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8  正しい使い方なんじゃないかしら

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「ランドリュー、俺がいない間に何があったって言うんだ! お前はそんな奴じゃなかっただろう」
「ストレスから解放されたんです。今までは兄さんに言われていたことが正しいと思い込んでいたから言い返せていなかっただけで、そうじゃないとわかった今は、兄さんに遠慮することはやめたんです」
「何だと!?」

 ケサス様はランドリュー様を睨みつけると、シルバートレイを地面に何度も叩きつける。

「後で覚えてろよ!」
「ランドリュー様の婚約者としましては、今の言葉は聞き捨てなりませんわ。いくら義兄といえども心を鬼にしてあなたを埋めますわ」

 使用人が手押し車に土を乗せて運んできてくれたので穴の中に入れてもらう。

「さあ、遠慮なく埋めてちょうだい」
「何をしてるんだ! お前ら、どうかしてるぞ!」
「あなたに言われたくありませんわ。そういえば、子爵令嬢とはどうなりましたの」
「お金のない俺は素敵じゃないと言われた」
「金の切れ目が縁の切れ目だったというわけですわね」

 子爵令嬢も馬鹿なことをしたわね。
 今更、実家に戻ったとしても、彼女を嫁にもらってくれる貴族なんていないでしょう。

 それなら、ランドリュー様がケサス様に渡した手切れ金で、優雅な平民生活を送れば良かったのに。
 何も考えずに駆け落ちするような人ですから、そんなことは頭に浮かばないんでしょうけど。

「こんなことをしても良いと思っているのか!?」
「あなたにはしても良いと思っていますわ。侵入者ですから」
「ファリン! お前のことは前々から頭のおかしい女だとは思っていたが、俺の目は間違っていなかったな!」
「それなら、どうしてそんな馬鹿なことをしているんでしょうか。わかっているのであれば、二度とこの家に近寄らないのが普通でしょうに」
「お前がいるだなんて思ってもいなかったんだ! とりあえず、わかった。二度と近づかないようにするから、ここから出してくれ!」

 信用はできない。
 でも、いつまでもこの人の相手をしていられないわ。

「しょうがありませんわね」

 埋める作業を止めてもらい、メイドに目を向けると、木につながれているロープを二本、穴に向かって投げ入れた。
 一つには「引っ張るな、危険」と書かれた紙を付けてある。

「何だこれは」
「助けようと思いますのでロープを投げ入れました」
「引っ張るな、危険って書いてあるロープをなんでおろしてくるんだ!?」
「遊び心ですわ」

 もし、この穴に落ちていたのが使用人であれば、一つのロープしか下ろさない。
 
「俺は足を痛めてるんだぞ!」
「引っ張り上げますからご心配なく」
「ったく、どうせ、何も書かれていないほうを引っ張ったら何かあるんだろう。俺は騙されない」

 ケサス様はお約束と言わんばかりに、引っ張るなと書いてあるほうのロープを引っ張った。
 すると、木に引っかけていた、水の入った大きなバケツがひっくり返り、水と共にケサス様の所へ落ちていった。

「痛いっ! 一体、何なんだ!?」
「引っ張るなと書いてあるのに引っ張るからですわ」
「そんな危ないものをわざわざ下ろしてこなくてもいいだろう! 何を考えてるんだ!」
「それはこちらの台詞ですわ。どうして、引っ張るなと書いてるほうのロープを引っ張ったのです? もしかして、引っ張るという意味を知らなかったのでしょうか」
「馬鹿にしやがって! わざわざ下ろしてくる理由にはなっていないぞ!」
「大人になっても子供の頃の純粋な心を忘れたくなかったんですの」
「そんなもの忘れちまえ!」

 言葉遣いの悪さに眉根を寄せると、わたくしがまだ何かすると思ったのか、ケサス様はすぐに謝ってくる。

「悪かった! とにかく助けてくれ!」

 この人にいつまでも時間を使うのはもったいないので、素直に助け出してやると、ケサス様はどうしても出ていく前に屋敷の中に入りたいと言い出した。
 許せば、何を言い出すかは目に見えていた。
 でも、わたくしもランドリュー様も心が広いので、中に入ることを許してあげた。

 濡れ鼠になっているランドリュー様は屋敷内に入るなり、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「まんまと騙されやがって! この家は俺のっ」

 ケサス様の話の途中だったけれど、彼の手からシルバートレイを奪い取り、彼の頬を思い切り殴った。

 もしかして、これが正しい使い方なんじゃないかしら。

 シルバートレイを見つめて、わたくしはそう考えた。 

 
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