上 下
11 / 14

9  実験台になってもらいましょう

しおりを挟む
 ケサス様はしばらくの間、殴られた頬を押さえて呆然としていた。
 その間に、ランドリュー様がわたくしに話しかけてくる。

「ファリン、そのシルバートレイの取扱書を保管してますから、あとで見せますね」
「でも、これはケサス様のものでしょう」
「兄が持っていても人に迷惑をかけるだけですから、買い取りましょう。ファリンは使いますよね」
「ケサス様の使っていたものというのが気に入らないんですの」
「では、新発売された改良版がありますので、そちらを買いましょうか」
「良いのですか?」

 想像していたよりも軽くて使いやすかったので、買ってもらえるなら嬉しい。

 素直に喜んでいると、我に返ったケサス様が叫ぶ。

「おい! それは俺のものだからな! というか、どうして俺を殴ったんだ!」
「あなたが馬鹿なことを言おうとしていたからですわ」
「馬鹿なことじゃない! ここは俺の家なんだ!」
「残念ながら、ここはあなたの家ではありません」
「ファリンの言う通りですよ。僕の家になったんです。というわけで、もう十分でしょう」

 ランドリュー様は呆れた顔で言うと、警備兵に命令する。

「彼を門の外へ追い出してくれ」
「承知しました!」

 警備兵は嫌がるケサス様の口に猿ぐつわをかませると、二人がかりで抱え上げて、彼を門の外まで追い出した。



******



 それから数日は、穏やかな日々を暮らしていた。
 ケサス様もさすがに諦めたのだろうと思い込んでいたのだけど、読みが甘かった。

 ミノスラード家の屋敷は諦めはしたものの、わたくしへの恨みの感情は消えていなかったのだ。

 そのことがわかったのは、わたくし専用のシルバートレイが届いた時だった。

 例のものは普通のシルバートレイと区別するため、商品名が付けられていた。
 ティアトレイと言い、開発者の名前の一部が使われているのだという。
 
 対象年齢は16歳以上で関係ない人を巻き込まないように周囲の確認は怠らないことと書かれていた。
 名前をつけて可愛がるのも良し、と書かれていたので、ランドリュー様のランを取って、ランちゃんと呼ぶことにした。

 その時、配達員からランちゃんを受け取ってくれたメイドが、気になる話をしてくれた。

「ランドリュー様には報告していますが、実は屋敷の周りをウロウロしている怪しい人物を見かけたと言っていました」
「怪しい人物?」
「はい。風貌を聞いてみたところ、ケサス様ではないようです」
「そうなの?」
「はい」

 ケサス様でなければ、誰がミノスラード邸に用事があるのかしら。
 普通の貴族なら周りをウロウロせずに訪ねてきているはずだわ。
 ケサス様だったら門番だって気づくはずだしね。

 それから約1時間後、ランドリュー様がその答えを教えに来てくれた。

「ファリン、大変と言うのかどうなのかはわからないんですが、屋敷の周りをうろついている人物がいるんです」
「メイドから聞きましたわ。誰かわかりましたの?」
「わかりました」
「誰ですの?」
「……先に謝らないといけないことがあるんです」
「……何でしょうか」

 しょんぼりしているランドリュー様の顔を覗き込むと、小さな声で話し始める。

「ファリンは家族と仲が良くないと聞いていたから、ミノスラード家はファリンの実家のモフルー家との商売をやめたんです。黙っていてごめんなさい」
「それは知りませんでした。それにわたくしに謝ることではありませんわ。でも、どうしてなのです?」
「ファリンをいじめるような人と仕事はしたくありません。関係のない人を巻き込むことには申し訳ないとは思いますが」
「……ありがとうございます。ランドリュー様」

 そんなことを言ってもらえるだなんて思っていなかったから、とても嬉しい。

 でも、どうして今、そんなことを言うのかしら。

「屋敷の周りをうろついているのはファリンのお兄さんです」
「お兄様ですって?」
「はい。実は、ファリンがいなくなってから、モフルー家の財政は良くないようです」
「まさか、わたくしに会おうとしているのでしょうか」
「そうみたいです。悪かったと思っていると、それから、自分がファリンをいじめていたのは子供の頃の話だから、過去のことは忘れて受け入れてほしいって」

 本人から聞いたのか、ランドリュー様は詳しい話を教えてくれた。

 わたくしがいなくなってから、財政が悪くなってきたので、お兄様は真面目に仕事をし始めたらしい。

 頑張ってみたけど上手くいかなくて、モフルー家はこのままだと没落してしまうという。
 そんな時に、ケサス様からわたくしがミノスラード家の財政を握っていると嘘を教えられたらしく、「金を持っているなら、俺にも渡せ」と言いたいらしい。

「お兄様はまだ近くにいるのでしょうか」
「今日はお引き取り願いましたが、気になるのであれば、また来た時に連絡しますね」
「ありがとうございます」

 追い返してもらっても良いのだけど、せっかくなら、ランちゃんの実験台になってもらいましょう。
 あと、ケサス様のとどめも刺さないと駄目ね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

私、侯爵令嬢ですが、家族から疎まれ、皇太子妃になる予定が、国難を救うとかの理由で、野蛮な他国に嫁ぐことになりました。でも、結果オーライです

もぐすけ
恋愛
 カトリーヌは王国有数の貴族であるアードレー侯爵家の長女で、十七歳で学園を卒業したあと、皇太子妃になる予定だった。  ところが、幼少時にアードレー家の跡継ぎだった兄を自分のせいで事故死させてしまってから、運命が暗転する。両親から疎まれ、妹と使用人から虐められる日々を過ごすことになったのだ。  十二歳で全寮制の学園に入ってからは勉学に集中できる生活を過ごせるようになるが、カトリーヌは兄を事故死させた自分を許すことが出来ず、時間を惜しんで自己研磨を続ける。王妃になって世のため人のために尽くすことが、兄への一番の償いと信じていたためだった。  しかし、妹のシャルロットと王国の皇太子の策略で、カトリーヌは王国の皇太子妃ではなく、戦争好きの野蛮人の国の皇太子妃として嫁がされてしまう。  だが、野蛮だと思われていた国は、実は合理性を追求して日進月歩する文明国で、そこの皇太子のヒューイは、頭脳明晰で行動力がある超美形の男子だった。  カトリーヌはヒューイと出会い、兄の呪縛から少しずつ解き放され、遂にはヒューイを深く愛するようになる。  一方、妹のシャルロットは王国の王妃になるが、思い描いていた生活とは異なり、王国もアードレー家も力を失って行く……

お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?

朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。 何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!   と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど? 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)

【完結】地味と連呼された侯爵令嬢は、華麗に王太子をざまぁする。

佐倉穂波
恋愛
 夜会の最中、フレアは婚約者の王太子ダニエルに婚約破棄を言い渡された。さらに「地味」と連呼された上に、殺人未遂を犯したと断罪されてしまう。  しかし彼女は動じない。  何故なら彼女は── *どうしようもない愚かな男を書きたい欲求に駆られて書いたお話です。

婚約者と親友に裏切られたので、大声で叫んでみました

鈴宮(すずみや)
恋愛
 公爵令嬢ポラリスはある日、婚約者である王太子シリウスと、親友スピカの浮気現場を目撃してしまう。信じていた二人からの裏切りにショックを受け、その場から逃げ出すポラリス。思いの丈を叫んでいると、その現場をクラスメイトで留学生のバベルに目撃されてしまった。  その後、開き直ったように、人前でイチャイチャするようになったシリウスとスピカ。当然、婚約は破棄されるものと思っていたポラリスだったが、シリウスが口にしたのはあまりにも身勝手な要求だった――――。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

言いたいことは、それだけかしら?

結城芙由奈 
恋愛
【彼のもう一つの顔を知るのは、婚約者であるこの私だけ……】 ある日突然、幼馴染でもあり婚約者の彼が訪ねて来た。そして「すまない、婚約解消してもらえないか?」と告げてきた。理由を聞いて納得したものの、どうにも気持ちが収まらない。そこで、私はある行動に出ることにした。私だけが知っている、彼の本性を暴くため―― * 短編です。あっさり終わります * 他サイトでも投稿中

わたしの浮気相手を名乗る方が婚約者の前で暴露を始めましたが、その方とは初対面です

柚木ゆず
恋愛
「アルマ様っ、どうしてその男と手を繋いでいらっしゃるのですか!? 『婚約者とは別れる』、そう約束してくださったのに!!」  それは伯爵令嬢アルマが、ライアリル伯爵家の嫡男カミーユと――最愛の婚約者と1か月半ぶりに再会し、デートを行っていた時のことでした。突然隣国の子爵令息マルセルが現れ、唖然となりながら怒り始めたのでした。  そして――。  話が違うじゃないですか! 嘘を吐いたのですか!? 俺を裏切ったのですか!? と叫び、カミーユの前でアルマを追及してゆくのでした。  アルマは一切浮気をしておらず、そもそもアルマとマルセルはこれまで面識がなかったにもかかわらず――。

処理中です...