幸せなお飾りの妻になります!

風見ゆうみ

文字の大きさ
上 下
26 / 69

26 呼びかた(リアムside)

しおりを挟む
 僕の妻になってくれたアイリスは、僕の知っている女性達とは違い、僕に興味を示さない。

 最初はそれが新鮮だったし、ありがたかった。

 お飾りの妻だなんて、彼女には申し訳ないことをしていると思っている。
 
 実の親に辛い思いをさせられているだけじゃなく、新しく家族になった僕にまで嫌な思いをさせられてるんだから。

 アイリスは気が強いところもあるけど、普段はおとなしい。

 だから、パーティーは苦手そうに見えたので、仕事上、出席しなければならないパーティーに関しては、僕一人で行くようにしていた。

「マオニール公爵閣下、ご結婚おめでとうございます。本日は奥様はいらっしゃらないのですか?」
「ぜひ、奥様をご紹介していただきたいのですが……」
「奥様と不仲だという噂が流れていますが……」

 結婚後は、アイリスのことや、彼女との仲を気にしてくる人間が多かった。
 
 女性から絡まれることはなくなったけど、今度は娘を愛人、もしくは後妻にしたがる人間が近寄ってくるようになり、それはそれで面倒だった。

「悪いけど、僕にはアイリスしかいないから」

 いつしか、そう言って断るのが、僕の当たり前になっていた。



◇◆◇




「トーイ!」

 ある日、アイリスの声が庭のほうから聞こえて、仕事の手を止め、執務室の窓から外を見た。

 2階にある執務室から、中庭の様子が見え、アイリスは近づいてきたトーイに花を渡していた。

 トーイの声は低く、彼が意識して声を大きくしない限り小さいため、彼の声は聞こえないけれど、トーイは柔らかな表情を見せていた。

 別にアイリスに恋愛するなとは言ってはいない。

 世間にバレなければ良い。

 そう思っていたのに、なぜか胸にひっかかるものがあった。

「……?」

 それがなぜかはわからなかった。

 ただ、その時は、アイリスがトーイのことをトーイ様と呼ばなくなったことが気に入らなかった。

「リアム様、花を飾ってもよろしいでしょうか?」
 
 アイリスから先程、もらっていた花を持って、トーイが執務室にやって来るなり問いかけてきた。

「君がもらったものだろ?」
「いいえ。アイリス様が、よろしければリアム様の執務室にどうぞと」
「……そうか」
「花には癒やし効果があるのだそうですよ。この部屋はほとんどが黒ですから、カラフルな花があると余計に心が安らぐと思われます」
「……わかった。ただ、花瓶が倒れて大事な書類を台無しにしないようにだけしてくれ」
「承知いたしました」

 トーイはメイドに花瓶を用意させ、めったに近付かない窓際にあるサイドテーブルの上に置いた。

 花の名前はわからないけれど、ピンクや白、赤などの普段は絶対に選ばない色合いが部屋の中にあることは落ち着かないかと思った。
 でも、いつしか、その花が新しいものに変わっていると、次はどんな花なのだろうと楽しみになった。

 そして、その花や花瓶の水をかえてくれているのは、アイリスだと知った。

 メイドには頼まず、僕に会わないように、毎朝、早い時間に起きて、水をかえてくれていると聞いて、避けられている気がして嫌だった。

 だから、意地悪かもしれないけれど、彼女がやって来るよりも早い時間に、執務室で仕事を始めた。

 控えめなノックのあと、かちゃりと扉が開く音が聞こえたので、書類から目を上げる。

 朝の早い時間だが、窓から太陽の光が差し込んでいたので部屋の中は明るく、明かりが必要なかったため、アイリスは僕がいる事に気付いていない様子だった。

 鼻歌を歌いながら入ってきたアイリスは、僕と目が合うとかたまった。

「ふぁっ!?」
「ふぁっ?」

 動揺しているのか、理解できない言葉をアイリスが発したので聞き返すと、アイリスは勢いよく頭を下げる。

「申し訳ございません。お仕事中ですのにノックもせずに」

 そう言って部屋から出ていこうとするので呼び止める。

「アイリス! 用事があったんじゃないのかな?」
「あの、もう一度、ノックからやり直します!」
「もういいよ」

 両拳を握りしめて言うアイリスを見て、思わず笑みがこぼれた。

「では、お言葉に甘えまして……」

 アイリスはもう一度頭を下げると、急いで窓際の花瓶に向かって歩いていく。

「おはよう、アイリス」
「おはようございます、リアム様!」
「リアムで良いって言ってるのに」
「リアム様はリアム様です。トーイから聞きましたが、リアム様の事をリアムと呼んでいる女性は、お義母様しかいやっしゃらないと」
「トーイの事をトーイ様と呼ばずにトーイと呼んでるのも、彼の家族の女性と母上くらいしか聞いたことがないな」
「そうなんですか!?」

 アイリスは慌てた顔をして、花瓶を抱きしめる。

「どうしよう……。でも、そうじゃないと、トーイは駄目だと言うし……」
「ごめんごめん。君は公爵夫人なんだから、夫の側近に様を付けるほうがおかしいよ」
「で、ですよね!」

 アイリスはホッとしたのか、ふわりと優しい笑顔を見せた。

 なぜだか、その時、心臓の鼓動が早くなった。

 それは初めての感覚で、なぜか、アイリスから目が離せなくなった。

「あの、リアム様?」

 アイリスは僕の様子がおかしいことに気が付き、心配そうに近寄ってくるので、慌てて言う。

「だ、大丈夫だから! あの、新しい花、楽しみにしてるよ」
「……」

 アイリスはきょとんとしたあと、また嬉しそうに笑って頷く。

「はい! 急いで持ってきますね!」

 アイリスは跳ねるようにして走り出し、執務室を出ていく。

 公爵夫人としては良くない行動だけど、僕にとっては、そんなアイリスがとても愛しく思えた。

 その気持ちが何なのか気付いた時には、くだらない感情だとはわかっているけれど、彼女が僕にとって特別な女性である証として「リアム」と呼んで欲しいと切に願う様になっていた。







ーーーーーーーーー
改稿前はリアムsideは書いていなかったので、楽しんでもらえていたら嬉しいです!
しおりを挟む
感想 179

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

【完結】え、お嬢様が婚約破棄されたって本当ですか?

瑞紀
恋愛
「フェリシア・ボールドウィン。お前は王太子である俺の妃には相応しくない。よって婚約破棄する!」 婚約を公表する手はずの夜会で、突然婚約破棄された公爵令嬢、フェリシア。父公爵に勘当まで受け、絶体絶命の大ピンチ……のはずが、彼女はなぜか平然としている。 部屋まで押しかけてくる王太子(元婚約者)とその恋人。なぜか始まる和気あいあいとした会話。さらに、親子の縁を切ったはずの公爵夫妻まで現れて……。 フェリシアの執事(的存在)、デイヴィットの視点でお送りする、ラブコメディー。 ざまぁなしのハッピーエンド! ※8/6 16:10で完結しました。 ※HOTランキング(女性向け)52位,お気に入り登録 220↑,24hポイント4万↑ ありがとうございます。 ※お気に入り登録、感想も本当に嬉しいです。ありがとうございます。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

【完結済】どうして無能な私を愛してくれるの?~双子の妹に全て劣り、婚約者を奪われた男爵令嬢は、侯爵子息様に溺愛される~

ゆうき
恋愛
優秀な双子の妹の足元にも及ばない男爵令嬢のアメリアは、屋敷ではいない者として扱われ、話しかけてくる数少ない人間である妹には馬鹿にされ、母には早く出て行けと怒鳴られ、学園ではいじめられて生活していた。 長年に渡って酷い仕打ちを受けていたアメリアには、侯爵子息の婚約者がいたが、妹に奪われて婚約破棄をされてしまい、一人ぼっちになってしまっていた。 心が冷え切ったアメリアは、今の生活を受け入れてしまっていた。 そんな彼女には魔法薬師になりたいという目標があり、虐げられながらも勉強を頑張る毎日を送っていた。 そんな彼女のクラスに、一人の侯爵子息が転校してきた。 レオと名乗った男子生徒は、何故かアメリアを気にかけて、アメリアに積極的に話しかけてくるようになった。 毎日のように話しかけられるようになるアメリア。その溺愛っぷりにアメリアは戸惑い、少々困っていたが、段々と自分で気づかないうちに、彼の優しさに惹かれていく。 レオと一緒にいるようになり、次第に打ち解けて心を許すアメリアは、レオと親密な関係になっていくが、アメリアを馬鹿にしている妹と、その友人がそれを許すはずもなく―― これは男爵令嬢であるアメリアが、とある秘密を抱える侯爵子息と幸せになるまでの物語。 ※こちらの作品はなろう様にも投稿しております!3/8に女性ホットランキング二位になりました。読んでくださった方々、ありがとうございます!

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...