上 下
21 / 56

16.5 悪あがきする妹(ミシェル視点)

しおりを挟む
 居心地が悪くなったわたしは、サンニ子爵のところへ向かった。

 わたしの所に連絡があったのだから、当然、義父の所にも連絡はいっていて、執務室で頭を抱えていた。

「お義父様、デイクス様のお話は聞きましたわ。あまりにも酷いお話だと思います」
「わかっている。悪いが、今は息子のことで忙しいんだ。お前の愚痴を聞いている暇はない」
「愚痴は聞いていただかなくて結構ですわ。実家に帰らせていただきます。何も言わずに離婚に応じていただけるのであれば、デイクス様は普段はとても良い人であり、今回の件は何かの気の迷いだったと証言いたしましょう」
「そんなことを言うくせに離婚をすると言うのか!? 世間がそれを信じるとでも?」
「では、そういう人ですから、どうぞ裁いてくださいと言えばよろしいでしょうか」

 義父母はデイクスのことをとても可愛がっている。
 デイクスは大人しい性格でどちらかというといじめられっこタイプだから、余計に過保護になってしまっているところがある。
 そんな人だから、息子のためなら条件を呑む。
 そう確信していた。
 そして、案の定、義父は条件を呑んだ。

 上手くいって笑みがこぼれそうになるのを何とか我慢して自室に戻る。
 すると、荷造りが終わったと報告があった。
 もう二度と戻ることのないであろう邸に別れを告げて、わたしは実家に戻ることにしたのだった。




*****



 実家に帰った次の日の朝のことだった。
 起きたばかりのわたしの元へ、お兄様がやって来た。
 お兄様は部屋に入ってくるなり、こう言った。

「家に帰れ」
「何を言っているのよ、お兄様。わたしはデイクスと離婚するつもりなの。だから、わたしの家はここよ」
「ふざけるな。お前は嫁に行った人間だし、まだ離婚していないだろう。昨日の話を詳しく聞いたが、シェリルは示談にすると言っているらしいぞ」
「なんですって!?」
「それから、夫はお前と別れる気はないと言っている」
「そんな! 悪いことをしたのはデイクスですよ! だから、わたしからの離婚の申し出は認められるはずです!」

 訴えると、お兄様は厳しい目をわたしに向けてくる。

「それは一方だけが悪い場合だろ」
「どういうことですか」
「お前、シェリルの夫と浮気してるんだろう」
「う、う、浮気なんてしていません!」

 平静を装いたかったけれど、声がうわずってしまった。
 
 こんなことになると思って、お姉様が嘘の噂を流すかもしれないという話を社交界には流しておいたから、きっと大丈夫。
 そう思っていたけれど、胸の前で腕を組んだお兄様は、わたしを見下ろして鼻で笑う。

「エイト公爵家の関係者がお前とリグマ伯爵の密会シーンを目撃したという話が社交界で噂になっているらしい。お前とエイト公爵家の関係者の話なら、社交界の人間はどちらを信じると思うんだ?」
「お兄様、わたしは浮気なんか!」
「うるさい。お前が浮気してようがしてまいが関係ない。ここは僕の家だ。マイナス要因にしかならないお前には出ていってもらう」
「酷すぎるわ! お兄様は知らないふりをするのね!」

 部屋の扉の前で立っていたお兄様を押しのけて、わたしは寝間着のまま、寝室にいるであろう両親の元へ向かった。

 寝室に入る許可が下りると、わたしはすぐに中に入って二人に訴える。

「お父様、お母様! お兄様が出て行けと言うんです! わたしは悪くないのに!」
「シェリルのことで責められたのね? ミシェル、あなたは何も悪くないわ。シェリルとリグマ伯爵が悪いのよ。あの二人のせいであなたはリグマ伯爵と関係を持たなくちゃいけなくなったんだから。あなたは巻き込まれただけよ」
「そうですよね! 全部、ロン様とお姉様が悪いのですわよね」

 両親やお兄様たちにはパートナー交換の理由は、ロン様がお姉様を抱けないと言っているからと伝えている。
 これはまったくの嘘ではない。
 だって、本当に自信がないから、嫌われるのが怖いとかいう理由で抱けないのだから。
 子どもの交換のことは両親にはさすがに言っていないけど、リグマ伯爵家のためにテイクスがお姉様を抱くという話もしている。
 両親は、お姉様のせいで巻き込まれるわたしが可哀想だと言ってくれた。

 本当は、お姉様を悲しませたかっただけで、わたしが言い出したことなんだけど、両親はわたしがロン様から頼まれたと思っている。

 お姉様を悲しませて楽しもうと思っていた、あの時とは状況が違う。
 わたしの目的はフェリックス様を手に入れること。

 わたしが浮気していたなんてことは、絶対にバレてはいけない。

 ……って、ちょっと待って。
 さっきお兄様は、わたしとロン様が浮気をしているという噂を流しているというのは、エイト公爵家の関係者と言っていたわよね。

 じゃあ、フェリックス様もわたしとロン様のことを知っているということ?

 急に目の前が真っ暗になった気がして、わたしはその場に崩れ落ちる。

「どうしたの、ミシェル!」

 お母様がわたしの隣に膝をついて抱きしめてくれた。

「お母様、お父様、わたし、やっぱりフェリックス様が好きなんです! だから、どうしても彼と一緒になりたい! だけど、浮気していると思われているのかと思うと……!」
「ミシェル、フェリックス様なんだが、我々に話があるそうで、5日後にこちらにやって来られるそうだ」
「話がある?」

 尋ねると、お父様は笑顔で頷く。

「きっと、サンニ子爵令息のことやリアド伯爵との話だろう。その時にちゃんと誤解だということを話せばいい。シェリルが嘘を言っているのだとな」
 
 そうだわ。
 デイクスやロン様と口裏を合わせれば、フェリックス様もわたしが無実だと信じてくれるかもしれない。

 わたしは急いで、ロン様と話をすることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると……

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

女性治療師と距離が近いのは気のせいなんかじゃない

MOMO-tank
恋愛
薬師の腕を上げるために1年間留学していたアリソンは帰国後、次期辺境伯の婚約者ルークの元を訪ねた。 「アリソン!会いたかった!」 強く抱きしめ、とびっきりの笑顔で再会を喜ぶルーク。 でも、彼の側にはひとりの女性、治療師であるマリアが居た。  「毒矢でやられたのをマリアに救われたんだ」 回復魔法を受けると気分が悪くなるルークだが、マリアの魔法は平気だったらしい。 それに、普段は決して自分以外の女性と距離が近いことも笑いかけることも無かったのに、今の彼はどこかが違った。 気のせい? じゃないみたい。 ※設定はゆるいです。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...