が使われているのだという。
対象年齢は16歳以上で関係ない人を巻き込まないように周囲の確認は怠らないことと書かれていた。
名前をつけて可愛がるのも良し、と書かれていたので、ランドリュー様のランを取って、ランちゃんと呼ぶことにした。
その時、配達員からランちゃんを受け取ってくれたメイドが、気になる話をしてくれた。
「ランドリュー様には報告していますが、実は屋敷の周りをウロウロしている怪しい人物を見かけたと言っていました」
「怪しい人物?」
「はい。風貌を聞いてみたところ、ケサス様ではないようです」
「そうなの?」
「はい」
ケサス様でなければ、誰がミノスラード邸に用事があるのかしら。
普通の貴族なら周りをウロウロせずに訪ねてきているはずだわ。
ケサス様だったら門番だって気づくはずだしね。
それから約1時間後、ランドリュー様がその答えを教えに来てくれた。
「ファリン、大変と言うのかどうなのかはわからないんですが、屋敷の周りをうろついている人物がいるんです」
「メイドから聞きましたわ。誰かわかりましたの?」
「わかりました」
「誰ですの?」
「……先に謝らないといけないことがあるんです」
「……何でしょうか」
しょんぼりしているランドリュー様の顔を覗き込むと、小さな声で話し始める。
「ファリンは家族と仲が良くないと聞いていたから、ミノスラード家はファリンの実家のモフルー家との商売をやめたんです。黙っていてごめんなさい」
「それは知りませんでした。それにわたくしに謝ることではありませんわ。でも、どうしてなのです?」
「ファリンをいじめるような人と仕事はしたくありません。関係のない人を巻き込むことには申し訳ないとは思いますが」
「……ありがとうございます。ランドリュー様」
そんなことを言ってもらえるだなんて思っていなかったから、とても嬉しい。
でも、どうして今、そんなことを言うのかしら。
「屋敷の周りをうろついているのはファリンのお兄さんです」
「お兄様ですって?」
「はい。実は、ファリンがいなくなってから、モフルー家の財政は良くないようです」
「まさか、わたくしに会おうとしているのでしょうか」
「そうみたいです。悪かったと思っていると、それから、自分がファリンをいじめていたのは子供の頃の話だから、過去のことは忘れて受け入れてほしいって」
本人から聞いたのか、ランドリュー様は詳しい話を教えてくれた。
わたくしがいなくなってから、財政が悪くなってきたので、お兄様は真面目に仕事をし始めたらしい。
頑張ってみたけど上手くいかなくて、モフルー家はこのままだと没落してしまうという。
そんな時に、ケサス様からわたくしがミノスラード家の財政を握っていると嘘を教えられたらしく、「金を持っているなら、俺にも渡せ」と言いたいらしい。
「お兄様はまだ近くにいるのでしょうか」
「今日はお引き取り願いましたが、気になるのであれば、また来た時に連絡しますね」
「ありがとうございます」
追い返してもらっても良いのだけど、せっかくなら、ランちゃんの実験台になってもらいましょう。
あと、ケサス様のとどめも刺さないと駄目ね。
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