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第5章 シードの正体

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  戸惑っているわたしに気がついたのか、ランシード殿下はわたしの耳元に口を寄せる。

「よう、お姫様。本当に俺のことを忘れたんじゃねぇだろうな?」
「……シード様?」

 声を震わせて尋ねると、ランシード殿下はわたしから離れてにこやかに笑う。

「正確にはランシードだよ。酷いなあ。お姫様はもう僕の名前を忘れちゃったのかな?」
「わ、わたしは、お姫様ではありませんし、といいますか、その、べ、別人では?」
「何を言ってるんだよ。僕のお姫様は君だろ?」

 そう言って、身をかがめてわたしの耳元で囁いた声はシード様の声とそっくりだった。

 嘘でしょう!?
 偉い人だとは思っていたけど、まさか、テイルス王国の王太子だったなんて!
 いいえ、まだわからないわ。
 シード様が王太子殿下のふりをしている可能性だってなきにしもあらずでしょう。

 これだけ大勢の人が集まるパレードなんだもの。
 影武者がいたっておかしくないわ。
 
 だって別人すぎるもの!
 見た目だって、キラキラしていて、やさぐれている様子なんて一切ない。

「おい。本人だからな?」

 ランシード様はシード様の声のままで言うと、前髪を軽く上げて、いつもの悪い笑みを見せた。

「……シード様本人ということですよね?」
「違うよ。王太子本人だって言ってるだろ」

 またわたしから少し体を離すと、シード様はランシード殿下の顔に戻った。
 それと同時に、言葉遣いや声色までも変わる。
 二重人格というわけではなさそうだけど、どちらが演技なのかわからない。

「ランシード! 何をグズグズしているの! 迷惑がかかるし危険なんだから、彼女を連れて早く馬車に乗りなさい!」

 パレードを中断させてしまっているからか、前の馬車に乗っていた王妃陛下がランシード様にとんでもないことを言った。

 わたしを連れて馬車に乗れですって?

 ないわ。
 絶対にありえない。

「わ、わたしはここで失礼します」
「駄目だよ。逃さないって言ったよね?」
「きゃあっ!」

 ランシード様は問答無用でわたしを抱えあげると、待たせている馬車に向かって歩き出す。
 わたしたちの近くにランシード殿下が近くにいるので、許しがあるまで頭を上げることができない。
 だけど、すでにランシード殿下たちが前を通り過ぎてしまった場所の人たちは顔を上げていた。
 だから、遠くのほうから歓声が上がった。

「信じられません! 人攫いじゃないですか!」
「人攫いだなんて失礼だなあ。じゃあ、こうしよう。君のお父上に許可を取るね」

 にっこりとランシード様は微笑むと、先程までわたしの隣に立っていたお父様に向かって声を掛ける。

「エルテ公爵! 頭を上げてくれ。お願いしたいことがある」
「……なんでございましょうか、ランシード殿下」

 お父様はゆっくりと顔を上げた。
 その顔には笑みが浮かんでいる。

 こうなるとわかっていたのね!

「エルテ公爵。私はセフィリア嬢に恋に落ちてしまいました。急な申し出になりますが、セフィリア嬢を私にいただけないでしょうか」
「もちろんでございます」

 ランシード殿下はわたしを抱え上げたまま、お父様にお願いし、お父様はわたしに確認することもなく即答した。

「お父様! どうしてわたしに確認も取らずに勝手に返事をするんですか!」
「どうせ断れないだろう」

 お父様はまるで、自分は悪くないといった顔で言い放った。

 これに関しては、わたしがシード様と約束したから、お父様は悪くない。
 悪くないのかもしれないけれど、普通は娘に確認を取るものでしょう?

 ランシード様は軽やかな声でわたしに向けて話しかけてくる。

「さあ行こうか。僕の愛しのお姫様」
「ふざけないでくださいませ」
「この何日間か、君のことを思って眠れない夜を過ごしていた僕に、えらく冷たいことを言うんだね?」
「元々、あまり寝ないって言っておられましたわよ!」
「うるせぇな。黙らねぇと、その口、俺の口で塞ぐぞ」
「どっちが本性なんですか!」

 嫌だわ。
 心臓の鼓動がいつもよりも速い。

 覚悟を決めたつもりだったのに、思った以上に動揺してしまっている。

「とにかく、馬車の中で話をしようね」

 ランシード様はわたしを馬車の中に連れ込んで座席に座らせた。
 それを確認した御者が扉を閉めて、ゆっくりと馬車が動き出す。

 隣に座ったランシード殿下は手に持っていた花冠をわたしの頭にのせた。

「似合ってるよ」
「あの、ランシード殿下、この花冠、どんな意味があるのでしょうか?」
「テイルスの王家が妻にする人に渡すものだけど? 嬉しい?」
「はい!?」
「おお。良い返事だね。僕も嬉しいよ」
「はいって言ったんじゃありません! 聞き返したのです!」
「じゃあ、もう一度聞くよ。嬉しい?」

 シード様の時には考えられないくらいの爽やかな笑顔だ。
 
「嬉しいというよりかは驚きです」

 軽く睨んで答えると、ランシード殿下は優しく微笑んだ。

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