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第1章 1度目の婚約破棄
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話を聞いた後は、主催者の方に挨拶をしてパーティー会場を出た。
そう遅くない時間だというのに馬車を待っている間の乗降場付近は、外灯の明かりが届いている場所以外は、ほぼ真っ暗だった。
『ソレーヌ嬢は連れ子なのです。しかも、セフィリア様との婚約が決まるまでは、屋敷内でも公認のカップルだったそうです』
先ほど、教えてもらった話を思い出せば思い出すほど、負の感情が押し寄せてくる。
デスタとのデートのために、何日も前から着て行く服やアクセサリー、髪型を考えた。
エルファたちには、デート当日のメイクも頑張ってもらった。
今日だってそうだ。
考えてみれば、今までに一度も褒められた記憶がない。
髪型もメイクも着ているドレスも、そのどれについても褒めてもらえるどころか、話題にもされなかった。
そういうことに鈍い人なのだと思おうとしていた。
でも、違う。
わたしは彼の中で一番ではない。
だから、彼はわたしを褒める必要もなかったんだわ。
「馬鹿馬鹿しい」
馬車がやって来るのを待ちながら、ぽつりと呟く。
デスタとソレーヌ様のことを兄妹だと信じて疑わなかった私も私だけど、お父様は絶対に知っているはずなのに、この事実を教えてくれなかった。
二人の関係性を知っていて、わたしにはわざと知らせないようにしていたんだわ。
きっと、社交界にも手を回していたのね。
わたしが嫁に行った後に、ソレーヌ様は嫁に行くことなんてない。
きっと、一緒に暮らすことになり、わたしの目の前で仲良くするつもりなんでしょう。
「もう、こんな辛い思いをするのは嫌」
家族になっても、わたしはデスタの一番にはなれない。
馬車の乗降場はパーティー会場の出入り口から、そう遠くない。
近くには騎士の姿も見える。
だから、泣くわけにはいかなかった。
「あの」
涙をこらえていると、赤や黄、ピンクなどの色とりどりのフリルのついたドレスを着た女性が話しかけてきた。
ソレーヌ様の取り巻きの一人、ルッワ・トリマ伯爵令嬢だった。
頬にそばかすがあって、とても可愛いらしい顔立ちをしている。
けれど、外見とは違い、彼女の性格は最悪だった。
「セフィリア様、お会いできて嬉しいですわ。学園を卒業以来ですわね」
馴れ馴れしく話しかけてくる彼女に苛立ちを覚えた。
どうせ言われることはわかっている。
「ええ。お久しぶりですわね。お元気そうで良かったわ」
「こんなところでどうなさいましたの?」
「もう帰るところなのです。わたしのことは気になさらずにパーティー会場にお戻りになって?」
長話をするつもりはないと、はっきりと意思を伝えたつもりだった。
いや、良識のある令嬢なら、これで引くはずだった。
でも、トリマ伯爵令嬢は違った。
長い赤毛の髪を後ろにはらったあと、私に話しかけてくる。
「パートナーのデスタ様はどちらに?」
「あなたのお友達のソレーヌ様に呼ばれて帰っていったわ」
「まあ、それはお気の毒に!」
お気の毒と思っているようには感じられないような顔をして言った後に、トリマ伯爵令嬢はにたりと笑みを浮かべる。
「あのお二人はとても仲が良いですものね」
「そうね」
パカパカと馬の蹄の音が近づいてくるのがわかった。
音が聞こえてきた方向に目を向けると、ランタンを持った御者が私のほうを見て頭を下げた。
「トリマ伯爵令嬢、お話はここまでにさせていただくわ」
「お待ちください。セフィリア様。ソレーヌ様とデスタ様の本当の関係を教えて差し上げましょうか?」
「結構よ」
断ると、トリマ伯爵令嬢はきょとんとした顔で私を見る。
その間に、馬車が停まり、御者が急いで私の前に立って扉を開けてくれた。
すると、中に乗っているエルファが心配そうな顔でこちらを見つめているのがわかった。
「トリマ伯爵令嬢、ごきげんよう。あまり、パートナーを一人にさせてはいけないわ。婚約破棄でもされたら困るでしょう?」
「それは、あなたのほうですわ! 二人は! デスタ様とソレーヌ様は今も昔も愛し合っているんです! 身を引いてください!」
「言われなくてもわかっているわ」
笑顔で応えると、トリマ伯爵令嬢に背を向けて馬車に乗り込んだ。
「わかっているんですか!? わかっているなら、絶対に婚約破棄をしてあげてください!」
馬車の窓を開けて、トリマ伯爵令嬢に忠告しておく。
「トリマ伯爵令嬢、あなたがまだしつこく何か言うようでしたら、あなたの家に公爵家から連絡が行くでしょう」
「え、あ、それは……」
「それが嫌なら黙ってなさい」
トリマ伯爵令嬢が焦った表情になったのを確認してから、窓を閉める。
一人にしてほしかったから、エルファにはワガママを言って、一緒に来てくれていた他の侍女たちと一緒の馬車に乗ってもらうことにした。
本当に最悪な日だ。
デスタとソレーヌ様が本当の兄妹ではなかった。
そして、以前だけでなく、今も愛し合っていただなんて――
馬車が動き出して、すぐに大粒の涙が頬を濡らした。
忘れなくちゃ。
政略結婚だとはいえ、わたしはデスタたちにとって障害なのだ。
好きな人が幸せになることが幸せでしょう?
まだ涙が出てくる自分に苛立って、自分自身にそう問いかけた。
屋敷に帰ると、執事が眉尻を下げて出迎えてくれて、わたしにデスタからの手紙を手渡してくれた。
『今日も本当にごめんね。ソレーヌは元気だよ。心配しないで。次のデートはいつにしようか? また、都合の良い』
そこまで読んでから、わたしは後ろに控えていたエルファに手紙を渡す。
「燃やして」
「はい?」
「手紙を読みたくないから燃やしてほしいの」
「承知しました!」
エルファは大きく頷くと、屋敷の奥に走っていく。
とにかく、お父様にもう一度相談しましょう。
そして、どうしても許してもらえない場合は、わたしはこの家を出ていく。
デスタのことは本当に好きだ。
彼のために婚約破棄をしましょう。
だって、彼は伯爵家の息子。
公爵家に婚約破棄、もしくは解消を言い出すなんて、立場上できないんわよね。
いくら好きでも、わたしには公爵令嬢というプライドもある。
デスタやソレーヌ様にとっての都合の良い女には絶対にならない。
唇を噛み締めて、心の中で誓った時だった。
「おい、セフィリア! こんな時間に帰ってくるだなんて、どういうことなんだ! 今日はロイアン家の令息と結婚の話をして来いと言っただろう! まさか、また帰られたとか言うんじゃないだろうな!」
「その通りですわ。それよりもお父様、確認させていただきたいことがあります」
「……何だと言うんだ」
「デスタとソレーヌ様は血の繋がった兄妹ではないということを知っておられましたね?」
質問に対して、お父様は眉間の皺をより深くさせて私を見つめた。
そう遅くない時間だというのに馬車を待っている間の乗降場付近は、外灯の明かりが届いている場所以外は、ほぼ真っ暗だった。
『ソレーヌ嬢は連れ子なのです。しかも、セフィリア様との婚約が決まるまでは、屋敷内でも公認のカップルだったそうです』
先ほど、教えてもらった話を思い出せば思い出すほど、負の感情が押し寄せてくる。
デスタとのデートのために、何日も前から着て行く服やアクセサリー、髪型を考えた。
エルファたちには、デート当日のメイクも頑張ってもらった。
今日だってそうだ。
考えてみれば、今までに一度も褒められた記憶がない。
髪型もメイクも着ているドレスも、そのどれについても褒めてもらえるどころか、話題にもされなかった。
そういうことに鈍い人なのだと思おうとしていた。
でも、違う。
わたしは彼の中で一番ではない。
だから、彼はわたしを褒める必要もなかったんだわ。
「馬鹿馬鹿しい」
馬車がやって来るのを待ちながら、ぽつりと呟く。
デスタとソレーヌ様のことを兄妹だと信じて疑わなかった私も私だけど、お父様は絶対に知っているはずなのに、この事実を教えてくれなかった。
二人の関係性を知っていて、わたしにはわざと知らせないようにしていたんだわ。
きっと、社交界にも手を回していたのね。
わたしが嫁に行った後に、ソレーヌ様は嫁に行くことなんてない。
きっと、一緒に暮らすことになり、わたしの目の前で仲良くするつもりなんでしょう。
「もう、こんな辛い思いをするのは嫌」
家族になっても、わたしはデスタの一番にはなれない。
馬車の乗降場はパーティー会場の出入り口から、そう遠くない。
近くには騎士の姿も見える。
だから、泣くわけにはいかなかった。
「あの」
涙をこらえていると、赤や黄、ピンクなどの色とりどりのフリルのついたドレスを着た女性が話しかけてきた。
ソレーヌ様の取り巻きの一人、ルッワ・トリマ伯爵令嬢だった。
頬にそばかすがあって、とても可愛いらしい顔立ちをしている。
けれど、外見とは違い、彼女の性格は最悪だった。
「セフィリア様、お会いできて嬉しいですわ。学園を卒業以来ですわね」
馴れ馴れしく話しかけてくる彼女に苛立ちを覚えた。
どうせ言われることはわかっている。
「ええ。お久しぶりですわね。お元気そうで良かったわ」
「こんなところでどうなさいましたの?」
「もう帰るところなのです。わたしのことは気になさらずにパーティー会場にお戻りになって?」
長話をするつもりはないと、はっきりと意思を伝えたつもりだった。
いや、良識のある令嬢なら、これで引くはずだった。
でも、トリマ伯爵令嬢は違った。
長い赤毛の髪を後ろにはらったあと、私に話しかけてくる。
「パートナーのデスタ様はどちらに?」
「あなたのお友達のソレーヌ様に呼ばれて帰っていったわ」
「まあ、それはお気の毒に!」
お気の毒と思っているようには感じられないような顔をして言った後に、トリマ伯爵令嬢はにたりと笑みを浮かべる。
「あのお二人はとても仲が良いですものね」
「そうね」
パカパカと馬の蹄の音が近づいてくるのがわかった。
音が聞こえてきた方向に目を向けると、ランタンを持った御者が私のほうを見て頭を下げた。
「トリマ伯爵令嬢、お話はここまでにさせていただくわ」
「お待ちください。セフィリア様。ソレーヌ様とデスタ様の本当の関係を教えて差し上げましょうか?」
「結構よ」
断ると、トリマ伯爵令嬢はきょとんとした顔で私を見る。
その間に、馬車が停まり、御者が急いで私の前に立って扉を開けてくれた。
すると、中に乗っているエルファが心配そうな顔でこちらを見つめているのがわかった。
「トリマ伯爵令嬢、ごきげんよう。あまり、パートナーを一人にさせてはいけないわ。婚約破棄でもされたら困るでしょう?」
「それは、あなたのほうですわ! 二人は! デスタ様とソレーヌ様は今も昔も愛し合っているんです! 身を引いてください!」
「言われなくてもわかっているわ」
笑顔で応えると、トリマ伯爵令嬢に背を向けて馬車に乗り込んだ。
「わかっているんですか!? わかっているなら、絶対に婚約破棄をしてあげてください!」
馬車の窓を開けて、トリマ伯爵令嬢に忠告しておく。
「トリマ伯爵令嬢、あなたがまだしつこく何か言うようでしたら、あなたの家に公爵家から連絡が行くでしょう」
「え、あ、それは……」
「それが嫌なら黙ってなさい」
トリマ伯爵令嬢が焦った表情になったのを確認してから、窓を閉める。
一人にしてほしかったから、エルファにはワガママを言って、一緒に来てくれていた他の侍女たちと一緒の馬車に乗ってもらうことにした。
本当に最悪な日だ。
デスタとソレーヌ様が本当の兄妹ではなかった。
そして、以前だけでなく、今も愛し合っていただなんて――
馬車が動き出して、すぐに大粒の涙が頬を濡らした。
忘れなくちゃ。
政略結婚だとはいえ、わたしはデスタたちにとって障害なのだ。
好きな人が幸せになることが幸せでしょう?
まだ涙が出てくる自分に苛立って、自分自身にそう問いかけた。
屋敷に帰ると、執事が眉尻を下げて出迎えてくれて、わたしにデスタからの手紙を手渡してくれた。
『今日も本当にごめんね。ソレーヌは元気だよ。心配しないで。次のデートはいつにしようか? また、都合の良い』
そこまで読んでから、わたしは後ろに控えていたエルファに手紙を渡す。
「燃やして」
「はい?」
「手紙を読みたくないから燃やしてほしいの」
「承知しました!」
エルファは大きく頷くと、屋敷の奥に走っていく。
とにかく、お父様にもう一度相談しましょう。
そして、どうしても許してもらえない場合は、わたしはこの家を出ていく。
デスタのことは本当に好きだ。
彼のために婚約破棄をしましょう。
だって、彼は伯爵家の息子。
公爵家に婚約破棄、もしくは解消を言い出すなんて、立場上できないんわよね。
いくら好きでも、わたしには公爵令嬢というプライドもある。
デスタやソレーヌ様にとっての都合の良い女には絶対にならない。
唇を噛み締めて、心の中で誓った時だった。
「おい、セフィリア! こんな時間に帰ってくるだなんて、どういうことなんだ! 今日はロイアン家の令息と結婚の話をして来いと言っただろう! まさか、また帰られたとか言うんじゃないだろうな!」
「その通りですわ。それよりもお父様、確認させていただきたいことがあります」
「……何だと言うんだ」
「デスタとソレーヌ様は血の繋がった兄妹ではないということを知っておられましたね?」
質問に対して、お父様は眉間の皺をより深くさせて私を見つめた。
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