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17 公爵令嬢の訴え

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 レオとは一度別れて、公爵令嬢に連れられて城の中庭へとやって来た。
 公爵令嬢が勝手に城内をウロウロしても良いのかと気になった。
 でも、私は許可されているし、レオも何も言わなかったので良いということにする。

「お時間いただきありがとうございます」

 白いガゼボの見える所で足を止めたシュミノ・ネグトホール公爵令嬢はそう言って頭を下げた。
 私に何の話をするつもりなのか、さっぱりわからないので、早速尋ねてみる。

「何か御用でしょうか」
「……ライレフ王国では紫色の瞳を持つ方は英雄として扱われます。ですから、わたくしもリリララ様のことは尊敬しております」
「私は尊敬されるようなことは何もしていません。これからやろうとしていることはありますが、英雄になりたいからするわけでもありません」

 サレナールの国王陛下の狙いを潰すために、色々と考えているところだけど、それは英雄になりたいからじゃない。
 多くの人が今まで通りの生活、もしくは、これ以上悪くならないようにしたい。
 
 ネグトホール公爵令嬢は小さく息を吐いてから話し始める。

「英雄になりたくないとおっしゃりますが、紫色の瞳を持っているだけで、その価値に値するのです」
「私の紫色の瞳はサレナール王国では嫌われていました。でも、ここに来て全く違う扱いを受けて驚いています。ライレフ王国に保護していただき、本当に感謝しています」
「……リリララ様はいつ、サレナール王国に戻られるのですか」
「わかりません。今、帰れば、私は反逆者として暗殺される可能性があります」

 暗殺という言葉を聞いて、ネグトホール公爵令嬢は焦った顔になった。

「そんな大げさな。サレナールの国王陛下のお話はリリララ様の思い込みだという話も出回っていますのよ」
「そうだったのですね。では、レオナルド殿下も思い込んでいるということですか?」
「……レオナルド殿下は紫色の瞳の方に出会えて喜んでいるだけだと思います」

 レオが私に気を遣って話を合わせていると言いたいのね。
 そんな人じゃないということくらいわかるはずでしょうに。

「では、レオナルド殿下には気を遣わないでほしいと伝えておきますわ。ただ、死の可能性があるのに、それでも帰れとおっしゃるのであれば教えてください。レオナルド殿下に相談します」
「そんなことはお願いしていません。ただ、信じられないのです」

 不思議な力の話を信じられないのか、それとも私を信じられないのか判断しかねる。

 たぶん、私を信用できないというほうでしょうね。

「歴史書に書かれていることは信じているのですよね?」
「ええ。それは信じています。でも、今回の件とは別ものだと思っています。リリララ様がレオナルド殿下の気をひくためにこじつけたものではないかと」
「……そんな風に思われていたんですね」
 
 ショックだわ。
 私とかかわりのない人たちにはそう思われてるってこと?

「……ネグトホール公爵令嬢は私に一体、どうしてほしいと言うのですか」
「シュミノで結構です」
「では、シュミノ様と呼ばせていただきます。で、どうしてほしいのかはっきり言っていただけませんか」
「……離婚が成立していない状態で、レオナルド殿下に近付かないでいただきたのです」
「承知しました」

 迷うことなく答えると、シュミノ様は驚いた顔をする。

「良いんですの?」
「シュミノ様の気持ちになって考えてみますと、私の存在は脅威だと思いますので」

 一度言葉を区切ってから、笑顔を作って続ける。

「ですが、ここを去る理由をレオナルド殿下に聞かれると思いますので、正直に話はさせていただきます」
「お待ちになって!」

 シュミノ様は焦った顔で私に懇願する。

「意地悪で言っているわけではないのです! これも全部、レオナルド殿下のためを思って!」
「お気持ちはわかると言ったではないですか。ただ、シュミノ様、私の立場も考えていただけませんか。ご厚意でここに連れてきていただいたのに、何の理由もなく出ていくわけにはいかないでしょう。素直に話をされたくないというのであれば、レオナルド殿下が納得してくれる理由を考えて、私に教えてくださいませ」

 シュミノ様にしてみれば、私は突然現れたライバルでしょうから、面白くない存在に決まっている。

 でも、そんなことを思ってはいけないと感じてもいるから、どこか遠慮がちなんでしょうね。

「……理由、ですか」
「ええ。それから、忘れておられるかもしれませんが、私にはサーディンが付いています。隠しても一緒なんです」
「……あ」

 シュミノ様は両手で口を押さえて周りを見回す。
 でも、サーディンは出てくる様子を見せない。

 しょうがないので、私が声をかける。

「サーディン、出てきていいわよ」
「へい!」

 元気良く返事をして、サーディンが茂みから顔を出した。
 
「へい、じゃなくて、はいって言いなさいよ」
「それ、レオ殿下からも言われましたよ。やっぱり、お2人は仲が良いっすねぇ!」
「仲が良いとか関係ないでしょう。大体の人が同じことを言うと思うわよ」

 同意を求めるようにシュミノ様を見ると、サーディンを睨みつけてから答える。

「申し訳ないですが、わたくしは貧民街に住むような人を人間とは思っておりません。ですから、話をする気にもなりません」

 彼女の発言に驚いて、言葉がすぐに出てこない。

 貴族らしい考え方なんでしょうけど、本人を目の前にして言うことじゃないわ。
 しかも、レオが可愛がっている護衛なのに……。

 サーディンに目を移すと、彼はケロッとした顔をしてシュミノ様を見つめている。

 もう言われ慣れているのかもしれないわね。
 それはそれで悲しいことだと思うし、サーディンを友人だと思っている私としては腹が立つ。
 自分の友人を悪く言われて何も思わない人なんていないわよね!

「私もシュミノ様もたまたま貴族の娘として生まれてきただけです。その言い方はどうかと思います」
「リリララ様はレオナルド殿下のご機嫌取りに必死なのですわね」
「……どういうことですか」
「そこにいる男性の前では良い顔をしようとしているだけでしょう?」
「いいえ。あなたのような考え方のほうが珍しいと思います」
「……リリララ様は貧民街に足を運んだことはございますか?」
「行ったことはありませんが、サーディンから、どんなものか話は聞いています」
「それは美化されたお話だと思いますわ」

 私の話をしていたはずなのに、サーディンを馬鹿にする話になっているわね。

 そんな話をしたくて、サーディンを呼んだわけじゃない。

 サーディンは笑みを浮かべているけど、聞いていて良い気分にはならないはずだ。

「サーディン、悪いけど、レオナルド殿下に話をしてきてくれる?」
「うえーん。悪口言われたって泣いてきたら良いっすか?」
「そうね。それで良いわ」

 レオのことだから、それだけでシュミノ様が何を言ったかわかってくれるでしょう。

「ちょ、ちょっと待ってください! まだ、話は終わっていません!」
「サーディンがレオナルド殿下の所に行くだけですから、私はシュミノ様とお話を続けられますわよ」
「そ、そういう意味ではなくてですね」

 焦った顔になっているシュミノ様を、サーディンは楽しそうな顔をして見たあと、スキップして去っていく。

 そんなことをするから嫌われるのよ。
 ……どっちが先かと言われたら、先に嫌われることをしたのは、シュミノ様だから良いのかしら?

「あ、あの、リリララ様」
「……何でしょうか」
「彼を止めていただけないでしょうか」
「どうしてです?」
「……失礼なことを言ったと思っているからです」
「承知しました」

 見えなくなったサーディンを追いかけていこうとして足を止める。

「そういえば、お話は何だったんでしょうか?」
「違う時にお話いたしますので、先に彼を止めてくださいませ!」

 必死になっているシュミノ様を見て苦笑すると、急ぐサーディンを追いかけた。

 次の日、シュミノ様から手紙が届き、私に言いたかった話というのは『一度、妻になったのであれば逃げ出さずに話し合うべきです』と言いたかったのだと書かれていた。

 しかも、ご丁寧に話し合いの場を設けてくれるんだそうだ。

 レオを私にとられると思って必死みたいね。
 でも、ターズ様をこんなに簡単に呼び出せるものかしら。
 
 ――シュミノ様のお父様がターズ様に操られている可能性があるわね。

 ため息を吐くと、座っていた安楽椅子から立ち上がり、手紙を持ってレオの所に向かった。
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