辺境伯令息の婚約者に任命されました

風見ゆうみ

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27 覚悟は必要よ

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 アイリス様とお知り合いになれたパーティーの日から数日たった、ある日の昼。

「クレア、報告しておきたいことがあるんだが」
「どうしたの?」

 庭で犬と戯れていると、イーサンが深刻な表情で近付いてきたので、犬から離れて聞き返す。

「ムートー子爵なんだが」
「……彼がどうしたの?」
「どうやら、悪い奴らと付き合いをはじめたようで」
「どういうこと?」

 予想もしていなかった話なので、焦って先を促した時だった。

「きゃー! いたいた、イーサン!」

 門のほうから声がかすかに聞こえて、2人で一斉にそちらに目を向けると、レモン色のドレスに身を包んだレーナらしき人物が、こちらに向かって手を振っていた。
 彼女の後ろには彼女が乗ってきたであろう馬車が見える。

「……イーサン、あなた、呼ばれてるけど、約束でもしてたの?」
「いや、してない」

 イーサンは呆れた表情で答えたあと、慌てて私を期待のこもった目で見てくる。

「何よ?」
「も、もしかして、クレア……、ヤキモチ?」
「約束してたか聞いただけなんだけど?」
「なんだ……、違うのか」
「……浮気は駄目よ、イーサン。しかも堂々と」
「浮気なんてしてない! 酷い! 俺にはクレアだけなのに!」
「……そうね。ごめんね。知ってるわよ?」

 シュンとするイーサンの頭を背伸びをして撫でてあげると、彼は嬉しそうに微笑んだ。

「ちょっと、イーサン!」

 門からポーチまでの道のりが遠いので、結局、すぐ近くまで馬車に乗ってきたレーナは、馬車から降りてくるなり言う。

「イーサンからの連絡を待ってたんだけどぉ!」
「連絡するなんて言った覚えはないが。それに勝手に入ってこないでくれ。あとで、門番は夕食を抜きの刑にしないと」

 罰としては軽い気もするけれど、相手がレーナ嬢だから良いということにしたのかしら。

「普通はしてくるでしょ~!」
「どうしてだ?」

 イーサンは心底不思議そうな顔をして大きく首を傾げた。
 すると、レーナ嬢が叫ぶ。

「いや~ん、イーサンってば、可愛い! 首なんか傾げちゃって!」
「クレアの方が可愛いぞ?」
「そんな訳ないって~!」
「そんな訳ある!」

 そんな訳はない。
 可愛さのレベルはイーサンのほうが見た目も性格も上だ。

「もしかしたら、あれなのか? クレアが何をやっても可愛いのは、恋の病というやつなのか?」
「それはあるかもしれないわね。そうじゃないと、私が可愛いなんて思えないだろうから」

 イーサンの質問に答えてやると、彼は私を見つめたあと、レーナ嬢に視線を移して言う。

「悪いが、俺は恋の病にかかっていて治りそうにないから、俺のことは忘れてくれ」
「よく見て、イーサン! そんな人より、私のほうが可愛いから~!」
「……そうか?」

 イーサンは私とレーナ嬢を見比べて、眉をひそめる。

 イーサンってもしや目が悪いとかかしら。
 でも、目が悪かったなら、戦地とかでは不便だっただろうし、やはりこれは、イーサンの言う、恋の病というやつなのかしら?

「うーん、やっぱり俺はクレアのほうが可愛いと思う。もちろん、君のほうが可愛いという人間もいるだろうが、俺は違う。だから、用がそれだけなら、お引取り願おう」
「え!? そんな、どうして私の魅力がわからないのよ~!?」
「魅力も何も君は俺との婚約を解消したじゃないか。婚前交渉については、俺は君とは結婚後ではないと駄目だと思ったが、クレアとなら、許されるなら今すぐにでもと思うくらいに好きなんだ!」
「やめなさい」

 暴走しかけているイーサンを止めてから、私はあることを思いついた。

「イーサン、ちょっと」
「なんだ?」

 屋敷の裏にまわり、薪を作るために切られた丸太が置かれている場所に行き、イーサンが持てそうな大きさのものを指差して続ける。

「あれを私だと思って抱きしめてちょうだい」
「いいけど、力の加減が出来るかな」
「薪を作るものだから、折れてもいいんじゃないかしら」

 詳しいことはわからないので、駄目だった場合は後で謝ろう。
 
「とにかく持っていってくれる?」
「わかった」
 
 イーサンは頷いて小さめの丸太を持ち上げる。

「彼女の前で抱きしめるのよ?」
「わかった」

 イーサンは自分の体の半分以上ある太さの丸太を持ち上げると、私と一緒にポーチまで戻った。
 そして、大人しく待っていたレーナ嬢に言う。

「イーサンと結婚したいなら、覚悟が必要よ? いい? よく見ててね! ほら、イーサン、抱きしめて!」
「わかった!」

 イーサンは大きく頷くと、私に言われた通り丸太を抱きしめた。
 するとすぐに、イーサンの腕の中の丸太はバキバキと音を立てて、無惨なバラバラ死た……じゃなく、バラバラになった。

「……こうなる覚悟がおありなら復縁しても良いかと思われますよ?」

 私が言うと、青ざめた顔をしたレーナ嬢は大きく首を横に振って言う。

「……イーサンのことは、諦めることにします」

 思ったよりも賢かったみたいで良かったわ。
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