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第3章 戻ってきた救世主

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「正気かよ!?」

 シード様は呆れた顔をして私を見つめた。

「正気です! ご迷惑なことを申し上げているのは承知しております! ですが、今、考えられる人はシード様しかいないのです!」
「いるだろ、他にも!」
「シード様はお父様やロビースト様からも一目置かています! そんな方は簡単には見つかりません!」

 起き上がって、シーツに額を付けてお願いする。

「どうか、お願いします。仮の婚約者でも結構です。デスタと王女殿下がわたしに興味をなくすまで、協力していただけませんか?」

 厚かましいお願いをしているのは重々承知している。
 シード様にしてみれば、わたしなんてどうでも良い人間だと思う。
 でも、今のわたしにはこの方法しか思い浮かばなかった。

 少しの間があってから、シード様が静かに口を開く。

「後悔すんぞ?」
「ロビースト様と婚約するほうが絶対に後悔します!」
「俺と婚約しても後悔する前提かよ」
「そ、そういう意味ではなく、シード様にご迷惑をおかけしてしまったという後悔です」

 シーツに額をつけたまま会話をしていると、シード様が大きなため息を吐いた。

「わかった。わかったから顔を上げてくれ」
「申し訳ございません」
「そこはありがとうって言え」
「ありがとうございます!」

 ということは、受けてもらえるということなのかしら?
 
 顔を上げて、期待を込めた眼差しを送ると、シード様は頷く。

「わかったよ。でも、こんな大事なことは俺一人じゃ決めらんねぇんだ。ちょっと待ってくれ」
「それはもちろんです」
「俺の返事はまた少し後になるが、セフィリア嬢が家に帰るのは、いつでも良い」
「ロビースト様が認めてくださるでしょうか」
「それは実力行使だ」

 シード様はいたずらっ子のような笑みを見せた。

 お願いしておきながらも、一応、確認しておく。

「今更なのですが、シード様は貴族なのですよね?」
「本当に今更だな。一応、貴族だろ。俺はラソウエ家の次男ってことになってるし、特別扱いを受けてるから」
「それだけですと、シード様は」
「ああ、もう、細かい話は今はいい。俺の関係者に連絡してセフィリア嬢との婚約を認めてもらえたら全て話す。悪いけど、俺にも色々と事情があんだよ。とにかく、セフィリア嬢は今日は寝ろ。絶対に兄さんを近づけさせねぇから。あ、腹減ったか?」
「いいえ」
「寝る前に何か食えるようなら食っとけ。明日からは忙しいぞ」

 シード様は私の両腕を掴んで、無理やり横にならせた。

「お腹は減っていません」
「なら寝ろよ。水とか飲み物は後で持ってこさせるから。あ、そういえば言い忘れてたが」
「何でしょう?」
「俺は独占欲が強いぞ」
「はい?」
「婚約の件だよ。悪い条件を言っといてやる。俺は性格は悪いし、立場もセフィリア嬢にとっては良くねぇ。独占欲は強いが、束縛するつもりはない。でも、これと決めたら逃さねぇ。その覚悟はできてるか?」

 仮婚約で良いのだけど、そんな中途半端な気持ちなら協力してくれないということね?

「出来ています」

 頷くと、シード様は眉間の皺を深くする。
「本当にわかってるのか?」と言わんばかりの表情だった。
 でもすぐに諦めたように、わたしの額に手を触れる。

「わかった。なら、何も考えずに今は安静にしてろ」
「わかりました」
「それから、セフィリア嬢の代わりは用意しておいた」
「わたしの代わり? そんなものが必要ですか?」
「テックから聞いたが、ソレーヌ嬢がどうなるか気になってたんだろ?」

 わたしの家に行ったと言っておられたけど、テックと仲良くなったのかしら。
 不思議に思いつつも頷く。

「気になっていたのは確かですが」
「ソレーヌ嬢についても明日連絡すっから」
「ま、待ってください! 意味がわかりません! どうしてソレーヌ様が関わってくるのです?」
「王女がセフィリア嬢とロイアン卿を婚約させるために彼女を拾った」
「意味がわかりません!」

 王女殿下が私とデスタを婚約させて、わざと嫌がらせしてくる口実を作ろうとしてくることにも驚きだし、その為にソレーヌ様を救うことも理解できない。

「いくら王女殿下とはいえ、好き勝手しすぎではないですか? 王女殿下に意見する方はいないのですか。両陛下は何をされているんです?」
「のんびりしてる」
「はい?」
「両陛下はのんびりと娘のやることを眺めてるだけだ。このままだと、この国は王女に支配される。内部で揉めてるだけなら良いけど、あんなんが女王になっちゃ、この国の国民が可哀想だ」

 どうして、シード様がここまで王家の内情に詳しいのかさっぱりわからない。
 でも、とにかく今は自分の身の安全を確保することが優先だから、そのことは横においておく。
 それに、もう一つ聞いておきたいことがあった。

「シード様」
「何だ?」
「ソレーヌ様はわたしの代わりになることについては、なんとおっしゃってるんです?」
「公爵家の嫁になれるなんて嬉しいってさ」
「ロビースト様の暴力のことについては、お話されているのですか?」
「言ってない。説明しようとしたが本人が説明はいらないって言って聞かねぇんだよ。王女殿下のお墨付きだからってさ」
「王女殿下はソレーヌ様も不幸にする気ですね?」

 わたしが尋ねると、シード様は大きく息を吐いた後、額に置いていた手を今度は私の目の上に置く。

「眠るまでいてやるから、今は黙って寝ろ」
「で、ですが、気になることばかりで」
「ソレーヌ嬢のことは明日にはわかるから気にすんな」

 シード様の手は日頃、剣を持たれているのか、タコができているし皮膚がゴツゴツしていて痛い。
 最初は興奮しているから、まったく眠れそうになかった。
 でも、硬くて温かな手に安心してしまったのか、気が付いたら眠ってしまっていて、目が覚めたのは夜中だった。

 寝返りを打って、一番に視界に入ったのは、ベッドの脇にあるランタンの光に照らされているシード様の姿だった。
 安楽椅子に座り、目だけ出した状態で毛布にくるまっている。

 わたしの枕元に四つ折りにされた白い紙が置かれていたので、シード様を起こさないように静かに開く。
 
 そこにはとても綺麗な字で『許可が下りた』と書かれていた。

 
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