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第2章 新たな婚約者

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「ラソウエ公爵、あなたの婚約者はわたしではありません」

 困惑しながら言うと、ロビースト様は眉の上で切りそろえられた金色のサラサラの前髪を揺らして微笑む。

「わたくしの婚約者はフィーナ嬢だと言いたいのでしょう? 気持ちはわかりますよ。驚きですよねぇ? でも、これはフィーナ嬢がわたくしと約束したことなのです」
「うわああああっ!」

 わたしにとっては訳のわからない話だけど、お姉様には理解できるらしい。
 お姉様は大声を上げて泣きながら、頭を抱えた。

 お姉様に説明を求めても、話してもらえそうにないわね。

 そう感じたわたしは、ロビースト様に尋ねる。

「わたしは何も聞いておりません。姉と、どんな約束をしたのですか?」
「詳しい話はあなたのお姉様から聞いてください。わたくしの口から言うのはちょっとねぇ?」

 ロビースト様は泣き喚いている、お姉様を見下ろして笑った。

「お姉様、落ち着いてください。大丈夫ですか?」
「うるさい! ほうっておいてよ!」

 お姉様は、しゃがみ込んだわたしの体を突き飛ばした。
 後ろに手を付いて、体を支えて体勢を直した後に立ち上がる。

 興奮状態だから、何を言っても無駄ね。
 こういうところは、お父様と似ているわ。

「どういうことか、さっぱりわからないが良かったじゃないか、セフィリア。新しい婚約者が見つかったな」

 お父様もお姉様から何も聞かされていないようだった。
 でも、お父様にとっては悪い話ではないので、手を叩いて喜んだ。

「何が良いのかわかりません!」

 お父様に叫ぶわたしなど無視して、ロビースト様は言う。

「ありがとうございます。わたくしは前々から、セフィリア嬢との結婚を望んでいたのですよ」
「そうだったのか。それはめでたいな」
「めでたくなんかありません! お父様! わたしはラソウエ公爵との結婚は望んでいません! ラソウエ公爵はお姉様の」
「わたくしが望んでいるのですよ」

 わたしの言葉の途中でロビースト様が割って入ってきた。

 わたしが振り向いて睨みつけると、ロビースト様はにやりと笑う。

「フィーナ嬢には婚約当初から痩せるようにお願いしておりました。わたくしは、太った女性が苦手でしてね。これに関しては好みの問題です。太っている人を否定しているわけではなく、妻にするなら痩せている人が良いというわけです」

 お姉様にお父様が痩せろと冷たく当たっていたのはこのせいだったの? 

 もし、そうだったとしたなら、もっと言い方があったんじゃないの?

「二年経っても痩せる様子はない。ですから、婚約の解消を申し出たのです。それなのに、痩せるから待ってくれと言うのです。それから100日経ちましたが、痩せる様子はまったく見えませんねぇ?」
「どうして、太ったわたしのことを愛してくれないんですか!」

 お姉様が顔から手を離して叫んだ。
 すると、ラソウエ公爵は鼻で笑う。

「言ったでしょう? 人には好みがあると。胸の大きい人が好きな人もいれば、小さい人が好きな人もいるんです。それと同じで、わたくしは痩せている女性が好きなのです」
「性格を愛してくれれば、外見は気にならないはずです!」
「では、あなたは人の好みを否定すると言うのですか?」
「だって、私とあなたは政略結婚のようなもので!」
「……そうですよ? だからじゃないですか! あなたがわたくしの言うことを聞いてくれないのであれば、痩せている妹を婚約者にしても変わらないのですよ!」
 
 ヒヒヒヒと嫌な笑い声を上げて、ラソウエ公爵はお姉様を見た。

「待って! もう少し、もう少しだけ、時間をください! 痩せます! 痩せますから!」

 お姉様はラソウエ公爵の足にしがみついて叫んだ。

 こんな男のどこが良いの?

 お父様のほうを見ると、興ざめだと言わんばかりの顔をしていた。
 文句を言わないのは、相手が公爵という同じ立場だからなのね。
 自分の娘がこんな風に言われているのに、何も言わないだなんて!

 お父様に腹を立てていると、ロビースト様がお姉様を振り払って叫ぶ。

「ふざけないでください! 先日にあなたが言ったのです。今日までに痩せることができなければ、わたくしのことを諦めると」
「言いました! でも、私は痩せたんです!」
「はあ? それでですか?」

 聞いていられなくなって、今度はわたしが割って入る。

「お姉様と約束したようですが、わたしは何も関係ないでしょう!」
「そ、そうです! セフィリアは僕の婚約者なんです!」

 デスタが涙で顔をグシャグシャにしながら叫んだ。

「いいえ! わたしはデスタ様の婚約者でも、ラソウエ公爵の婚約者でもありません!」

 否定すると、ラソウエ公爵は振り払われてもまた、縋り付いていたお姉様の頭を掴んで引き剥がし、お父様に顔を向けた。

「エルテ公爵、婚約者の変更を認めていただけますね?」
「もちろんだ」

 尋ねられたお父様は、迷うことなく、嘲るような笑みを浮かべて頷いた。

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