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18 本望だ? ではお言葉に甘えて

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 すぐに追いかけるとバレてしまうかもしれないので、少しだけ時間をあけてから行くと、エントランスホールにザック様の姿が見えたので、ロゼッタ様と2人で太い柱の陰に隠れて、見守る事にした。

「お願いです! ルキアを返してください!」
「返すも何も、僕のものではないのだがな」

 なぜ、そんな事になっているのかわからないけれど、ミゲルは土下座していた。
 土下座して、顔を上げて、ザック様と話をしていた。

「ルキアと離れてから、ますます彼女への愛が深まって、夜も眠れません」
「君、昨日は、子爵家の令嬢とカフェで会っていたんだろう?」
「どうして知ってるんですか!? そ、それは、悩みを聞いてもらっていたんです!」
「君の行動が読めないから、君に見張りをつけている。ルキア嬢に近付かれても困るからな。あと、夜に眠れないなら、令嬢とは会わずに、その時間に寝ろ」

 そうですね。
 寝れる時に寝るべきですね。

「目をつぶったら、ルキアの怒った顔が思い浮かぶんです!」

 人を悪霊みたいに言わないでほしい。

 心の中でツッコんでいると、ちらりとザック様がこちらに視線を向けた。

「あら、あの子ったら、もう気が付いたのね!」

 ロゼッタ様が小声で不満そうに言った。

「…視線を感じたんでしょうね」

 私もロゼッタ様もガン見してたから、気付かないわけがないか。
 だけど、ザック様は私達を注意する事なく、また、ミゲルに視線を戻して話を続ける。

「ルキア嬢の怒った顔が浮かんでもいいじゃないか。彼女の事が好きなら、愛しく思えるだろう。もちろん、怒らせていいわけではないが…」
「そ、それはそうかもしれませんが…。このままでは、ドーウッド家から追い出されてしまうんです!」
「それは君の自業自得だろう。ルキア嬢を傷付けただけじゃなく、嘘の噂なんか流そうとするからだ」

 ザック様は呆れ返った様子で続ける。

「君は本当にルキア嬢が好きなのか? ただ、自分の欲望を満たしたいだけじゃないのか?」
「そんな事はありません! 僕はルキアを愛しています!」

 そんな事は絶対にありえない!
 嘘つかないでよ!
 
 イライラしていると、ロゼッタ様が聞いてくる。
 
「ドーウッド卿はルキアさんの事をどう思っているのかしらね?」
「わかりません。ただ、愛しているというのは嘘だと思います」
「どうしてそう思うの?」
「彼とそう関わっていませんから。彼に優しくした覚えもありませんし」
「じゃあ、あれは嘘をついているのかしら?」
「そういう事になると思います」

 愛しているだなんて戯言を言われても迷惑だわ。

「じゃあ、彼はどうして、あなたにしつこく付きまとうのかしら?」
「彼は爵位が欲しいんです」
「爵位が? じゃあ、男爵の爵位を与えたら、静かになるのかしら?」

 ロゼッタ様に聞き返され、答えようとした時、ザック様達の方に動きがあった。

「君はルキア嬢のどんなところを愛しているんだ?」
「全てです!」
「それはすごいな」

 ザック様は呆れた様な声で続ける。

「で、君は僕にどうしてほしいと?」
「身を引いて下さい!」
「勝負をふっかけてきたのは君だろう。最後まで自分の言葉に責任を持て」
「あんな言葉を言った事を後悔しています! 最初から譲って下さいと、お願いすべきでした」
「そんなのは君の勝手であって、僕が勝負を受けたのは、どちらが先に好きになってもらえるかという勝負だ。身を引く引かないは関係ない。僕は僕の好きなようにする。君も、こんな所にいないで、自分の何が悪かったか考えるんだ」
「そんな!」

 ミゲルは諦めようとせず、ザック様の足に縋りつこうとしたけれど、ザック様はひらりと身を躱し、彼から逃れると、近くにいた騎士に声を掛ける。

「彼はもうお帰りの様だ」
「ちょっと待って下さい! もう少しだけお話を聞いて下さい! このままでは、僕のプライドが!」
「君の事を好きだという女性はたくさんいるだろう。彼女達に慰めてもらえ」

 ザック様の声がさすがに苛立ち始めてきた。
 そして、それよりもロゼッタ様がもっとイライラしていた。

「何を優しい態度を取っているの! そこはルキア嬢は譲れない! とか言って、胸ぐらをつかむべきなんじゃないの!?」

 ロゼッタ様が柱の角を握りしめて怒る。

「あの、ロゼッタ様」
「何かしら?」
「ザック様の代わりに、私がやってもいいでしょうか?」
「え!? ルキアさんが?」
「はい」
「やりすぎなければかまわないけれど、ルキアさんが行って危なくないかしら?」
「大丈夫です」

 心配そうに私を見つめてくるロゼッタ様に頷いて、柱の陰から出て、ザック様達に近付いていく。
 ザック様が先に私に気付いて、慌てた顔をする。

「ルキア嬢、どうしたんだ」
「ルキア! どうしてここに!? そんなに僕に会いたかったのかい!?」

 ミゲルは床に膝をついたままの状態で私を見上げて叫んだ。

「何を言ってるの。ここは、あなたの家じゃないでしょう。これ以上ふざけた事を言うと蹴るわよ」
「君に蹴られるなら本望だ」
「ああ、そう。ではお言葉に甘えて。ちよっと歯を食いしばってくれる?」
「え? 口を閉じたらいいのか?」
「ルキア嬢!」

 ザック様が止めに入ったけれど、時すでに遅し。

 私はミゲルの顎をつま先で蹴り上げた。

「がっ!」

 という声と共に、ミゲルが後ろにのけぞった。

「大丈夫? 顎が痛いわよね? 今日はお帰りになった方がいいわ? お大事にね」

 私の言葉の後に、ザック様が苦虫を噛み潰した様な顔で言う。

「痛がっている時に悪いが、覚えておいてくれ。普通、人様の家に来る時は約束を取り付けるんだ。僕は兄の仕事の手伝いをしているから家にいるが、普通の貴族なら、毎回、家にいるとは限らないからな」
「ザック様。もっと厳しく言ってもいいと思いますよ」
「厳しく言おうが優しく言おうが、彼に伝わるかわからないから一緒だろう」

 最初から、ミゲルに期待してないって事ですか…。

 結局、ミゲルは騎士達によって、家の中から追い出された。
 ミゲルを見送った後、ザック様が聞いてくる。

「ルキア嬢、淑女になると言っていなかったか?」
「申し訳ございません」
「待って、ザック! ルキアさんを責めないで! 私が彼女にお願いしたのよ!」

 実際はお願いされたわけではないのだけど、ロゼッタ様が庇ってくれたおかげで、ザック様は小さく息を吐いて、私に謝ってくる。

「すまない。母が迷惑をかけた」
「とんでもないです。すっきりしました」
「私もスッキリしたわ! 本当にルキアさんは以前とは別人みたいね! ねえ、ルキアさん、お婿さんが欲しくなったら、ザックなんてどうかしら?」
「ええっ!?」

 焦って聞き返したけれど、ザック様は呆れた顔で言う。

「母上、ルキア嬢をからかわないで下さい」
「ごめんなさい、ルキアさん。気分を悪くさせてしまったみたいね…」
「とんでもないです!」

 その後は、ザック様も含め、次の夜会についての話をする事になり、応接室へと戻ったのだった。

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