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1  殿下の来訪

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 私、ルルア・ベギンズは、普段は公爵令嬢である、ミア・ガルシア様の侍女として働いている。
 外見はというと、腰までのびた長い黒髪をハーフアップにし、背は女性にしては高く痩せ型で顔はツリ目気味のせいか、よく冷たそうだとか、気が強そうと言われる。
 優しいミア様は私の事を美人だと言ってくれるので、彼女に褒められたら、それだけで他から何を言われようが気にならない。
 元々は伯爵令嬢だった私は、色々とあって両親が離婚し、現在は母の爵位である子爵令嬢だ。
 
「アーク殿下とルルアは相変わらずね」

 公爵家に帰って、ミア様に事情を話すと、ミア様は長い艶のあるストレートの黒髪を揺らし、くすくすと笑った。

 ミア様は見るだけで男性の庇護欲をかきたててしまうくらいに可愛らしい顔立ちで、彼女にひそかに思いを寄せている男性が数えきれないほどいる。
 だけど、彼女には幼馴染であり、この国の第3王子でもある、レオ・ミドラッドという婚約者がいるので、ほとんどの人間は口や行動には出さない。

「この関係を崩すわけにはいかないんです」
「どうして?」
「友達に戻れなくなったら嫌なんです」
「アーク殿下と結婚したら、友達に戻る事なんてないものね」
「あ、いえ。そういう意味ではなく…」

 私が苦笑すると、ミア様は小さく息を吐く。

「殿下の心変わりの話をしているの? そんな事を言ったら、私もレオと結婚できないわ」
「レオが心変わりするわけないじゃないですか」
「それを言ったら、アーク殿下が心変わりするわけないじゃないって言葉しか返す言葉が見つからないんだけど?」
「それは困りますね」

 私が苦笑すると、ミア様は微笑む。

「ルルアの気持ちを確認する良い機会じゃない? コッポラ公爵令嬢については、私もあまり詳しくないのだけれど、とても素敵な人で、ルルアがアーク殿下と彼女がお似合いだと心から思えるなら、それで良いと思うわ」
「ミア様…」
「私としては義理のお姉さんがルルアだと有り難いけど、ルルアには幸せになってもらいたいから」
「ありがとうございます、ミア様。ミア様も幸せになって下さいね」
「もちろん! あなたがいない間は寂しいけれど、メイド達と仲良くやっておくわ」
 
 本当はミア様の侍女という仕事を放り出して、期間限定とはいえ、他の令嬢の侍女になるだなんて嫌だったのだけれど、ミア様の可愛らしいお顔に癒やされたので、何とか、頑張ろうという気持ちになった。

 そして、次の日、ミア様のお父様であるガルシア公爵閣下に、日数は未定ではあるが、私を城に派遣するようにとの正式な文書が届けられ、私は一週間後から、ヴァージニア・コッポラ公爵令嬢の侍女として働く事が決まった。
 コッポラ公爵令嬢の元で働いている間は王家の方から給金が支払われる事になり、元々、城内で働く侍女やメイドの給金が高かった事もあり、私にしてみれば金銭面でいえば、こんな言葉を使っちゃいけないけれど、ウハウハだ。
 残念なのは、しばらくミア様に会えなくなるくらい。

 私の心が汚れているから、ミア様の綺麗な心に触れて、浄化していた毎日だったけれど、それが出来なくなってしまう。

 アーク殿下に会うたびに、黒い私が出てくるから心配だわ。
 …という事は私、心が真っ黒になるんじゃない?

 はっきり言って、黒い私を引き出してくる人間は、そう頻繁に現れるものではないと思っていた。
 だけれど、私の考えが甘かったという事は、すぐにわかる事になる。





 正式な文書が届けられてから一週間後。
 次の日に、コッポラ公爵令嬢が入城すると聞いたので、城内に用意された私の部屋に荷物を運び入れていた。
 といっても、部屋には机やベッド、タンスなどの必要な家具は揃っていたから、私は着替えなどを持ってくるだけで良かったから、作業はすぐに終わった。
 扉を開け放ったまま、部屋でゆっくりしていると、私が来ている事をどこからか聞きつけたのか、アーク殿下が現れた。

「来ていたのなら、なぜ顔を見せに来ない」
「というか、何で私がここにいる事を知ってるんですか」
「騎士達から聞いた」
「口止めしておけば良かった」

 自分の詰めの甘さを悔やんでいると、殿下はとんとんと扉を叩く。

「入ってもいいか?」
「何もしないのなら」
「話す事くらいはいいだろう」
「では、殿下はあちらへ」

 部屋には上等な家具はなく、椅子も1つしかないので、そちらを指差すと、不服そうにする。

「隣は駄目なのか」
「駄目ですね」
「どうしてだ」
「あなたが私に馬車の中でした事忘れてます? 恋人同士でもない男女が二人きりになり、しかも隣に座るだなんてありえません。あ、扉は開け放ったままでお願いします」
「それを言うなら、俺も責任をとってほしいんだが」
「わいせつ罪で捕まる様な事をしたのは謝ります。ですが、それとこれとは別です」

 そう言うと、アーク殿下は憎らしいほどに端正な顔を歪めながらも、渋々、私の指定した椅子に座ったのだった。
 
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