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第5章 シードの正体

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「婚約破棄の書類は父から送らせていただきます」

 お父様が勝手に決めて進めたことなんだもの。
 破棄の件についても自分でやってもらわなくちゃ。

 そう言って踵を返すと、デスタが追いすがってくる。

「待ってくれ! 話を聞いてくれないか! 僕はエルテ公爵にはめられたんだ!」
「どうして、お父様が関わってくるのです?」

 わたしはデスタにではなく、足を止めて私たちを見ていたお父様に尋ねた。

「はめてなどいない。恋をして盲目になっているお前に目を覚ますチャンスを与えただけだ」
「わたしにチャンス?」

 聞き返してあとに、お父様が何を言おうとしているかに気が付いた。

「お父様に何を言われても、わたしはデスタのことを信じると思ったのですか」
「まさにフィーナがそうだっただろう?」
「では、今まで黙っていた令嬢たちがわたしに話をしはじめたのは、お父様の仕業ですか?」
「好きなように思えば良い。今回もとっとと婚約破棄しろ。それだけだ。書類くらいは用意して送っておいてやる」

 お父様はわたしの返事も待たずに、背を向けて歩き出した。

 昔のわたしはロビースト様に恋をしているお姉様のように、デスタの嫌な部分には目を背けていた。
 他の人からそれはおかしいと言われても、彼を信じて傷ついていた。

 お父様はそれでは駄目だということを、自分自身で気が付かせようしたの?

「お姉様は帰ってきていません! ロビースト様は暴力をふるうんですよ! それでも自分の決めた道だと言って放置するんですか!?」
「お前の新しい婚約者から連絡は受けている。迎えの馬車は出してやる。乗って帰ってこなかったら諦めろ」
「お父様!」
「おい、いいかげんにしろ。まだわからないのか。人の話を聞かない奴に何を言っても無駄だ」
「わたしはお姉様のことは吹っ切りました。でも、お父様は違うのでしょう?」
「さあ、どうだろうな。目を覚まさなければ意味がない」

 そう答えて、お父様は執務室のある二階に行くのか階段を上っていった。
 そんなお父様の背中を見送っていると、デスタが話しかけてくる。

「セフィリア! お願いだ! 君に婚約破棄されたとわかったら、王女殿下に何をされるかわからない!」
「王女殿下以外の婚約者が良いなら、ソレーヌ様に頼めば良いじゃないの!」
「ソレーヌに抱いていたのは恋愛感情とは違う! 本当に僕は君と一緒になるつもりだったんだ!」
「ふざけないで、わたしがそんなことを言われて騙されると本気で思ってるの? もしそうだと思ってるなら、あなたの頬をひっぱたいてやりたい!」
「やめてくれ! 君はそんなことを言う子じゃなかっただろ!」

 デスタはわたしの両腕を掴んで訴える。

「僕と一緒に逃げよう! 僕たちが消えて、余った王女とシード様が一緒になればいいだけだ! 性格の悪い者同士でピッタリだよ」
「ふざけたことを言わないで! シード様は性格が悪いわけじゃないわ!」
「悪いかもしれないだろう!?」

 わたしはデスタの腕を振り払って叫ぶ。

「わたしはシード様を信じると決めたのよ!」
「騙されてる!」
「おやめください!」

 部屋に荷物を運んでくれていたマディアスが戻ってきて、間に入ってくれた。

「マディアス! デスタを屋敷から追い出して!」
「承知しました!」

 マディアスは素早くデスタの後ろに回り、彼の両腕を掴んだ。

「何をするんだ! 放せ!」
「痛い目に遭いたくなければ大人しくしてください」
「何だよ偉そうに! 聞いてくれ、セフィリア! 王女の思考はおかしい! ワガママに育ちすぎて、このままでは僕の命が危ない!」

 デスタの叫びは扉が閉められたことで聞こえなくなった。

 王女殿下については、今まで大した噂はなかったし、わたしとあまり関わりがなかったから世間一般的なことしか知らない。
 氷の美女と噂はされているけれど、無口でクールだからだと言われていた。
 でも、実際はそうじゃないということ?

 デスタがあんなに怯えるだなんて、王女殿下は一体、どんな方なの?

「大丈夫でしたか、セフィリア様」
「ええ。マディアスにはもうちょっと早くに来てほしかったけど」

 話しかけてきたエルファに苦笑すると、彼女が謝る。

「申し訳ございません」
「今回は許すわ。荷物を運んでくれていたしね。それに、他の騎士は何もしてないもの」

 わたしの声が聞こえたのか、扉付近に立っていただけだった騎士たちは俯いてしまう。
 そんな彼らから視線を外し、エルファに話しかける。

「マディアスが帰ってきたら、お父様のところに行ってくるわ。エルファは引き続きフットマンの手を借りて、荷物を運んでちょうだい。終わったら今日は休んでいいわ」
「承知しました」

 その後、マディアスと共に、お父様のところに行き、王女殿下についての話を聞いた。

 王女殿下は顔の良い若い男性が好きで、今までは奴隷を買っていたらしい。

 気に入らないことがあれば『捨てて』と一言だけ言う。
 その後、その言葉を投げられた人は謎の死を遂げている。

 氷の美女というあだ名は彼女の侍女や使用人たちが陰で名付けたのだと聞いた。
 
「女王になる女性が男漁りをしている上に、簡単に人を殺すなんてことがバレたら王家としては痛い話だ」
「なぜ、お父様や他の貴族は王女殿下の暴走を止めないのです?」
「なぜだと? 私は反王家派だぞ。王家が潰れるのを望んでいる」

 ――お父様は、はなから王家を見捨てたのね。

「多くの貴族は王女の現状を知らない。知っているのは公爵家当主、それから彼女の周りの使用人や騎士たちだけだ」
「どうするおつもりなんですか」
「セフィリア、ロイアン家のバカ息子のことは忘れろ。王女に目を付けられたら面倒なことになる」
「もう目を付けられているのでは?」
「まあな。だから、これ以上は余計なことはするな。お前は新しい婚約者のことだけ考えろ」

 お父様はそこまで言うと「仕事があるから出ていけ」と言って、わたしを部屋から追い出した。
 その後はいつも通りで、何を聞いても教えてくれなかった。
 自分ルートで調べようとしたけれど、家から出してもらえなくて無理だった。

 それから2日後、お姉様は戻ってくることはなかったけれど、シード様から手紙と花冠が届いた。

 花は造花だけれど、色とりどりの宝石が使われていて、とても綺麗だ。
 手紙には、5日後に迫ったパレードの日付と待ち合わせ場所と時間が書かれていた。


 
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