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2 兄からの手紙
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お兄様が戦地にいる間は家の仕事を私がやることになり、私は学園を中退することになった。それを聞いた、一つ年上のタオズクは自分も中退して、仕事を手伝おうと言ってきたけれど、丁重にお断りした。
浮気事件があってから、私は彼を全く信用していないのだ。それがわかっているのか、タオズクは不満そうに言う。
「まだ、ナターシャと二人で出かけていたことを怒ってるの? 誤解だって言ってるじゃないか」
「出かけていたことは誤解ではないわ。普通は婚約者以外の女性と二人で腕を組んで出かけたりしないの」
「どうしたら許してくれるんだよ! 浮気じゃないんだってば! 誤解しているのは君なんだから、怒りたいのはこっちのほうなんだけどな!」
タオズクはそう言って胸の前で腕を組むと、子どものように頬を膨らませた。
金色のふわふわの髪に青色の瞳を持つタオズクとは、私が8歳の頃からの付き合いだ。タオズクから猛アタックを受け、良い気分になってしまった私は、彼からの告白を受け入れた。そして、わがままを言って婚約させてもらったのだ。
その頃の私は、身分の差などの大人の事情というものを一切考えていなかった。だから、自分を好きだと行ってくれるタオズクと婚約できて本当に嬉しかった。今になってみれば、どうして、タオズクが私を好きになったのか疑問だし、子爵令息と辺境伯令嬢ではかなりの身分の差があることがわかる。両親は、私を伯爵家以上に嫁がせたかったみたいだし、本当に申し訳ないわ。
ナターシャとタオズクの話を他の友人にしてみると『ナターシャはソアの真似をしたがるから、婚約者も奪い取ろうとしていたのかもね。相手にしないのが一番よ』と言っていた。
報告書では二人で腕を組んで出かけているだけで、決定的な証拠を押さえられなかった。でも、私はタオズクとナターシャはまだ繋がっていると思っていた。そして、それが証明されるのは2年後のことになる。
*****
戦争は中々終わることはなく、現在は冷戦状態に近かった。その間に、私は結婚できる年になってしまい、婚約当時に私が18歳になれば結婚すると約束していたこともあり、タオズクと結婚することになってしまった。
ナターシャの影が未だにチラチラしていたので、お兄様に『結婚したくない』と連絡を入れたのだが『結婚前から愛人がいるのだと思って、大人しく結婚しろ』という返事が来ただけだった。
タオズクの両親にせがまれて式は挙げたけれど、誓いのキスの時は悪臭がするキャンディを口に含んでいたため、向こうから拒否してくれた。鼻を押さえたくなるくらいひどい臭いで自分にもダメージはあったものの、タオズクとキスするよりかはマシだった。
私は辺境伯家から出ることが難しかったため、別居生活を申し出たが、タオズクはエヴァンス家に住むと言い出した。タオズクの両親からも新婚夫婦が別居なんて良くないと言われ、現在はお兄様の許可を得て、タオズクを客室に住まわせている。お兄様が却下してくれるのを期待していたんだけど、一緒に住んだほうが仲良くなれると思い込んでいるみたいだった。
私がしている仕事はお兄様の仕事なので、タオズクにさせるわけにはいかない。彼も子爵令息として、自分の仕事があるだろうに、仕事をする様子は一切なく、客室でのんびりと過ごしていた。これは離婚理由になるのだろうかと考えていたある日のこと。
なんの先触れもなく私に来客があった。
「結婚おめでとう」
応接室に私が入ると、言葉の割にはどこか複雑そうな表情で、幼馴染であり、シレスファン王国の第二王子のリドリー殿下が言った。
「おめでたくはないのですが、ありがとうございます」
「浮気を認めて謝るならまだしも、ただ、会っていただけと嘘をつくような奴と、よく結婚したね」
お兄様と同い年のリドリー殿下とは長い付き合いで、気が置けない仲でもある。シルバーブロンドの短髪よりも少し長めの髪に、空色の瞳。長身痩躯で体つきは男性だが、顔だけ見ると美女と間違われてもおかしくない。
そんなリドリー殿下に私はお兄様への愚痴をぶつける。
「お兄様に言ってください! 婚約破棄や解消をしたりすると、嫁にもらってくれる人がいないからとか、一度くらいの浮気は許してやれって言うんですよ。それだけじゃなく、結婚前から愛人がいるのだと思えって!」
「えーと、今の夫の浮気って一度だけなんだっけ?」
「浮気はナターシャ一人だけですが、回数は一度だけではありません」
「じゃあ、一度じゃないよね」
「そうなんです! お兄様に言わせれば一人くらい良いだろうと。自分の奥様になる人にそんなことを言えるんですかね!」
「言えないだろうねぇ」
リドリー殿下は遠い目をして失笑した。
「ナターシャとタオズクの関係はまだ終わっていないようですし、お兄様が帰ってきたら、再度、話し合おうと思います」
「急ぎだったら伝えておくけど、何かあったの?」
「学園を中退してからはナターシャに会う機会もなくなると思ったんですけど、寂しいだろうから会いに来たって頻繁に押しかけてくるようになったんです。今までは門前払いをしてましたが、結婚してからはタオズクが勝手に屋敷にナターシャを入れているんです。しかも、使用人には私に内緒にしろと言ってます」
「文句を言ってみたらどうなの?」
「使用人が話したことがバレてしまうのは、良くないと思ったんです。で、さりげなく二人でいる場面に出くわそうと思ったら、私が出かけている時に限って、ナターシャが来ているようなんです! きっと、こちらの情報を流している使用人がいると思われるので、まずは、その人物を特定するために動いています。あとは、お兄様から離婚の許可が出たら、罠にかけてその場を押さえようと思ってます」
早口でまくし立てると、リドリー殿下は顎に手を当てて思案顔で言う。
「ソアが20歳になるまでは、ローファンが保護者だから、それまではローファンの許可がないと離婚できないってことか」
「そうなんです! 20歳まではお兄様の指示に従うようにというのが、両親の遺言なんです」
「ローファンに伝えておくよ。君はソアの幸せのために強制的に結婚させたけど、今のままじゃソアは不幸になるってね」
「ありがとうございます!」
この時の私は、そのうち、お兄様が様子を見に帰ってくるのだと思っていた。
******
それから約20日後、酷く疲れた様子のリドリー殿下が訪ねて来た。たまたま、エントランス近くにいたので、使用人と共に出迎えると、リドリー殿下は消え入りそうな声で言った。
「ローファンが死んだ」
「……え?」
「死因は改めて話す。それから、これ、自分が死んだ時にソアに渡してほしいって頼まれていたんだ」
リドリー殿下が差し出した手紙を震える手で受け取り、その場で手紙を読んだ。最初は、私への謝罪の言葉が書いてあった。
結婚を無理にさせてしまったことを後悔していること。でも、その時は、私の幸せに繋がるのだと思ったからであって、嫌がらせではないこと。
そして、この手紙を私が読んでいるということは、自分の口から伝えられなくなった時だという文章を読んだ時、私の目から大粒の涙がこぼれた。
爵位を私に譲ることなど、色々とお兄様らしく私への指示が書かれていたけれど、最後の一文は、こう書いてあった。
『色々と書いてはみたが、お前の好きなように生きろ』
「……これはっ……手紙じゃなく、お兄様の……口から聞きたかったですっ!」
手紙を顔に押し当て、泣き顔を隠すようにした。でも、止まることのない涙と嗚咽のせいで、まったく意味がなかった。すると、頭の上に優しく何かがかけられて顔を上げる。
リドリー殿下が上着を脱いで、私の泣き顔を隠すようにしてくれたのだとわかり、泣くのは今だけだと心に決めて、声を殺して泣いた。
浮気事件があってから、私は彼を全く信用していないのだ。それがわかっているのか、タオズクは不満そうに言う。
「まだ、ナターシャと二人で出かけていたことを怒ってるの? 誤解だって言ってるじゃないか」
「出かけていたことは誤解ではないわ。普通は婚約者以外の女性と二人で腕を組んで出かけたりしないの」
「どうしたら許してくれるんだよ! 浮気じゃないんだってば! 誤解しているのは君なんだから、怒りたいのはこっちのほうなんだけどな!」
タオズクはそう言って胸の前で腕を組むと、子どものように頬を膨らませた。
金色のふわふわの髪に青色の瞳を持つタオズクとは、私が8歳の頃からの付き合いだ。タオズクから猛アタックを受け、良い気分になってしまった私は、彼からの告白を受け入れた。そして、わがままを言って婚約させてもらったのだ。
その頃の私は、身分の差などの大人の事情というものを一切考えていなかった。だから、自分を好きだと行ってくれるタオズクと婚約できて本当に嬉しかった。今になってみれば、どうして、タオズクが私を好きになったのか疑問だし、子爵令息と辺境伯令嬢ではかなりの身分の差があることがわかる。両親は、私を伯爵家以上に嫁がせたかったみたいだし、本当に申し訳ないわ。
ナターシャとタオズクの話を他の友人にしてみると『ナターシャはソアの真似をしたがるから、婚約者も奪い取ろうとしていたのかもね。相手にしないのが一番よ』と言っていた。
報告書では二人で腕を組んで出かけているだけで、決定的な証拠を押さえられなかった。でも、私はタオズクとナターシャはまだ繋がっていると思っていた。そして、それが証明されるのは2年後のことになる。
*****
戦争は中々終わることはなく、現在は冷戦状態に近かった。その間に、私は結婚できる年になってしまい、婚約当時に私が18歳になれば結婚すると約束していたこともあり、タオズクと結婚することになってしまった。
ナターシャの影が未だにチラチラしていたので、お兄様に『結婚したくない』と連絡を入れたのだが『結婚前から愛人がいるのだと思って、大人しく結婚しろ』という返事が来ただけだった。
タオズクの両親にせがまれて式は挙げたけれど、誓いのキスの時は悪臭がするキャンディを口に含んでいたため、向こうから拒否してくれた。鼻を押さえたくなるくらいひどい臭いで自分にもダメージはあったものの、タオズクとキスするよりかはマシだった。
私は辺境伯家から出ることが難しかったため、別居生活を申し出たが、タオズクはエヴァンス家に住むと言い出した。タオズクの両親からも新婚夫婦が別居なんて良くないと言われ、現在はお兄様の許可を得て、タオズクを客室に住まわせている。お兄様が却下してくれるのを期待していたんだけど、一緒に住んだほうが仲良くなれると思い込んでいるみたいだった。
私がしている仕事はお兄様の仕事なので、タオズクにさせるわけにはいかない。彼も子爵令息として、自分の仕事があるだろうに、仕事をする様子は一切なく、客室でのんびりと過ごしていた。これは離婚理由になるのだろうかと考えていたある日のこと。
なんの先触れもなく私に来客があった。
「結婚おめでとう」
応接室に私が入ると、言葉の割にはどこか複雑そうな表情で、幼馴染であり、シレスファン王国の第二王子のリドリー殿下が言った。
「おめでたくはないのですが、ありがとうございます」
「浮気を認めて謝るならまだしも、ただ、会っていただけと嘘をつくような奴と、よく結婚したね」
お兄様と同い年のリドリー殿下とは長い付き合いで、気が置けない仲でもある。シルバーブロンドの短髪よりも少し長めの髪に、空色の瞳。長身痩躯で体つきは男性だが、顔だけ見ると美女と間違われてもおかしくない。
そんなリドリー殿下に私はお兄様への愚痴をぶつける。
「お兄様に言ってください! 婚約破棄や解消をしたりすると、嫁にもらってくれる人がいないからとか、一度くらいの浮気は許してやれって言うんですよ。それだけじゃなく、結婚前から愛人がいるのだと思えって!」
「えーと、今の夫の浮気って一度だけなんだっけ?」
「浮気はナターシャ一人だけですが、回数は一度だけではありません」
「じゃあ、一度じゃないよね」
「そうなんです! お兄様に言わせれば一人くらい良いだろうと。自分の奥様になる人にそんなことを言えるんですかね!」
「言えないだろうねぇ」
リドリー殿下は遠い目をして失笑した。
「ナターシャとタオズクの関係はまだ終わっていないようですし、お兄様が帰ってきたら、再度、話し合おうと思います」
「急ぎだったら伝えておくけど、何かあったの?」
「学園を中退してからはナターシャに会う機会もなくなると思ったんですけど、寂しいだろうから会いに来たって頻繁に押しかけてくるようになったんです。今までは門前払いをしてましたが、結婚してからはタオズクが勝手に屋敷にナターシャを入れているんです。しかも、使用人には私に内緒にしろと言ってます」
「文句を言ってみたらどうなの?」
「使用人が話したことがバレてしまうのは、良くないと思ったんです。で、さりげなく二人でいる場面に出くわそうと思ったら、私が出かけている時に限って、ナターシャが来ているようなんです! きっと、こちらの情報を流している使用人がいると思われるので、まずは、その人物を特定するために動いています。あとは、お兄様から離婚の許可が出たら、罠にかけてその場を押さえようと思ってます」
早口でまくし立てると、リドリー殿下は顎に手を当てて思案顔で言う。
「ソアが20歳になるまでは、ローファンが保護者だから、それまではローファンの許可がないと離婚できないってことか」
「そうなんです! 20歳まではお兄様の指示に従うようにというのが、両親の遺言なんです」
「ローファンに伝えておくよ。君はソアの幸せのために強制的に結婚させたけど、今のままじゃソアは不幸になるってね」
「ありがとうございます!」
この時の私は、そのうち、お兄様が様子を見に帰ってくるのだと思っていた。
******
それから約20日後、酷く疲れた様子のリドリー殿下が訪ねて来た。たまたま、エントランス近くにいたので、使用人と共に出迎えると、リドリー殿下は消え入りそうな声で言った。
「ローファンが死んだ」
「……え?」
「死因は改めて話す。それから、これ、自分が死んだ時にソアに渡してほしいって頼まれていたんだ」
リドリー殿下が差し出した手紙を震える手で受け取り、その場で手紙を読んだ。最初は、私への謝罪の言葉が書いてあった。
結婚を無理にさせてしまったことを後悔していること。でも、その時は、私の幸せに繋がるのだと思ったからであって、嫌がらせではないこと。
そして、この手紙を私が読んでいるということは、自分の口から伝えられなくなった時だという文章を読んだ時、私の目から大粒の涙がこぼれた。
爵位を私に譲ることなど、色々とお兄様らしく私への指示が書かれていたけれど、最後の一文は、こう書いてあった。
『色々と書いてはみたが、お前の好きなように生きろ』
「……これはっ……手紙じゃなく、お兄様の……口から聞きたかったですっ!」
手紙を顔に押し当て、泣き顔を隠すようにした。でも、止まることのない涙と嗚咽のせいで、まったく意味がなかった。すると、頭の上に優しく何かがかけられて顔を上げる。
リドリー殿下が上着を脱いで、私の泣き顔を隠すようにしてくれたのだとわかり、泣くのは今だけだと心に決めて、声を殺して泣いた。
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