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9  7番目の妻からの手紙

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「あの、返してください!」
「ターズ様! なんてことをするんですか! 失礼なことはおやめください! 危ないものかどうかの確認は他の者にさせたら良いでしょう!」

 セブラナ様と私が訴えても、そんなことは意に介さずに、ターズ様は側近に手紙を渡す。

「アーロ、内容を確認するから封を切ってくれ」
「承知しました」

 側近は躊躇う様子など見せずに手紙を受け取り、ペーパーナイフを上着の内ポケットから取り出した。

「スーリ卿! これは命令よ! 今すぐセブラナ様に手紙を返しなさい!」

 今にも泣き出しそうになっているセブラナ様が見ていられなくて、側近に叫んだ。

「これはぼくの個人的な判断ではありません。ターズ様からの命令に従っているだけです。ぼくはリリララ様の側近ではありませんので、その命令には従えません」

 盲目的にターズ様に仕えている、側近のアーロ・スーリ伯爵令息はそう答えると、封を切り、中身を取り出してターズ様に手渡した。

「どうぞ、ターズ様」
「悪いな。ありがとう」
「やめてください! 読まないでください!」

 セブラナ様がターズ様に駆け寄って懇願する。

「わたしを信じてください! お願いです!」
「セブラナ、どうしてそんなに嫌がるんだ? そんなに動揺しているところを見ると、僕に読まれたくないことを書いているのかと思ってしまうな」
 
 ターズ様が意地の悪い笑みを浮かべた。

 視界の隅で、レオナルド殿下が私の護衛に話しかけているのが見え、少しだけ苛立つ。

 自分の妹が私宛に書いた手紙を、相手が夫とはいえ勝手に見ようとしているのに何も言わないだなんて、何のために付いてきたのよ!

 それにしても、ターズ様には我慢ならない!

 ターズ様に手を上げたら地下牢行きだけど、それくらい我慢できる!

 そう思えるくらいに苛立ちがピークに達していた。

 殴ってしまおうと思い、侍女から扇を受け取ろうとした時、ターズ様の叫び声が聞こえてきた。

「……な、なんだ、これは!」
「だから読まないでくださいって言ったじゃないですか」

 セブラナ様が耳まで真っ赤にし、両手で顔を覆って言った。

「わ、悪かった。まさか、こんなことが書いてあるとは思わなかったんだ。リリララ、君に渡すよ」

 ターズ様まで顔を赤くして、私に手紙を渡してきた。
 
 どんなことが書いてあったのか気になる。
 でも、今はそれよりもターズ様への怒りの感情が勝った。

「ターズ様、今後はこのような馬鹿な真似は二度としないでくださいませ。手紙に検閲が必要だとしても奪い取るだなんてありえませんし、担当者にお任せください」
「悪かったよ。これからは配慮する。これでいいかな」
「謝れば良いというものではありませんわ。反省していなければ意味がありません」

 ターズ様を睨みつけてから手紙を封筒に戻し、表情を緩めてセブラナ様に声を掛ける。
 
「ターズ様が失礼なことをしてしまい申し訳ございませんでした」
「……リリララ様は悪くありませんので、謝らないでください」
「寛大なお心に感謝いたします。そして、改めてお手紙をありがとうございます。部屋に戻って拝読させていただきますね」
「お願いします」

 セブラナ様が両手を顔から離し、涙目で私を見上げて頷いた。

「セブラナ、ごめんね。お詫びに君の好きなスイーツを用意するから、一緒に食べよう」
「……はい。ありがとうございます」

 ターズ様に話しかけられたセブラナ様は俯いたまま、首を縦に振った。
 ターズ様がゼブラナ様を連れて行こうとすると、レオナルド殿下が声を掛ける。

「ターズ殿下、私はどうしたら良いんでしょうか」
「自由にしてくださって結構ですよ。ですが、常識の範囲内でお願いします」
「……常識のない人物に言われてもな」

 ぼそりとレオナルド殿下が呟く声が聞こえた。
 驚いて彼を見ると、ターズ様が眉根を寄せて尋ねる。

「今、なんと言いましたか?」
「いえ、独り言ですので、お気になさらず」
「……そうですか」

 ターズ様は疑いの目をレオナルド殿下に向けた。
 レオナルド殿下は動じていないようで、飄々とした顔をしている。
 お互いに王太子という立場だからか、敬語は使ってはいる。
 でも、遠慮しているようには見えない。

 ターズ様が黙っているからか、レオナルド殿下は軽く頭を下げる。

「では、ターズ殿下、妹をよろしくお願いします。セブラナ、わかってるな?」
「……はい!」

 両手に拳を作ってセブラナ様が頷くと、レオナルド殿下は背を向けて歩き出した。

 慌てて、見張り役の兵士がレオナルド殿下を追っていくのを見て、ターズ様に問いかける。

「レオナルド殿下のお相手は誰がするのでしょうか」
「どうしてそんなことを聞くんだ」
「突然の来訪とはいえ、レオナルド殿下はお客様です。自由にして結構だなんて失礼すぎますわ」
「手配しておくよ。行こう、セブラナ」

 ターズ様は不快感を顕にして答えると、セブラナ様を促して歩き出した。

 セブラナ様とターズ様を二人きりにして大丈夫かしら。

 手紙を胸の前で握りしめ、歩いていく2人を見送っていると、護衛の1人が近寄ってきた。

 先ほど、レオナルド殿下と話をしていた護衛だ。

 何を話していたのか聞いてみようと思った時、護衛が小声で言う。

「レオナルド殿下から、セブラナ様が書いたリリララ様宛の手紙を預かっています」
「……ありがとう。執務室で受け取るわ」

 わざとセブラナ様の持っている手紙に目を向けさせて、その隙に私宛の本当の手紙を護衛に渡したのね。

 そうすれば検閲を通さずに読むことができる。

 セブラナ様のもう一通の手紙の内容も気になる。
 でも、護衛に渡された手紙の内容も気になる。
 
 はやる気持ちを抑えて執務室へ移動する。

 護衛も一緒に中に入ってもらい、手紙を無事に受け取った。

 まずは、ターズ様に読まれてしまった手紙に目を通す。

 リリララ様の書く文字は小さいけれど綺麗な文字で読みやすい。
 内容は女性の月のものの話や、ターズ様との夜の話についてだった。

 セブラナ様はまだ、ターズ様と関係を持っておらず、どんな風にすればターズ様が喜ぶのかなどのことが書かれていた。

 ターズ様が読もうとすることを予想して、フェイクとしてこの手紙を渡し、その間に本当の手紙を護衛に渡したんだわ。

 侍女に渡さなかったのは、怪しまれる可能性があるからか、もしくは女性が苦手だからか。

 ……怪しまれる可能性のほうが高いかしらね。
 護衛と話をするのであれば、城の警備面の話などをしていたなどと誤魔化すこともできる。

 それにしても、あの時、ターズ様はどうして顔を赤くしたのかしら。
 自分のことが書かれていたから?

 今はターズ様のことを考えるのをやめよう。

 次に護衛に渡された手紙に目を通す。

 セブラナ様の文字で、一番最初に謝罪の言葉が書いてあった。

 あんな手紙を書いたのは、ターズ様が見ると思ったからで、彼女なりの嫌がらせだったらしい。

 大人しくて優しそうに見えたけれど、見た目通りというわけではなさそうね。

 実際はターズ様への愛情はなく、なぜ、自分が彼と結婚したのか本当にわからないし、彼女の両親も結婚を認めてしまった理由がわからないと言っていると書かれていた。

 レオナルド殿下だけが、ターズ様の不思議な力に惑わされなかった。

 だから、ターズ様の力に気付けたのね。

 手紙は、ターズ様たちにが知られないように会って話がしたいと締めくくられていた。

 私もセブラナ様たちと話がしたいわ。
 どうコンタクトを取ろうか考える。

 王妃陛下に協力してもらって、ターズ様を少しの時間だけでも捕まえてもらおうかしら。

 その間、セブラナ様と仲良くなりたいと言って、私がお相手するように持っていけば会話をしていても怪しまれないはず。

 だって、ファナ様の時は仲良くしろと言ってきたんですものね。
 今更、文句は言わせないわ。

 ターズ様の複数の妻の件で相談にのってほしいという嘘の理由で、王妃陛下に時間をとってもらった。

 詳しい事情は話せないが、ゼブラナ様たちと話す時間がほしいとお願いすると、意図を察してくれたのか、王妃陛下は快く承諾してくれた。

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