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8  紫色の瞳を持つ王太子

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 王妃陛下と話をした翌朝、かなり早い時間に目を覚ましてしまった。


 目を閉じても眠れないし、窓の外を見ると空は明るい。
 まだ侍女やメイドの勤務時間ではないから、護衛を連れて中庭を散歩することにした。
 
 朝の空気はひんやりしていて、少し肌寒い。
 でも、この温度も頭がスッキリする気がして、今は心地よかった。

 あの後、考え方を変えて調べ直してみた。
 
 今までは留学先の国で気に入った人を妻にしているのだと思い込んでいた。
 でも、実際は違っていた。

 ターズ様が妻に迎えた人の国は、世界の軍事力をランク付けしたもので確認すると、1位から10位に該当していた。

 サレナール王国を含め、他9国を支配下にすれば、戦争になることを恐れて無条件降伏する国も現れるかもしれない。

 どうすれば良いの。
 王族や王族関係者で味方になってくれそうなのは王妃陛下だけ。
 私には他国の王族に知り合いはいない。

 ……いや、いるけど、相手は側妃だから私を嫌っている。

 今、考えても答えは出てこない。

「散歩を終えたら、朝食の前に仕事でもしようかしら」

 今日は朝から、7番目の妻のセブラナ様にお会いしないといけないものね。

 仕事の段取りを考えながら歩いていた時、城の渡り廊下に若い男性が立っているのが見えた。

 よく見てみると男性は1人ではなく、城の兵士が近くに立っていることがわかった。

 男性は黒髪の短髪に切れ長の目を持つ美丈夫だが、近寄りがたいオーラを醸し出している。

 男性の名前はレオナルド・エスト様だ。
 ライレフ王国の王太子で、ターズ様の7番目の妻であるセブラナ様の兄にあたる。

 白いシャツに黒のズボンというラフな格好なのに、顔が綺麗だからか、立っているだけで絵になっているのだからすごいわ。

 レオナルド殿下が私に気が付いたようなので、私から挨拶に行く。

「おはようございます。ようこそ、サレナール王国へ。わたくし、王太子妃のリリララと申します。ライレフ王国の王太子殿下にお会いできて光栄ですわ」
「おはよう。思った以上に早く着いてしまって迷惑をかけたな。それに、俺はここに泊まる予定ではなかったのに、王妃陛下のご厚意で世話になることになったんだ」
「迷惑だなんて、とんでもないことでございます」

 近づいて見てみると、レオナルド様の瞳も私と同じ紫色であることがわかり、急に親近感が湧いた。

 ライレフ王国では紫色の瞳はどう言われているのかわからない。
 ただ、今の私にとっては、ターズ様たちに対抗できる希望の色だった。

 どうして、レオナルド殿下が一緒に来たのか理由がわかったような気がするわ。

 レオナルド殿下は、ターズ様の不思議な力に気がついたのかもしれない。
 
「サレナール王国の王太子妃に聞きたいことがある」
「……何でしょうか」
「どうして自由にさせた」
「……ターズ様のことをおっしゃっているのでしょうか」
「そうだ。正妃がしっかりしていなかったから、こんなことになったんじゃないのか」

 厳しい口調で言われ、一瞬怯みそうになった。

 レオナルド様の言いたいことはわかる。

 過去の私がもっとターズ様の動きを確認していれば、自分の妹が毒牙にかからなかったと言いたいのでしょう。

「レオナルド殿下、誠に申し訳ございません。言い訳にしかなりませんが、私が他の妻の存在を知ったのは結婚してからのことなのです。ターズ様は私の周りに、そのことを伝えないように徹底していました。それから、ターズ様の留学につきましては、私が決めたことではございません」
「……ああ、くそ。八つ当たりするつもりじゃなかったのに」

 レオナルド殿下はこめかみを押さえて言った。

「申し訳ございません」

 頭を下げると、レオナルド殿下が眉間に皺を寄せる。

「謝るな。今のは俺が悪い。父上も母上もセブラナとターズ殿下との結婚を認めたんだから、こっちにも責任はある」
「いいえ。ターズ様に抗うことは難しかった、いえ、できなかったと思います」

 ターズ様の不思議な力が男性には服従として効果が発揮されるのであれば、ライレフ王国の国王陛下は、ターズ様の決定に従うしかなかったでしょう。

「リリララ妃は何か知っているのか」
「……確証があるわけではありません。ですが、こうではないかという仮説はたてています」
「そうか」

  レオナルド殿下は近くにいる警備兵らしき兵士に目を向けた。

 これ以上、人に聞かれてはいけない話をするわけにはいかないといったところかしら。

「庭園は自由に散策していいと言われていたが、大人しく部屋に戻ることにする。それから、君と俺は
「承知しました。私とレオナルド殿下は、にお会いする時が初対面です」
「それで良い。それから、ある言葉が口癖になってるが、それは妹が結婚してからの口癖だ。忘れてくれ」
「承知いたしました」

 『くそ』という言葉のことよね。

 相手がターズ様じゃ、そう言いたくなる気持ちもわかるわ。

 レオナルド殿下が立ち去ろうとした時、伝えておきたいことを思い出して、慌てて呼び止める。

「お待ちください、レオナルド殿下、一つだけよろしいでしょうか」

 立ち止まってくれたレオナルド殿下にお願いすると、話せと言うことなのか無言で私を見つめた。

「セブラナ様の意思を優先しなければいけないことはわかっています。ですが、セブラナ様はターズ様と離婚したほうが良いかと思います」
「言われなくてもわかってる」

 素っ気なく答えると、レオナルド殿下は歩きだした。
 かと思うと、すぐに足を止めて振り返る。

「さっきは悪かった」
「……さっき?」

 何のことかしら。

 一瞬考えたあと、何を謝ってきたのかわかって首を横に振る。

「私も無関係とは言えませんし、レオナルド殿下が何か言いたくなるお気持ちは理解できます」
「無関係と言えないのはお互い様だ。俺が君を責める資格はない」
「……ありがとうございます」

 なんと返したら良いのかわからなくて、お礼を言うと、レオナルド殿下は今度こそ私に背を向けて城内に入っていった。

 彼は私のことをターズ様やセブラナ様からどんな風に聞いているのかしら。
 セブラナ様に協力を求めようと思ったけど、あの様子では無理そうね。

 レオナルド殿下は私のことを嫌っていそうだもの。
 
 呼ばれてもいないのに、ここまで付いてきたということは、それだけ妹を大事にしているということだわ。
 その大事な妹を唆した男の正妻なんて、本当は顔も見たくもないわよね。



******



 朝食後、正式にレオナルド殿下と顔を合わせることになった。

「セブラナ・エストと申します」
「レオナルド・エストだ」

 セブラナ様は黒の艷やかなストレートの長い髪を持つ美少女だった。
 恥ずかしがり屋なのか、小さな体をより縮こまらせていて可愛らしい。
 たしか、私やターズ様の2歳年下の17歳だと記憶している。

 レオナルド様が来ていることを知らなかったのか、ターズ様は忌々しそうに彼を見て舌打ちをした。

 レオナルド様の瞳の色が私と同じ紫色だから、気に入らないといったところかしら。

 王妃陛下が教えてくれたことは、やはり正しいみたいね。

 セブラナ様の瞳は紫じゃなくて赤い。
 私に敵意を向けてくる様子は見えないから、先祖に紫色の瞳を持つ人がいるのでしょう。

 だから、セブラナ様もターズ様の不思議な力から、すぐに冷静に戻ることができたんでしょうね。

 離婚したいのは山々だけど、今は陛下たちの企みを潰すほうが先かしら。
 私ならターズ様たちの企みを潰せる可能性が高い。

 企みが明らかになれば、ターズ様たちは捕まるし、高確率で処刑される。
 でもその時、私や王妃陛下が巻き込まれるのは困る。
 それまでに離婚しなければならないし、一人だけでは厳しいから協力者がほしい。

「……あの」

 セブラナ様に話しかけられて我に返り、慌ててカーテシーをする。

「長旅お疲れ様でございました。はじめまして。リリララと申します」 
「セブラナと申します。あのっ、……手紙の返事をありがとうございました」

 セブラナ様の声は見た目と同じく小さくて可愛らしい。
 こんなに可愛らしい人がターズ様の毒牙にかかったのかと思うと腹立たしい。

 ファナ様たちの時は何も思わなかったのに、セブラナ様の時だけこう思うのは失礼かしら。

「いえ。こちらこそ、お手紙をいただきありがとうございました」
「あの、それでまた、お手紙書いてきました!」

 ピンク色のドレスがよく似合うセブラナ様は両手で手紙を差し出してきた。

「ありがとうございます! 嬉しいです!」

 返事をもらえるだなんて思っていなくて、予想外の出来事に頬が緩んだ時だった。

「待て。リリララが傷付くような内容だったら困る。まずは僕が読んでからリリララに渡すことにする」

 ターズ様はそう言うと、セブラナ様の手から手紙を奪い取った。

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