愛しているだなんて戯言を言われても迷惑です

風見ゆうみ

文字の大きさ
上 下
11 / 34

11 女伯爵になるつもりなのか? 継がせる訳にはいきません

しおりを挟む
 トルマリア公爵家は、在位中の陛下の従兄弟が当主の為、歴史的には浅いけれど、貴族内の地位は高い。
 その家の次男であるザックは、親譲りの漆黒の髪に褐色の瞳を持つ、モデル体型の美青年だ。
 白のシャツに首元には細い赤のリボン、黒のパンツに身を包み、前髪は額におろしていて、髪型はツーブロック。
 少し、釣り上がり気味の目だけれど、整った顔立ちである事と、言葉使いや態度が少し乱暴な為、一部の女子生徒からは、ちょっと変わった公爵令息として人気があった。
 
「どうして、こんな所に…?」

 私が尋ねるより先に、ミゲルが焦った表情で尋ねた。
 ザック様は彼に視線を移して答える。

「レイング伯爵に用事があってきたんだ」
「レイング伯爵に? 公爵家のあなたがですか?」
「公爵家といっても、僕は次男だからな。それに、君達の結婚についてのお祝いを言おうと思ったんだが、どうやら、離婚するらしいな」
「そんな事、誰も言ってませんよ!」
「離婚します!」

 ミゲルと私の言葉が重なった。
 ザック様はキョトンとした後、私の方を見て聞いてくる。

「別れたいんだよな?」
「別れたいです」
「まあ、あんな事をされたら、すぐにでも別れたくなるよなあ」

 ザック様は胸の前で腕を組み思案顔になった後、私に向かって聞いてくる。

「少し話をしたいんだが、時間はあるか?」
「あります!」

 頷くと、ミゲルが割って入ってくる。

「僕も同席します」
「君は同席しなくていいよ」

 しれっとザック様が断ったけれど、ミゲルも食い下がる。

「妻と他の男性を2人きりにするわけには…」
「僕が人妻に手を出すような男だと言いたいのか?」
「そういうわけでは…」
「なら、いいだろ?」

 ザック様はミゲルににこりと笑ってみせると、私に向かって言う。

「どこで話す?」
「応接室にご案内します」

 私が答えると、メアリーが慌てて、ザック様に言う。

「ご案内致します!」

 メアリーが先導して歩き始めたので、ザック様と私も歩き出すと、ミゲルが叫ぶ。

「ルキアの話すことを信じないで下さい! 彼女は嘘をつくんです!」
「それはっ」
「無視しろ。相手にしても無駄だ」

 言い返そうとした私に、ザック様が言った。

「…はい」

 素直に頷くと、ザック様は無言で、それでいいと言わんばかりに首を縦に振った。

 どうして、ザック様がここにいるんだろうか。
 お父様はザック様と何を話したんだろう…。

 ミゲルはさすがに追いかけては来なかった。
 次男とはいえ、公爵令息に歯向かう勇気はなさそうだった。
 応接室に入り、ミゲルという邪魔が入らない様に、部屋の前を騎士に見張ってもらい、話をする事になった。

 メアリーはお茶をいれてくれた後、ザック様が2人で話したいというので、今は部屋の外で待ってくれている。

 ローテーブルをはさんで、ソファーに向かい合って座り、お茶を一口飲むと、ザック様が口を開く。

「君のお父上から、助けてくれと言われた」
「えっ!?」

 意味が分からなくて聞き返すと、ザック様は言う。

「学園に通っていた頃、助けてくれたのは僕しかいなかったって本当か?」
「……はい」
 
 ルキアの記憶では、仲間はずれにされたり、机の中にゴミを入れられたり、学園では嫌な思いばかりしていた。
 だけど、お父様にいじめられていると知られたくないから、学園に通っていた。

 ザック様はクラスも違ったけれど、学年は同じだったから、廊下ですれ違うような事はあって、彼女がいじめられているシーンを見る事があれば、間に入ってくれていた。

 何度か、ザック様は自分から、教師の方にいじめについて言おうかと言ってくださったけれど、ルキアは毎回断っていた。

 先生に言っても、エスカレートするだけだからと。

「あと、君の性格が変わったというのは?」
「それも本当です」
「ここに来る前に君の評価を、屋敷のものに調べさせたし、僕の友人達にも聞いたんだが、あまり、いや、良い話を聞かなかった。それでも、女伯爵になるつもりなのか?」
「ミゲルに継がせる訳にはいきません」

 これだけは譲れないので答えると、ザック様が頷く。

「その気持ちはわかる。君に酷いことを言ったらしいな」
「継がせたくない理由はそれだけではないですけど」
「僕は次男だし、独身で婚約者はいない」
「はい? えっと、そうなんですか?」
「そうだ。だから、わりと自由に動く事が出来る。君のお父上が昨日の夕方に、僕の家にやって来て、床に額をこすりつけてお願いしてきたんだけど、何をお願いしてきたかわかるか?」
「まさか…」

 お父様が何をお願いしたかわかって、ザック様を見ると、彼は苦笑して答える。

「というわけで僕が力を貸そう。相手がこんな事を言われたら傷付くかもしれないと考える事の出来ない人間は好きじゃない」
「私としては本当に有り難い話ですが、私を庇う事によって、ザック様の評判が悪くなりませんか?」
「どうだろうな。君次第じゃないか?」
「私次第?」
「昔の君では、スタートラインにも立てなかった。だけど、今の君はスタートラインに立ってる。でも、目の前に偏見という障害物があって走り出せない。その障害物を僕が荒い方法ではあるが取り除く。でも、今以上に辛い道を歩かないといけない。その覚悟はあるか?」

 ザック様が厳しい表情で尋ねてきた。
 
 私だって、今更、後には引けない。

「覚悟はあります」

 後ろにこけるんじゃなく、前にこけるならそれでいい。
 
 そう思って答えると、ザック様は表情を緩めた。

「良し。じゃあ、一緒に頑張ろうか。あ、そういえば、ミゲルの話なんだけどさ」
「何でしょう?」
「離婚届にサインは、今の状況の彼ではしないと思う」
「そんな感じがします」
「彼が書かざるを得ない状況に持っていく事にしないといけない。今の状況では、裁判に持ち込んでも、ミゲルに有利だ」
「どういう事です? 浮気したのは向こうですよ」
「この国の貴族社会は愛人は許されてる。という事は浮気にも甘い。何より、裁判官は男性が多い」
「一度や二度の浮気ぐらい許してやれ、と言われる可能性があるんですね」
「ひどい場合は、浮気をさせた君に原因があると言い出しかねない」

 日本でもそういう事を言う人もいたし、この世界でそうあってもおかしくないという事か。
 特にこの世界は男尊女卑が酷い傾向にある。

「とにかく、ミゲルに付きまとわれるのは迷惑なので、彼を家から出て行かせる方法を考えようと思うんですが」
「そうだな。さて、どうしようか」

 ザック様が頷き、思案顔になった。
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

今更ですか?結構です。

みん
恋愛
完結後に、“置き場”に後日談を投稿しています。 エルダイン辺境伯の長女フェリシティは、自国であるコルネリア王国の第一王子メルヴィルの5人居る婚約者候補の1人である。その婚約者候補5人の中でも幼い頃から仲が良かった為、フェリシティが婚約者になると思われていたが──。 え?今更ですか?誰もがそれを望んでいるとは思わないで下さい──と、フェリシティはニッコリ微笑んだ。 相変わらずのゆるふわ設定なので、優しく見てもらえると助かります。

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

[完]巻き戻りの第二王太子妃は親友の幸せだけを祈りたい!

小葉石
恋愛
クワーロジット王国滅亡の日、冷酷なクワーロジット王太子は第二王太子妃を捨てた。 その日、捨てられたラシーリア第二王太子妃は絶対絶命の危機に面していた。反王政の貴族の罠に嵌り全ての罪を着せられ、迫り来る騎士達の剣が振り下ろされた時、ラシーリア第二王太子妃は親友であったシェルツ第一王太子妃に庇われ共に絶命する。 絶命したラシーリアが目覚めれば王宮に上がる朝だった… 二度目の巻き戻りの生を実感するも、親友も王太子も自分が知る彼らではなく、二度と巻き込まれなくて良いように、王太子には自分からは関わらず、庇ってくれた親友の幸せだけを願って……… けれど、あれ?おかしな方向に向かっている…? シェルツ   第一王太子妃 ラシーリア  第二王太子妃 エルレント  クワーロジット王国王太子

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

処理中です...