上 下
16 / 23

15 諦められない夫

しおりを挟む
 5日後、ライレフ王国の王城に着くと、多くの人が歓迎してくれた。

 サレナール王国では嫌われていた私の瞳を、出迎えてくれた人たちは、とても綺麗だと褒めてくれた。
 一緒に付いてきてくれた侍女や護衛、その家族には新たな家が用意されていたので、しばらくは有給でお休みをとってもらうことにした。

 付いてきてくれた人たちは、サレナール王国に残っていても罰されることはない。
 でも、国王陛下が捕まらない限り、命を狙われるかもしれない。
 そんな不安の中で暮らしていくよりも、安全な場所で暮らしたいというのが、侍女たちの望みだった。

 私のせいで多くの人の人生を狂わせってしまった。

 そう思って侍女たちに謝ると、ライレフ王国に住むことができて嬉しいし、逆に感謝していると言われた。

 世の中には嫌な人ばかりじゃなくて、心優しい人たちもたくさんいるのだと実感した。

 ライレフ王国に着いてからの私は、両陛下への謁見や、これからの動きについての話し合いなどでゆっくりする暇はなかった。

 だけど、幸せだった。
 
 ターズ様から解放されて、優しい人たちに囲まれて暮らすことができるなんて、今まで考えたこともなかった。

 せめてもの恩返しとして、この国のため、世界のために自分にできることをしようと心に決めた。

 不思議な力のことは日にちが経っても難航していた。

 そんな話は信じられないという人が多く、詳しく調べてもらうことができないからだ。

 紫色の瞳を持つ人間は世界的にも少なく、今、貴族や王族で確認されているのは私とレオしかいなかった。

 そのため、サレナールの国王陛下にそんな力はないと言われてしまうと、そうだと思い込んでしまう人ばかりになり、多数決で問題なしだと判断されてしまった。

 服従の力が強すぎる。
 しかも、国王陛下はここぞという時にしか使わないから、効果が強力なものになっている。
 どうにかしなくちゃ。

 焦る気持ちだけが、どんどん膨らんでいった。


******


 私がライレフ王国に来てから10日が経った日のこと。
 図書室で歴史書を読んでいると、レオがやって来た。

「調べさせて悪いな」
「いいえ。これくらいしかできないんだもの。滞在させてもらっているのに何も役に立てなくて申し訳ないわ。レオのほうこそどうなの。仕事が溜まってるんでしょう?」
「まあな。だから、少し休憩しに来たんだ」

 名前の呼び方が変わっていることと、砕けた口調になっているのには理由がある。

 まず、名前についてはレオからレオナルド殿下ではなく、レオと呼ぶように言われたのだ。
 あと、敬語もなくすように言われた。

 ただ、このせいと言っていいのかわからないけれど、国民の間で私とレオが恋仲だという嘘が広まってしまったのだ。

 馬車で話をしていて、話しやすいと思ったのは確かだ。
 だけど、恋愛感情はなかった。
 
 噂が広まる原因を作ったのはサーディンだった。
 彼は貧困層のリーダー的存在であり、元義賊として平民の間で大人気だった。

 ちなみに義賊をしていたのは、レオに拾われる前らしい。

 たまたま、お金持ちの悪い貴族のところにレオが来ていて、盗みに入ったサーディンと鉢合わせした。
 サーディンは舐めてかかって勝負を挑んだけど、レオに返り討ちにされたらしい。

 サーディンは長男で十人の弟や妹がいる。
 計画性もなく子供を生み、生んだあとは子供は放置という両親のせいで、彼は幼い頃から子育てをしていた。

 彼の育ての親は貴族の馬車の下敷きになって亡くなったそうで、遺体はゴミ箱に捨てられていたそうだ。
 それで彼は、貴族を憎んだ。

 でも、サーディンは優しい人だから、全ての貴族を恨むことはできなかった。

 お金に困っていたサーディンは、悪いことをしている貴族をターゲットにして盗みを働くようになった。

 余ったお金を配るのは、自分一人が幸せになっても意味がないと考えていたからだと、レオが教えてくれた。

 サーディンに聞いても茶化すだけで教えてくれなかったのよね。

 レオが向かい側の席に座ったので話しかける。

「どうして、今まで他国に知られることなく、サレナール王家の力が続いてきたのかは、やっぱり、ライレフ王国の歴史書ではわからないわ」
「俺が読んだ本には、かなり昔になるが同じようなことが起きていた。その時に世界を救ったのが紫色の瞳を持つ人物だったんだ。それからしばらくは、どこの国も紫色の瞳を持つ人間を自国の王族の近くに置くようにしたみたいだな」
「その時はサレナールの王家はどうなったのかしら。処刑されていないの?」
「国王やその家族の多くは処刑された。でも、その時、王妃のお腹に子供がいたんだ」
「……ということは殺せなかったんですね」

 お腹の中にいる命や、生まれたばかりの赤ちゃんを殺せる人なんてそういないわよね。
 成長するにつれて情だって湧いてしまう。

 でも、誰かが本当はやらなくちゃいけないことだった。
 かといって、私は誰かを殺せと言われても殺すことなんてできないから、当時の人を責めることはできない。
 
「でも、その当時の人は、その子供を見張っていたわけでしょう? それに、そんな危険な力を持っているのだとわかっているんだから語り継がれていくはずだわ。それなのに、どうして今は見張る人がいないの?」
「それについては俺もわからない。推測でしかないが、サレナール王国の王家の人間も全てが悪い人間じゃなかったんだろう。長い年月、争いごとが起こらなかったから風化してしまったのかもしれない」

 そういえば、サレナール王国がどうやってできたかなんて、ちゃんと調べていなかったわ。
 ターズ様の祖先は本当に最初から王族だったのかしら。

「もしかしたら、元々の王家は普通の人で、ターズ様の先祖が乗っ取った可能性もあるわよね」
「だな。王族になるという目的を果たしたあとは大人しくしていて、その後の子孫が今度は他国を征服しようとしたのかもしれない」
「その時に紫色の瞳を持つ人に邪魔をされたから、サレナール王国の王家では紫色の瞳は不吉なものにされたということね」
「それで逆に他国では英雄と呼ばれてるのかもな」
「謎なんだけど、どうしてターズ様は私を婚約者に選んだのかしら。私を遠ざけていたほうが動きやすかったかと思うんだけど」
「そのことなんだが」

 言葉の途中なのに、レオは眉根を寄せて黙り込んでしまった。

「どうかしたの?」
「ターズ殿下は純粋にリリララのことが好きで、結婚したかっただけじゃないかと思ってる」
「じゃあ、私がちゃんと彼を管理していれば、こんなことにならなかったって言いたいの?」
「リリララ、そういう意味で言ったんじゃない」
「妻は私だけにしてくださいって泣いて縋れば良かったっていうの?」
「それも違うだろ!」
「そうしていたら、違う結果になっていたかもしれないわよね」

 世話になっているというのに、八つ当たりしてしまった。
 最低なことをしてしまったと後悔した時だった。

「お二人さん、喧嘩っすか!? ほんと、仲良くなったっすねぇ!」

 サーディンが笑顔でやって来て、私の隣に座ると、レオが眉根を寄せた。

「おい。なんでそっちに座るんだ」
「野郎よりも美人のほうが好きっす」
「くそ。正論言いやがって」

 正論と言うのかどうかはわからない。
 でも、褒められたのは確かだから、お礼を言っておく。

「ありがとう、サーディン。お世辞でも美人と言ってくれて嬉しいわ。それよりも何か用事?」
「そうなんっすよ。今、仲間から連絡が来たんすけど、リリララ様、まだ離婚できてないっすね」
「「は?」」

 私とレオの聞き返す声が重なった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

【完結】夫の健康を気遣ったら余計なことだと言われ、離婚を告げられました

紫崎 藍華
恋愛
モーリスの健康を気遣う妻のグロリア。 それを疎ましく感じたモーリスは脅しのために離婚を口にする。 両者とも退けなくなり離婚することが決まった。 これによりモーリスは自分の言動の報いを受けることになる。

【完結】長年の婚約者を捨て才色兼備の恋人を選んだら全てを失った!

つくも茄子
恋愛
公爵家の跡取り息子ブライアンは才色兼備の子爵令嬢ナディアと恋人になった。美人で頭の良いナディアと家柄は良いが凡庸な婚約者のキャロライン。ブライアンは「公爵夫人はナディアの方が相応しい」と長年の婚約者を勝手に婚約を白紙にしてしまった。一人息子のたっての願いという事で、ブライアンとナディアは婚約。美しく優秀な婚約者を得て鼻高々のブライアンであったが、雲行きは次第に怪しくなり遂には……。 他サイトにも公開中。

最初に私を蔑ろにしたのは殿下の方でしょう?

水谷繭
恋愛
公爵令嬢ジゼル・ブラッドリーは第一王子レイモンドの婚約者。しかしレイモンド王子はお気に入りの男爵令嬢メロディばかり優遇して、ジゼルはいつもないがしろにされている。 そんなある日、ジゼルの元に王子から「君と話がしたいから王宮に来て欲しい」と書かれた手紙が届く。喜ぶジゼルだが、義弟のアレクシスは何か言いたげな様子で王宮に行こうとするジゼルをあの手この手で邪魔してくる。 これでは駄目だと考えたジゼルは、義弟に隠れて王宮を訪れることを決めるが、そこにはレイモンド王子だけでなく男爵令嬢メロディもいて……。 ◆短めのお話です! ◆なろうにも掲載しています ◆エールくれた方ありがとうございます!

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】唯一の味方だと思っていた婚約者に裏切られました

紫崎 藍華
恋愛
両親に愛されないサンドラは婚約者ができたことで救われた。 ところが妹のリザが婚約者を譲るよう言ってきたのだ。 困ったサンドラは両親に相談するが、両親はリザの味方だった。 頼れる人は婚約者しかいない。 しかし婚約者は意外な提案をしてきた。

いいですよ、離婚しましょう。だって、あなたはその女性が好きなのでしょう?

水垣するめ
恋愛
アリシアとロバートが結婚したのは一年前。 貴族にありがちな親と親との政略結婚だった。 二人は婚約した後、何事も無く結婚して、ロバートは婿養子としてこの家に来た。 しかし結婚してから一ヶ月経った頃、「出かけてくる」と言って週に一度、朝から晩まで出かけるようになった。 アリシアはすぐに、ロバートは幼馴染のサラに会いに行っているのだと分かった。 彼が昔から幼馴染を好意を寄せていたのは分かっていたからだ。 しかし、アリシアは私以外の女性と一切関わるな、と言うつもりもなかったし、幼馴染とも関係を切れ、なんて狭量なことを言うつもりも無かった。 だから、毎週一度会うぐらいなら、それくらいは情けとして良いだろう、と思っていた。 ずっと愛していたのだからしょうがない、とも思っていた。 一日中家を空けることは無かったし、結婚している以上ある程度の節度は守っていると思っていた。 しかし、ロバートはアリシアの信頼を裏切っていた。 そしてアリシアは家からロバートを追放しようと決意する。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

処理中です...