上 下
2 / 56

2  夫からの提案

しおりを挟む
 義父母は頻繁にやって来て、私にだけ子供を急かすような発言をしてきた。

 私が正直に話をしても信じてもらえず、義母からは「そんな嘘をつくだなんて」とか「こんな女性だとは思わなかった」と言われた。

 気を遣ってくれた使用人たちが、本当のことを話してくれても、義父母はロン様の言うことしか信じなかった。

 ロン様に、こんな生活は続けていられないと訴えたけれど、彼は「聞き流せばいいよ」と笑うだけで、私の精神的な辛さを理解してくれるつもりはない。

 愛してくれているのなら、せめて本当のことを自分の口から話してほしい。

 そう訴えても無駄だった。

 あまりにも辛くて両親に相談したけれど、ロン様に相手にされていない私が悪いのだと言われた。
 私に魅力がないことが原因なので、もっと努力しろと言われてしまった。

 口留めをしたにもかかわらず、両親は自分たちと同居している兄嫁に、この話をした。
 二人目を妊娠中の兄嫁にも私に問題があるのだろうと言われてしまったし、兄からも馬鹿にされた。

 肉親に私の味方はいなかった。

 恥を偲んで友人に相談してみようかと思い始めた頃、妹夫婦が近くに来るので挨拶をしたいという連絡が来た。

 その時、嫌な予感がしたことは確かだった。
 妹とは昔から仲が良くなかったからだ。
 ロン様に妹夫婦の話をすると、昔から付き合いがあったこともあり、歓迎すると言っただけで嫌がる素振りもなかった。
 だから、姉として歓迎することに決めた。

「久しぶりね、お姉様」
「お久しぶりです、義姉さん」

 腰までの長さの金色の髪をハーフツインにしているミシェルは、青色の瞳を持つスレンダー体型の吊り目気味の美少女だ。
 その隣に座る彼女の夫、子爵令息であるデイクスはサラサラの肩まである黒い髪をおろした清潔感のある中肉中背の男性だ。

「あなたたちは元気にしていた?」
「もちろんよ」

 結婚式以来、会っていなかったミシェルは頷いたあと、私の横に座るロン様を見て微笑む。

「ロン様って、こんなに素敵な人だったかしら」
「何を言ってるんだよ。もし、以前よりも素敵に見えるというのなら、シェリルと結婚したからかな」

 ロン様はそう言って、私の肩を抱き寄せた。
 こんな風に触れることはできるのに、どうして夜の営みは無理なのだろうか。

 二人きりでもないのに、そんなことを思ってしまう自分が嫌になった。

「お姉様はそのわりに幸せそうには見えないけれど、本当に結婚生活は上手くいっているの?」

 ミシェルは私を心配して言っているかのように見せているけれど、口元が笑みをこらえて引きつっているのがわかった。
 
 今日、ミシェルがここに来たのは、私の不幸せな姿を確認するためみたいね。

 私がミシェルにここまで嫌われている理由はわかっている。
 ミシェルの好きな人が、私のことを好きだったから。

 でも、それはもう5年も前の話で、ミシェルだって結婚しているのだから、もう忘れているのだと思っていたけど違うみたいだ。

「あの、顔色が悪いですよ」

 デイクスが心配そうな顔をして、私に話しかけてきた。

「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
「……こう見ると、お姉様とデイクスはお似合いだわ」
 
 ミシェルは口元に笑みを浮かべて、デイクスに言う。

「わたしなんかと結婚するよりも、デイクスだってお姉様と結婚したほうが良かったんじゃない?」
「そんなわけないだろう」

 デイクスが焦った顔をして言うと、ロン様もミシェルに苦言を呈する。

「シェリルは僕の妻なんだ。変なことを言わないでくれよ」
「ごめんなさい。でも、ロン様とお姉様はまだ体の関係がないのでしょう?」
「どうして君がそんなことを知ってるんだ?」

 ロン様はミシェルにそう尋ねたあと、疑うような眼差しを私に向けてくる。

「私の口からは両親にしか話していません。口留めもいたしました」
「できていないじゃないか」
「申し訳ございません」

 私とロン様の険悪な様子を見て、ミシェルは失笑する。

「ごめんなさい。お母様が義理のお姉様と大声で話をしていたものだから聞いてしまったの。普通なら、そんな恥ずかしい話を自分から広めたりはしないわよ」
「……それなら良いんだが、その話は外にはしないでくれよ。僕らの夫婦仲が悪いと思われても困るんだ」
「わかってますわ。わたしだって、お姉様をこれ以上、みじめな気持ちにさせたくないですもの」

 ミシェルはわたしに笑顔を向けて続ける。

「家族だけの秘密の話にしましょうね」
「お願いするわ」

 私が頼むと、ミシェルは勝ち誇ったような笑みを浮かべて頷いた。

 そして、この日からロン様は仕事が忙しくなったと言って泊まりがけで出かけるようになった。

 浮気を疑わなかったわけではない。
 でも、証明できる何かがあったわけでもないから、最初は探りを入れるだけだった。

 それに、ロン様に外泊が頻繁になった理由を問いかけても、近い内に話すとはぐらかされていた。

 結婚して3ヶ月が経った頃、ミシェルがまたデイクスと一緒に訪ねてきた。

 その日はロン様も一緒にいて、あの時と同じように四人で話すことになった。

 笑顔のミシェルに対して、デイクスは気が重そうな顔をしていたので話しかける。

「デイクス、どうかしたの? 気分でも悪いの?」
「……あ、いえ」

 デイクスが曖昧な言葉を返して俯くと、ロン様が話し始める。

「シェリル、君に話したいことがあるんだ」
「……今ですか?」

 頭の中で警鐘が鳴った。
 ロン様から私への話なら、今、この場である必要はない。

「そうよ。お姉様」

 ロン様が何か言う前にミシェルは頷くと、笑顔で話しかけてくる。

「あのね、お姉様。私とロン様は相性が良いみたい」
「……は?」

 意味がわからなくて聞き返すと、ロン様が私の両肩を掴んで言う。

「シェリル、落ち着いて聞いてほしい。ミシェルたちも僕たちと同じ状況らしいんだ。だから、夜だけパートナーを交換しないか?」
「は?」
「これは君のためを思っての提案なんだよ」
「何を馬鹿なことを言っているんですか」

 私は迷うことなく、冷たく言い返した。
しおりを挟む
感想 145

あなたにおすすめの小説

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?

よどら文鳥
恋愛
 デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。  予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。 「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」 「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」  シェリルは何も事情を聞かされていなかった。 「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」  どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。 「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」 「はーい」  同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。  シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。  だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました

八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」 子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。 失意のどん底に突き落とされたソフィ。 しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに! 一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。 エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。 なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。 焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)

辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜

津ヶ谷
恋愛
 ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。 次期公爵との婚約も決まっていた。  しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。 次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。  そう、妹に婚約者を奪われたのである。  そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。 そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。  次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。  これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。

処理中です...