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12 サレナール王国とライレフ王国の王太子

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 私とセブラナ様に睨まれたターズ様は焦った顔で後退りした。
 でも、すぐに足を止め、気持ちを落ち着けるためか深呼吸をすると、引きつった笑みを浮かべ、私たちに答える。

「別れるだなんて絶対に認めないよ。それは2人共だよ」
「大して会いたくもない妻と離婚しない理由を教えてくださいませ」
「セブラナ、僕が悪かったよ。つい、思ってもいないことを口にしてしまったんだ。許してくれ」

 そう言って、ターズ様はセブラナ様に近付いていく。
 思ってもいないことを口にしたという言い方はどうなのかしら。
 思ってもいなければ、そんな言葉も出てこないのでは?

 言い返したくなったけれど、セブラナ様がどう思うかわからないから黙っておく。

「セブラナ、もう一度聞くよ。僕の妻でいたいよね。別れるだなんて馬鹿なことは言わないよね」

 そう言って、ターズ様は彼女の両頬に手を当てて顔を上げさせた。

 目を見つめて言うことを聞かせるつもりだわ。
 
 私が割って入ろうとすると、レオナルド殿下が小声で話しかけてくる。

「君も一度、見ておいたほうがいい」
「ですが!」
「心配しなくていい」
「……わかりました」

 傍観していていいものなのか迷った。
 でも、レオナルド殿下も考えてのことだろうから、信じて見守ることにした。

 自分の妹を囮みたいにしているのもどうかと思うけど、魅了にかかった人間がどうなるのか、私に例を見せてくれるためよね。
 事前に許可を取ってはいると思うけれど、セブラナ様にとても申し訳ない気持ちになる。

 ターズ様はセブラナ様に集中していて、私たちの会話に気付いている様子はない。

「ねえ、セブラナ、わかってくれたかな」
「……はい。ああ! どうして、わたしは離婚したいだなんて言ってしまったのでしょう!」

 セブラナ様の目から大粒の涙がこぼれた。
 すると、レオナルド殿下が話しかける。

「セブラナ、帰るぞ」
「でも、お兄様!」
「ターズ殿下、妹との離婚の件は改めて私と話をしていただけますか」
「……どうしてあなたと? 離婚はしないと言っているじゃないですか」
「あなたといると、妹のになるからですよ。だから、私が話をします」
「妹を可愛いがる気持ちはわかりますが、そこまでいくとやり過ぎですよ」

 鼻で笑うターズ様に、レオナルド殿下は冷ややかな笑みを浮かべて言い返す。

「彼女は16歳で結婚し、今も17歳で成人の年齢には達していないんですよ。保護者が介入するのはおかしくありません」
「あなただって子供だろう!」
「私は20歳です。あなたよりも年上ですよ」
「馬鹿にしているんですか」
「いいえ」

 レオナルド殿下は嘲笑とも取れる笑みを浮かべて首を横に振った。
 ターズ様は舌打ちをしたあと、セブラナ様に話しかける。

「セブラナ、君は帰りたいか? 僕と一緒にいたいよね」
「……わたしは、その」

 涙を流しながら、セブラナ様はレオナルド殿下とターズ様を見た。

 レオナルド殿下は身を屈めで、私の耳元で小声で言う。

「リリララ妃……、ではなく、リリララ嬢、セブラナと目を合わせてやってくれ」
「……わかりました」

 リリララ妃と呼ばないようにしてくれたのは、応援してもらえている気がして、少し嬉しかった。

「セブラナ様、大丈夫ですか?」

 優しく声をかけてから、私よりも背の低いセブラナ様の顔を覗き込む。
 一体、何が起きるかはわからないけど、レオナルド殿下を信じてみましょう。

「は……、はい」

 頷いたセブラナ様を見つめると、放心したように口をぽかんと開けて私を見つめ返してきた。

 しばらくすると、セブラナ様が私に尋ねる。

「……わたし、一体、何をしていたんでしょうか」
「かなり混乱されているようですが、体調は悪くないですか?」
「体調は大丈夫なんですが、その、頭が混乱していて……」
「セブラナ、もう帰るぞ。おい、セブラナを頼む」

 レオナルド殿下は離れた場所で見守っていたセブラナ様の侍女に声をかけた。
 侍女は急いで駆け寄ってくると、眉間に皺を寄せているセブラナ様を連れて歩き出す。 

「行きましょう、セブラナ様」
「え、ええ。では、リリララ様、また後ほど」
「セブラナ、離婚は認めないからね。それからリリララ、君もだ。馬鹿なことを言うんじゃない」
「馬鹿なことではありません!」

 セブラナ様はターズ殿下に答える前に連れて行かれたので、私が相手をする。

「王太子殿下と結婚したからといって、離婚してはいけないという規則はありません」
「ワガママを言うのはやめてくれ!」
「自分のことを9番だなんて番号で呼ばれて、嫌な気分にならない人はいないでしょう!」
「直接呼んだわけじゃないんだから良いだろう! というか、誰からそんなことを聞いたんだ!? ルドか!?」
「直接呼んだわけじゃないから良いですって? あなたは良くても私は良くないんです」

 冷たい目をして言うと、ターズ様は私の両腕を掴んで叫ぶ。

「言え! 誰なんだ! 誰が僕が君のことを9番だと呼んでいるだなんて言ったんだ!」
「……全てのあなたの妻が私を正妃だと認めていると思うんですか?」
「……ルドじゃないのか? それなら何番目の妻だ」
「あなたはやはり、妻を番号で呼んでいるんですね」
「ち、違う!」
「違わないでしょう」

 これ見よがしにため息を吐いてから、言いたいことを言わせてもらう。

「たとえ、私のことを番号で覚えていなかったとしても、他の妻を番号で覚えている人の妻でいたくはありません!」
「リリララ! いい加減にしろ!」

 ターズ様が右手を振り上げると、レオナルド殿下がターズ様の手首を掴んだ。

「ターズ殿下、暴力はおやめください」
「放してくれ! これは暴力じゃない! リリララは僕の妻だ! 僕がリリララをどう扱おうと、あなたにどうこう言われる筋合いはない」
「夫婦だからといって暴力をふるって良いわけではないんですよ。それに、暴力を止めることができるのに黙って見ていることのほうがおかしいでしょう」
「愛があるから暴力じゃないんです! 夫婦間の問題だと言っているでしょう! 第三者は黙っていてください!」
「無理に決まっているだろ」

 レオナルド殿下に睨みつけられたターズ様は唇を噛んで、レオナルド殿下の手を振り払った。
 そして、不貞腐れたような顔で私に謝罪する。

「悪かったよ。カッとなってしまった」
「暴力をふるおうとする人と一緒になんていられません。お願いですから離婚を」
「絶対にしない!」
「ターズ殿下」

 声を荒らげたターズ様にレオナルド殿下が話しかける。

「少しよろしいでしょうか」
「……なんでしょうか」
「離婚の話はお二人で納得いくまで考えれば良いと思いますが、リリララ嬢をここに置いておけば、あなたは暴力で彼女を支配しようとするでしょう。ですので、我が国でリリララ嬢を保護します」
「……なんだって?」

 ターズ様は目を見開いて聞き返した。


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