上 下
44 / 56

32 食い下がる元妹

しおりを挟む
「何が駄目かと聞かれてもな。逆に良いところがあるんなら教えてくれ」

 フェリックスは組んでいた足を解き、胸の前で腕を組んで尋ねた。

「わ、わたしには良いところがたくさんあります。それを知らないだけなんです! フェリックス様がシェリルさんを好きになったのだって、先に会ったからだと思うんです。だから、わたしをちゃんと知っていただきたくて」
「おい。俺を何だと思ってんだ。最初に会った人を好きになるみたいな設定を勝手に作るな」

 フェリックスが眉根を寄せて言うと、ミシェルは慌てて首を横に振る。

「そういうわけではありません! でも、そうとしか思えなかったんです。シェリルさんとわたしなら、多くの人はわたしを選ぶと思うんです」

 ミシェルの訴えにフェリックスが何か答える前に、喧嘩を中断した元伯爵夫人が叫ぶ。

「そうです! ミシェルのほうがシェリルよりも可愛いはずです」
「そんなものは個人の好みだろ。あと、どうしても顔の話がしたいようだから言うが、顔も俺の好みじゃない」

 この会話に入っていくのもどうかと思うので黙って聞いていると、フェリックスが話しかけてくる。

「シェリル、もう、話は終わりでいいか?」
「私のほうは、あの話を伝えるだけで終わりよ。とにかく、何が駄目かどうかだけ教えてあげたら?」
「何が駄目って性格に良いとこないだろ。顔や体型なんて好きになったら関係ないし」
「私に言わないでよ。ミシェルさんに言って」

 私に言われたフェリックスは、ミシェルを見てこれ見よがしに大きな息を吐いて言う。

「さっきの質問に改めて答えるが、性格が悪い」
「せ、性格が悪いって、そんな! フェリックス様! お願いします! 直しますので駄目なところを具体的に言ってください! わたしのどこが性格が悪いと言うんですか」
「直すなんて無理だろ。大体、俺に言われねぇと直そうとしないってのもおかしいだろ。そういう考え方も駄目だ」

 それにしても、犯罪者という時点で駄目だということに、どうしてミシェルは気付けないのかしら。

 洋菓子店の箱の件は、ちょうどその数日前にサンニ子爵家が数箱買っているとフェリックスが調べてくれていた。
 そして、買ってきた洋菓子は全てメイドやミシェルたちが食べたと、デイクスから聞いている。
 洋菓子が入っていた箱は捨てたとされていたのだけど、実際はその箱の一つをミシェルが隠し持っていて、それを元伯爵に渡して料理人に作らせたピーナッツ入りのクッキーを詰めさせた。
 料理人は元伯爵が食べるものだと思いこんでいたので、何の疑いもなく、クッキーを手渡していた。
 元伯爵は料理人に口止めしていたけれど、シド公爵家の調査が入ったことで、怖くなった料理人が話をしてくれた。
 
 だから、ミシェルたちに協力してほしいだなんて言ったけれど、クッキーを箱に詰めて送りつけたのは元伯爵で、クッキーの中身の指示をしたのはミシェルだということはわかっている。

 だから、あと気になることといえば、夫人がどれだけ関与していたか、元伯爵夫妻が自分の孫を本当に殺すつもりだったのかということだ。
 でも、今、それを確認する必要はない。
 どうせ、彼らは警察に捕まるのだから、その時に話をするでしょう。

 そんなことを考えている間も、ミシェルとフェリックスの話は続いている。

「直すきっかけがほしいんです!」
「人に言われても、あーだこーだと言い返してくるだけだろ。事実と違うことに言い返すのは良いと思うが、お前の場合はそうじゃないから、アドバイスしてやる気にもならない。本当は直す気なんてないんだろ?」
「フェリックス様、あなたは自分が何を仰っているのかわかっておられるのですか!?」

 ミシェルは目に涙を浮かべ、悔しそうな顔をして叫んだ。

「わかってるよ。で、お前は俺とどうこうなりたいみたいだが無理だ。悪いが、お前は俺の好みとは真逆だ。酷い発言をするとわかっているが、はっきり言わせてもらうと、俺好みにしたいんなら、ミシェルという人格を消すしかないな」
「そ、そんな、わたしの性格全てが駄目だって言うんですか!」
「人間には合う合わないってやつがあるんだよ。お前の場合は多くの人間が合わないと言いそうな珍しいタイプだ。それから伝えておくが、どうにかして直されても意味がない。俺には婚約者がいるんでな」
「……婚約者?」

 ミシェルが震える声で聞き返す。
 私も初耳だったので驚いてフェリックスを見ると、彼は口元に笑みを浮かべて私を見つめ返してきた。

「知らなかったわ。フェリックス、あなた、婚約者がいるんなら、こんな所にいたら駄目じゃないの」

 私が驚いているので、婚約者が私ではないと知ったミシェルは明るい表情になって言う。

「で、では、フェリックス様はシェリルさんのことを諦めたんですね!」
「そんなわけないだろ」

 フェリックスは大きな息を吐いたあと、話しを続ける。

「俺の婚約者はシェリルだ。正式にシド公爵家からも許可をもらってる。あ、シェリルが承諾すればという条件付きだけどな」
「はい!? ちょっとフェリックス、あなた、何を考えてるのよ!?」
「何を考えてるって、前から言ってただろ。大体、俺は5年前にもシェリルとの婚約を望んでたんだ」

 困惑する私の背中をなだめるように撫でてから、フェリックスはミシェルに向き直る。

「俺はシェリル以外の女性と結婚するつもりはない。俺の妻になりたいみたいだが諦めてくれ。ミシェルには男を探せよ」
「そんな!」
 
 ミシェルがポロポロと涙を流し、両手で顔を覆って泣き始めた。

 フェリックスがミシェルが人妻だから駄目だと言わなかったのは、デイクスがすでに離婚届を役所に提出しているからと、既婚者だから駄目だなんて言ったら、ミシェルが調子に乗る恐れがある。

 それにしても、私の知らないところで、婚約の話がされていたなんて! 

 少し悩んでから答えたかったけれど、そうすればミシェルに一時でも希望を与えてしまう。
 それは腹立たしいから、答えはイエスしかない。

 そして、それをわかっていてこの場で言うフェリックスはずるい。

 軽くフェリックスを睨んでから、私はミシェルに言った。

「ミシェルさん、私はフェリックスと婚約します。あなたはどうしても私に負けたくないようだけど、フェリックスのことは諦めて」
「嫌よ! 私がシェリルさんに負けるわけない! 平民なんかに負けるもんですか!」

 ミシェルは両手を顔から離して叫んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます

柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。 社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。 ※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。 ※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意! ※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る

星名柚花
恋愛
魔法が使えない伯爵令嬢セレスティアには美しい双子の妹・イノーラがいる。 国一番の魔力を持つイノーラは我儘な暴君で、セレスティアから婚約者まで奪った。 「もう無理、もう耐えられない!!」 イノーラの結婚式に無理やり参列させられたセレスティアは逃亡を決意。 「セラ」という偽名を使い、遠く離れたロドリー王国で侍女として働き始めた。 そこでセラには唯一無二のとんでもない魔法が使えることが判明する。 猫になる魔法をかけられた女性不信のユリウス。 表情筋が死んでいるユリウスの弟ノエル。 溺愛してくる魔法使いのリュオン。 彼らと共に暮らしながら、幸せに満ちたセラの新しい日々が始まる―― ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...