幸せなお飾りの妻になります!

風見ゆうみ

文字の大きさ
上 下
67 / 69
第二部

17 すれ違う思い

しおりを挟む
「セーラは、わざと他の男性に興味があるフリをして、僕の反応を確かめるんだ」

 ディール殿下は両手を組み合わせ、その手に額を当てて言った。

「…どういうことでしょうか?」
「自分に自信がないんだろうね。どんなことをしても僕が許して、彼女を愛し続けるか、試してくるんだよ」
「自分に自信がないという気持ちは、私にもありますので、わからない訳ではないですが、何度も試すのはちょっと……。しかも他人を巻き込んでまではおかしいと思います。いくら、女王陛下であったとしても」

 正直に答えると、ディール殿下は苦笑して頷く。

「彼女の家系は、代々、そういう家系のようだね。だから、この国の女王は歴代、何度も離婚や結婚を繰り返している。それがあるから、国民もそんなものなのだろうと思っているし、性に奔放な人が多く集まってきている。それが悪いとは言わないけどね。あと、女性を優先する社会だから、女性が離婚したいと言い出したら、何がなんでも離婚しなければならないんだ」
「そうなんですね……。勉強不足で申し訳ございません」

 頭を下げると、ディール殿下は首を横に振る。

「いいんだ。そういうつもりで言ったんじゃない」
「あの、実は、私もディール殿下が思ってらっしゃることと同じことを考えていたんです。ただ、自信がないから、という理由だけとは思っておりません」
「……マオニール公爵夫人は、他に意味があると思うのかい?」
「アイリスで結構です。あの、ディール殿下、これは私が考えたことであって、セーラ様の考えではないかもしれません。ですが、お伝えしてもよろしいでしょうか?」
「かまわない」
「セーラ様はディール殿下に」

 私が話し始めようとした時だった。
 部屋の外である、酒場の方で何かあったのか、一気に騒がしくなった。

「アイリス!」

 リアムが私の名を呼ぶ声が聞こえ、それと同時にディール殿下の表情が曇った。

「セーラがマオニール公爵に、僕がアイリスを誘惑するという話を伝えたのかもしれない。アイリス、一芝居打つけど安心してくれ。君に何かするつもりは本当にないから」
「え?」

 聞き返したと同時に、ディール殿下は私に近寄ってきた。

「何もしないということはわかっておりますが、そんな辛そうなお顔をされるなら、最初から芝居なんてせずに、ご自分のお気持ちを伝えたらどうなんでしょうか?」

 これは、ちゃんと、お互いの気持ちを伝えあってもらわないと、取り返しのつかないことになる。

 そう思って叫んだ。

 ディール殿下の表情が悲しげに歪んでいく。
 それと共に、私の表情も悲しげなものに変わっていく。

 ディール殿下はディール殿下で、セーラ様に嫌われたくないから必死なんだわ。
 でも、こんなやり方は間違っている。

 騒がしい声はどんどん近付いてきて、開け放たれた扉の向こうにリアムの姿が見えた。

「アイリス…」
 
 リアムは私が今にも泣き出しそうになっているから誤解してしまったようだった。
 彼の表情が見たこともないくらい冷たいものに変わっていく。

「リアム、違うんです!」
「アイリスから離れろ!」

 相手は王配な上に、私達の間には何もないんだから、リアムが何かしたら、彼が罪に問われてしまう!

 慌てて、ディール殿下に向かってくるリアムに叫ぶ。

「駄目です! リアム!」

 私の叫ぶ声は殺気立った彼の耳には届いていないようだった。
 リアムがディール殿下につかみかかろうとした時、使ってはいけないという言葉を叫ぶ。

「リアムいけません! 待てです!」
「……っ!」

 リアムの表情が怒りから困惑のものに変わり、ディール殿下につかみかかろうとしていた腕を戻した。

 人前では犬扱いするな、と言われていたけれど、効果があったのだから、今回は許して欲しい。
 もちろん、後で謝らなくちゃ。

「マオニール公爵、本当に済まなかった」

 ディール殿下が頭を下げるので、リアムが説明を求めるように私を見る。

「セーラ様がディール殿下に私を誘惑するようにお願いしたそうです。ですけど、ディール殿下はセーラ様を本当に愛しておられるので、そんなことはされておられません。ただ、ここでお話をしていただけです」

 私の言葉を聞いて、後から入ってきたセーラ様が、少しだけ驚いた顔で、ディール殿下を見る。

「……ディール」
「ごめんね、セーラ。やっぱり僕には無理だった。僕は君が好きだから、それが無理だとわかっていても、僕だけを見てほしかった。だけど、駄目なんだね……」

 そう言って、ディール殿下は体を折り曲げるようにして、頭を下げてから言った。

「セーラ、少し距離を置かせてくれ」
「そ、そんな……」
「君は僕一人じゃ満足できないんだろ? それに、アイリスに手を出させてまで、マオニール公爵がほしいだなんて言われてるのは、やはり耐えられない。ワガママなんかじゃない。やってはいけないことだ。……わかっていて結婚したはずだったのに、やっぱり辛いんだ。本当にごめん」

 ディール殿下はそこまで言って、私のほうに振り返る。

「アイリス、君にも申し訳ない」
「いえ、殿下に謝られるようなことはされていません。お辛いのはディール殿下のほうです」
「……ありがとう」
「嫌、嫌よ、ディール、待って!」

 歩き出した彼の腕にセーラ様はすがりついた。
 けれど、そんな彼女の腕をゆっくりはがしながら、ディール殿下は言う。

「本当はね、一番の理由は違うんだよ、セーラ。わかってくれる?」
「……どういうこと?」
「……アイリス、君は僕の考えていることがわかるかな?」

 ディール殿下に問われて、私は素直に思ったことを口にする。

「ディール殿下は、セーラ様が愛人を作ると言われるより、ディール殿下に私を口説くように言われたことのほうがショックなんだと思います」
「そんな……」
「アイリスの言う通りだ。僕には君しかいなかったんだよ、セーラ。それなのに、他の女性に手を出せなんて、あまりにもひどすぎる。君がマオニール公爵に夢中になるのはかまわない。いや、それももちろん辛かったよ。だけど、それは最初から覚悟してたから我慢できていたんだ。だけど、君以外の女性に手を出せなんて、君に言われたら……」

 ディール殿下は悲しげな笑みを浮かべると、頭を下げて部屋から出ていく。

「そんな、待って、ディール! 違うの! そんなつもりじゃなかったの!!」

 泣きながら、セーラ様がディール殿下を追いかけていく。
 残された私とリアムは顔を見合わせてから、大きく息を吐いた。

「……何もされてないんだね?」
「もちろんです。ディール殿下の気持ちを聞かれたでしょう?」
「……そうだね」

 二人の姿はもう見えないけれど、去っていった方向を見ながら、リアムが悲しそうな顔をした。

 ディール殿下の気持ちを思うと、彼も切なくなったのかもしれない。

「ごめんなさい、リアム。人前で犬扱いしてしまって」

 謝ってから、人前ではあるけれど、リアムに抱きつく。
 
「……僕が許すと思ってるだろ」
「……駄目ですか?」
「許すけど」

 上目遣いで尋ねると、どこか不満げな口調でリアムは言ったあと、私を抱きしめ返してくれた。
しおりを挟む
感想 179

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

【完結】え、お嬢様が婚約破棄されたって本当ですか?

瑞紀
恋愛
「フェリシア・ボールドウィン。お前は王太子である俺の妃には相応しくない。よって婚約破棄する!」 婚約を公表する手はずの夜会で、突然婚約破棄された公爵令嬢、フェリシア。父公爵に勘当まで受け、絶体絶命の大ピンチ……のはずが、彼女はなぜか平然としている。 部屋まで押しかけてくる王太子(元婚約者)とその恋人。なぜか始まる和気あいあいとした会話。さらに、親子の縁を切ったはずの公爵夫妻まで現れて……。 フェリシアの執事(的存在)、デイヴィットの視点でお送りする、ラブコメディー。 ざまぁなしのハッピーエンド! ※8/6 16:10で完結しました。 ※HOTランキング(女性向け)52位,お気に入り登録 220↑,24hポイント4万↑ ありがとうございます。 ※お気に入り登録、感想も本当に嬉しいです。ありがとうございます。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

【完結済】どうして無能な私を愛してくれるの?~双子の妹に全て劣り、婚約者を奪われた男爵令嬢は、侯爵子息様に溺愛される~

ゆうき
恋愛
優秀な双子の妹の足元にも及ばない男爵令嬢のアメリアは、屋敷ではいない者として扱われ、話しかけてくる数少ない人間である妹には馬鹿にされ、母には早く出て行けと怒鳴られ、学園ではいじめられて生活していた。 長年に渡って酷い仕打ちを受けていたアメリアには、侯爵子息の婚約者がいたが、妹に奪われて婚約破棄をされてしまい、一人ぼっちになってしまっていた。 心が冷え切ったアメリアは、今の生活を受け入れてしまっていた。 そんな彼女には魔法薬師になりたいという目標があり、虐げられながらも勉強を頑張る毎日を送っていた。 そんな彼女のクラスに、一人の侯爵子息が転校してきた。 レオと名乗った男子生徒は、何故かアメリアを気にかけて、アメリアに積極的に話しかけてくるようになった。 毎日のように話しかけられるようになるアメリア。その溺愛っぷりにアメリアは戸惑い、少々困っていたが、段々と自分で気づかないうちに、彼の優しさに惹かれていく。 レオと一緒にいるようになり、次第に打ち解けて心を許すアメリアは、レオと親密な関係になっていくが、アメリアを馬鹿にしている妹と、その友人がそれを許すはずもなく―― これは男爵令嬢であるアメリアが、とある秘密を抱える侯爵子息と幸せになるまでの物語。 ※こちらの作品はなろう様にも投稿しております!3/8に女性ホットランキング二位になりました。読んでくださった方々、ありがとうございます!

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

処理中です...