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第1章 1度目の婚約破棄

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 わたしは、つい最近学園を卒業したばかりで、普段は家の仕事を手伝っている。

 わたしの住んでいる国、オフト王国の結婚の適齢期は20歳前後だと言われている。
 そのため、わたしもそれまでに結婚すると考えられていて、本格的に働くことはできなかったからだ。

 オフト王国は結婚後は、女性は家で夫の帰りを待つことが当たり前の国であり、女性の社会進出は好まれていない。

 とても小さな国で、六カ国の大国と隣接しており、大国に囲まれた形になっている。
 中立国であり自然の多いこの国は、他国からの観光業で潤っていた。

 わたしの父である、フェルテ公爵はデスタの家が経営しているロイアン伯爵家の高級宿に目を付けて、出資すると同時に、わたしとデスタの婚約を決めた。

 それは、今から5年前のことだ。
 デスタの妹であるソレーヌ様とは何度か同じクラスになったことはあった。

 でも、性格がまったく違うため、そう大して話をしたこともなかった。

 デスタとの婚約が決まってからは、ソレーヌ様はわたしに絡み始めた。

 兄が奪われるような気がして嫌だったのだと思う。

 わざとだとは言い切れない嫌がらせをされ続けた。

 食堂では躓いたふりをして食べ物をかけてきたり、机の上にゴミが置かれていることは何度もあった。

 そして、その度にわざとではないと泣いて謝る。

 男子はそんなソレーヌ様を見て「許してあげてほしい」とお願いしてきた。

 お父様に話をしても「くだらない嫌がらせは気にするな」と一蹴されるだけだった。

 学園生活時代、金色のストレートの髪を背中におろしていたソレーヌ様は、天使のように可愛らしい見た目だった。
 透き通るような白い肌に、少し垂れ目気味の大きな目。
 空の青のような美しい青い瞳に、艶々したピンク色の唇はどことなく妖艶。
 痩せ型で小柄なのに胸も大きくてスタイルが良い彼女は、何人もの男性を虜にした。

 ダークブラウンの髪に同じ色の瞳を持つ、地味な見た目のわたしは、学生時代はパーティーやデート以外では飾りをつけずにシニヨンにしていただけだった。

 だからか、実年齢よりも年を取っているように思われることが多かった。

 目はぱっちりしているのに、表情が暗いせいで、まったく可愛さがなかった。

 こんなわたしが美形のデスタと婚約できたのは、お父様のおかげだと感謝していたし、最近は綺麗になる努力もしていた。

 でも、最近のわたしは素直に感謝できなくなっていた。

「デスタとは婚約を解消したほうが良いのかしら」

 屋敷に戻る馬車の中でエルファに尋ねる。
 エルファはわたしよりも年上なのに、子供みたいに小柄で可愛らしい顔を歪めて答えてくれる。

「セフィリア様のことを考えますと、解消したほうがよろしいかと思いますが、当主様が許してくださるでしょうか?」
「よっぽどの理由がない限り駄目でしょうね」

 お父様はデスタの家が経営している高級宿屋の経営権を握りたい。
 そして、デスタの家は公爵家との深い繋がりを持ちたがっている。

 ロイアン伯爵はお父様が乗っ取りを考えているだなんて考えていないみたい。
 お父様だって、そんな風に思わせるような素振りは見せていない。
 でも、お父様の性格を知っているわたしには、経営権が目的なのだと言われなくてもわかっていた。
 デスタと結婚したわたしを上手く使って乗っ取るつもりなんでしょう。

 今までは、わたしがデスタを守るのだと思っていた。
 でも、それは違うことのようにも思えてきた。

「でも、今日の話はしておいたほうが良いかもしれません」

 エルファの隣りに座っていた、もう一人の侍女が言った。
 彼女は普段はわたしのお姉様の専属侍女なのだけど、お姉様にわたしを見守るように頼まれたということで付いてきていた。

「そうね。怒られそうな気はするけど、一応、話しておくわ」

 色んな意味で重い気持ちでわたしが応えた時、屋敷に着いたのか馬車が停車した。

 

*****



「お父様にお話したいことがあります。後ほど、少しだけお時間をいただけないでしょうか」

 夕食時、家族全員が集まっているダイニングルームで、扉から一番離れた奥の席に座っている、お父様に頭を下げた。

「なんだ、また、ロイアン家の息子のことか?」
「はい」
「それなら話すことはない。上手くやれ、それだけだ」
「ですが、お父様!」
「今度、ロイアン家の息子と他の伯爵家の夜会に出るのだろう? そこで結婚の話をしろ。結婚してしまえば、小賢しい妹も大人しくなるだろう」

 お父様はそう言うと、話は終わりだと言わんばかりに食事を始めてしまった。

 こうなると、何を言っても無駄だった。

「可哀想なセフィリア」

 隣りに座っていた、私より二歳年上のお姉様が抱きしめてくれて、五歳下の弟は向かい側の席から、眉尻を下げて私を見つめていた。

「ありがとう。大丈夫よ。上手くやってみせるわ」

 こちらから、婚約の解消はできそうにない。
 お父様が背中を押してくれるならまだしも、わたしはまだ、彼のことが好きなんだもの。
 自分から言えるはずがない。

 結婚はもう少し遅くしたかった。
 できれば、ソレーヌ様が結婚してからが良かった。

 でも、そんな時間はないみたい。
 覚悟を決めた数日後、わたしはデスタと夜会に出席した。

 そして、いつもの言葉を聞くことになる。

「すまない、セフィリア。ソレーヌが寂しいって泣いているみたいなんだ」
「待って。早くに帰るのは仕方ないけれど、せめて主催の方に挨拶をしてからでないと駄目よ」

 パーティーは始まったばかりで、主催者の方に挨拶しなければならないと話をしていた矢先の出来事だった。

 それなのに、デスタは言う。

「君が挨拶をしてくれたら良いと思う。君は公爵令嬢で僕はおまけみたいなもんだからさ」

 デスタは悪気のない様子で微笑むと、わたしの頬に口づける。

「次は、こんな真似はしないよ。ソレーヌにもちゃんと言い聞かせるから。大好きだよ、セフィリア」
「待って!」
 
 呼び止めて、必死に手を伸ばした。
 でも、彼の手は掴めないし、わたしの声に振り返りもしなかった。

 走ってパーティー会場を出ていく彼の背中を呆然と見送っていると、後ろから声をかけられた。

「セフィリア様! 大変恐縮ですが、少し、お時間いただけないでしょうか」

 話しかけてきたのは学園時代のクラスメイトの一人だった。
 エメラルドグリーンのドレスを着た、ソレーヌ様とは別派閥だった令嬢に微笑みかける。

「久しぶりね。かまわないけれど、どうかしたの?」
「挨拶もせずに失礼いたしました。お久しぶりでございます」

 令嬢はカーテシーをした後に話を続ける。

「あの、ソレーヌ嬢の取り巻きから話を聞くよりも先にお耳に入れておいたほうが良いかと思い、余計なお世話かとは思いますが、セフィリア様にお声がけさせていただきました」
「……どんな話かしら?」
「早速、本題に入らせていただきますが、デスタ様とソレーヌ嬢は兄妹と言われていますが、ソレーヌ嬢は連れ子なのです。二人に血の繋がりはありません」

 初めて耳にした情報に、驚きで声を発することもできなかった。
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