38 / 69
38 恋の終わり
しおりを挟む
「マオニール公爵閣下……?」
プリステッド公爵令嬢は、顔色が悪いままだけれど椅子から立ち上がり、フラフラとした足取りで、こちらに近付いてこようとする。
リアムは私を隠すように、プリステッド公爵令嬢との間に立つと、後ろを振り返って言う。
「プリステッド卿」
「わかっておりますよ」
どうやら、リアムをここまで連れてきてくれたのは、プリステッド公爵令嬢の弟のプリル様らしく、彼は金色の長い髪を揺らし、姉であるプリステッド公爵令嬢に近付くと言った。
「姉さん、もう諦めてください。これ以上、プリステッド公爵家の名を汚すつもりですか? そんなことは、父上や母上が許しても、プリステッド公爵家のあとを継ぐ僕が許しません」
弟が姉に話しかけているとは思えないくらいに冷たい声と言葉だった。
思わず、気の毒になって、プリステッド公爵令嬢を見ると、彼女は驚いた表情でプリステッド卿に尋ねる。
「プリル……、あなたは、わたくしの味方じゃないの?」
「味方でいるつもりでしたが、見苦しい真似をするような姉はいらないんですよ」
「……プリル、あなた、そんな言い方はないでしょう!」
「……姉さん、マオニール公爵夫妻の前なのですから落ち着いてください。今回の件については、お二人がお帰りになってから、ゆっくりお話をしましょう」
プリステッド卿はプリステッド公爵令嬢の腕を優しく叩くと、私達のほうに振り返る。
「本日を含め、姉や父が色々とご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。今後、このようなことはないようにいたしますので、どうか、お許し願えませんか」
「謝罪を受け入れますわ」
私が頷くと、リアムが言う。
「納得いかないところもあるけれど、妻が許すというのであれば許さざるを得ないよね。そのかわり、二度と、こんな馬鹿なことはしないと約束させてくれるかな。そして、もし、また不必要な動きをしようものなら、こちらも容赦しないと伝えてほしい」
「もちろんです。それに、僕がさせません」
「一応、プリステッド公爵には、あらためて、僕から連絡を入れさせていただくよ。約束をしていないし、妻を迎えに来ただけだから、今日はここで失礼させてもらう」
リアムは私の肩を抱いて「帰ろう」と促してきた。
「はい」
頷いてから、プリステッド公爵令嬢のほうを見る。
彼女は大粒の涙を流して、リアムを見つめていた。
リアムもその視線に気が付き、私に言う。
「ちょっとだけ、プリステッド公爵令嬢と話をしてもいいかな」
「かまいません」
「ありがとう」
頷いた私に微笑んだあと、リアムはプリステッド公爵令嬢に声を掛ける。
「僕のことを慕ってくれてありがとう。だけど、僕には妻がいるし、たとえ、妻がいなかったとしても、君の気持ちにはこたえられない。もっと、早くにはっきりと伝えておけば良かった。本当にすまなかった」
リアムが頭を下げた。
いくら相手が公爵令嬢とはいえ、公爵が頭を下げるなんて、プライベートな場であっても滅多にないことのように思われるし、本当はリアムの立場上、してはいけないことだと思われる。
けれど、これは、リアムにとってはけじめなのだと思い、私は黙って彼を見つめていた。
「わたくしでは……、どうしても駄目なんですの?」
プリステッド公爵令嬢が震える声で尋ねると、リアムは頭を上げて私を見てから、またプリステッド公爵令嬢に視線を戻して頷く。
「あなただから駄目なんじゃなく、僕にはアイリスしかいないんだ」
これは演技だとわかっているのに、心臓の鼓動が早くなる。
嘘でも、こんな言葉を聞けるのはとても嬉しかった。
「……うっ」
プリステッド公爵令嬢は大粒の涙を流して、その場に崩れ落ちた。
彼女なりに、本当にリアムのことが好きだったのね。
彼女が私にしたことは、人としてやってはいけないことだったけれど、彼女の思いも含めて、私はリアムのことを、自分が出来る範囲になるけれど、幸せにしたいと思ったし、リアムが気に病まなくてもいいように、お飾りであっても、幸せな妻になろうと思った。
プリステッド公爵令嬢は、顔色が悪いままだけれど椅子から立ち上がり、フラフラとした足取りで、こちらに近付いてこようとする。
リアムは私を隠すように、プリステッド公爵令嬢との間に立つと、後ろを振り返って言う。
「プリステッド卿」
「わかっておりますよ」
どうやら、リアムをここまで連れてきてくれたのは、プリステッド公爵令嬢の弟のプリル様らしく、彼は金色の長い髪を揺らし、姉であるプリステッド公爵令嬢に近付くと言った。
「姉さん、もう諦めてください。これ以上、プリステッド公爵家の名を汚すつもりですか? そんなことは、父上や母上が許しても、プリステッド公爵家のあとを継ぐ僕が許しません」
弟が姉に話しかけているとは思えないくらいに冷たい声と言葉だった。
思わず、気の毒になって、プリステッド公爵令嬢を見ると、彼女は驚いた表情でプリステッド卿に尋ねる。
「プリル……、あなたは、わたくしの味方じゃないの?」
「味方でいるつもりでしたが、見苦しい真似をするような姉はいらないんですよ」
「……プリル、あなた、そんな言い方はないでしょう!」
「……姉さん、マオニール公爵夫妻の前なのですから落ち着いてください。今回の件については、お二人がお帰りになってから、ゆっくりお話をしましょう」
プリステッド卿はプリステッド公爵令嬢の腕を優しく叩くと、私達のほうに振り返る。
「本日を含め、姉や父が色々とご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。今後、このようなことはないようにいたしますので、どうか、お許し願えませんか」
「謝罪を受け入れますわ」
私が頷くと、リアムが言う。
「納得いかないところもあるけれど、妻が許すというのであれば許さざるを得ないよね。そのかわり、二度と、こんな馬鹿なことはしないと約束させてくれるかな。そして、もし、また不必要な動きをしようものなら、こちらも容赦しないと伝えてほしい」
「もちろんです。それに、僕がさせません」
「一応、プリステッド公爵には、あらためて、僕から連絡を入れさせていただくよ。約束をしていないし、妻を迎えに来ただけだから、今日はここで失礼させてもらう」
リアムは私の肩を抱いて「帰ろう」と促してきた。
「はい」
頷いてから、プリステッド公爵令嬢のほうを見る。
彼女は大粒の涙を流して、リアムを見つめていた。
リアムもその視線に気が付き、私に言う。
「ちょっとだけ、プリステッド公爵令嬢と話をしてもいいかな」
「かまいません」
「ありがとう」
頷いた私に微笑んだあと、リアムはプリステッド公爵令嬢に声を掛ける。
「僕のことを慕ってくれてありがとう。だけど、僕には妻がいるし、たとえ、妻がいなかったとしても、君の気持ちにはこたえられない。もっと、早くにはっきりと伝えておけば良かった。本当にすまなかった」
リアムが頭を下げた。
いくら相手が公爵令嬢とはいえ、公爵が頭を下げるなんて、プライベートな場であっても滅多にないことのように思われるし、本当はリアムの立場上、してはいけないことだと思われる。
けれど、これは、リアムにとってはけじめなのだと思い、私は黙って彼を見つめていた。
「わたくしでは……、どうしても駄目なんですの?」
プリステッド公爵令嬢が震える声で尋ねると、リアムは頭を上げて私を見てから、またプリステッド公爵令嬢に視線を戻して頷く。
「あなただから駄目なんじゃなく、僕にはアイリスしかいないんだ」
これは演技だとわかっているのに、心臓の鼓動が早くなる。
嘘でも、こんな言葉を聞けるのはとても嬉しかった。
「……うっ」
プリステッド公爵令嬢は大粒の涙を流して、その場に崩れ落ちた。
彼女なりに、本当にリアムのことが好きだったのね。
彼女が私にしたことは、人としてやってはいけないことだったけれど、彼女の思いも含めて、私はリアムのことを、自分が出来る範囲になるけれど、幸せにしたいと思ったし、リアムが気に病まなくてもいいように、お飾りであっても、幸せな妻になろうと思った。
72
お気に入りに追加
4,815
あなたにおすすめの小説
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?

【完結】え、お嬢様が婚約破棄されたって本当ですか?
瑞紀
恋愛
「フェリシア・ボールドウィン。お前は王太子である俺の妃には相応しくない。よって婚約破棄する!」
婚約を公表する手はずの夜会で、突然婚約破棄された公爵令嬢、フェリシア。父公爵に勘当まで受け、絶体絶命の大ピンチ……のはずが、彼女はなぜか平然としている。
部屋まで押しかけてくる王太子(元婚約者)とその恋人。なぜか始まる和気あいあいとした会話。さらに、親子の縁を切ったはずの公爵夫妻まで現れて……。
フェリシアの執事(的存在)、デイヴィットの視点でお送りする、ラブコメディー。
ざまぁなしのハッピーエンド!
※8/6 16:10で完結しました。
※HOTランキング(女性向け)52位,お気に入り登録 220↑,24hポイント4万↑ ありがとうございます。
※お気に入り登録、感想も本当に嬉しいです。ありがとうございます。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。

【完結済】どうして無能な私を愛してくれるの?~双子の妹に全て劣り、婚約者を奪われた男爵令嬢は、侯爵子息様に溺愛される~
ゆうき
恋愛
優秀な双子の妹の足元にも及ばない男爵令嬢のアメリアは、屋敷ではいない者として扱われ、話しかけてくる数少ない人間である妹には馬鹿にされ、母には早く出て行けと怒鳴られ、学園ではいじめられて生活していた。
長年に渡って酷い仕打ちを受けていたアメリアには、侯爵子息の婚約者がいたが、妹に奪われて婚約破棄をされてしまい、一人ぼっちになってしまっていた。
心が冷え切ったアメリアは、今の生活を受け入れてしまっていた。
そんな彼女には魔法薬師になりたいという目標があり、虐げられながらも勉強を頑張る毎日を送っていた。
そんな彼女のクラスに、一人の侯爵子息が転校してきた。
レオと名乗った男子生徒は、何故かアメリアを気にかけて、アメリアに積極的に話しかけてくるようになった。
毎日のように話しかけられるようになるアメリア。その溺愛っぷりにアメリアは戸惑い、少々困っていたが、段々と自分で気づかないうちに、彼の優しさに惹かれていく。
レオと一緒にいるようになり、次第に打ち解けて心を許すアメリアは、レオと親密な関係になっていくが、アメリアを馬鹿にしている妹と、その友人がそれを許すはずもなく――
これは男爵令嬢であるアメリアが、とある秘密を抱える侯爵子息と幸せになるまでの物語。
※こちらの作品はなろう様にも投稿しております!3/8に女性ホットランキング二位になりました。読んでくださった方々、ありがとうございます!
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
(完結)「君を愛することはない」と言われて……
青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら?
この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。
主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。
以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。
※カクヨム。なろうにも時差投稿します。
※作者独自の世界です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる