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6−1  狂気 (ビアラ視点)

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 ビアラが外出したのは、もちろんオルザベートを誘い出す為だった。

(大人しく待ってるのは性に合わないのよね…)

 動きやすい膝上丈の水色のワンピースに紺色のカーディガンを羽織ったビアラは、何か動きがあるまでは買い物でもしようかと、店を物色しながら歩いていた。
 けれど、ビアラが一軒目に入らない内に、ロンバートが近付いてくるなり、ビアラに向かって言った。

「一緒に来い。オルザベートが話をしたがってる」
「何よ、偉そうに。一緒に来て下さいじゃないの?」
「偉そうにしているのはお前だよ。いいから、大人しく付いてこい」
「構わないけど、どこに行くわけ?」
「一々うるさい!」
「ロードウェル、あなた、自分の置かれてる状況はわかってるの? 私に何かあったら、あんただけじゃなく、トゥッチの人生も終わりよ?」

 ビアラはロンバートの後ろを付いて歩きながら続ける。

「トゥッチと子供と一緒に暮らしたくないの?」
「暮らしたいに決まっているだろ! だから、オルザベートの所へ来たんだ」
「その割に、トゥッチの言いなりで、幸せな生活を送りたいというより、トゥッチの側にいられれば良いみたいになってるけど?」

 ロンバートは立ち止まり、ビアラを睨み付けて言う。

「それの何が悪い? エアリスに近付けさせなければ…。オルザベートが僕の事だけをみてくれればそれでいいんだ」
「子供の事は?」
「二人での生活が落ち着いたら迎えに行く。もしくは…」
「もしくは?」

 ビアラが先を促すと、ロンバートは何か思い詰めた様な顔をしただけで、その先の言葉は発さなかった。

(何か、ロードウェルの様子がいつもと違う感じがする。何でかしら?)

 頭の中で警鐘が鳴った気がして、ビアラは歩みを止める。
 けれど、そこで引き返す事を、ロンバートは許さなかった。

「おい、何をしてるんだ。早く来い」
「何をしたいわけ?」
「お前なんかに答える筋合いはないだろう!」

 怒鳴り散らしてきたので、ビアラはため息を吐いてから、ロンバートの後ろを、また付いて歩き始める。
 しばらくすると静かな住宅街に入っていき、その中の一軒の家の前でロンバートは足を止めた。

「こっちだ」
 
 家の鍵はかけられていない様で、ロンバートは扉を開くと、中へ入るように促してきた。
 用心しながら中へ入ったビアラは、入ってすぐにある右側の扉が大きく開け放たれているのに気が付いた。

 扉の向こうはリビングダイニングらしく、ピンク色のカバーがかけられたソファーに、オルザベートとオラエルが寄り添って座っているのが見えた。

「よく来てくれたわね」
「あなたからのお誘いだから来たんじゃないの」

 立ち上がって言うオルザベートに、ビアラは部屋の中には入らず、エントランスに立ち止まったまま、言葉を返した。

(逃亡生活がこたえてるのか、もしくはエアリスに会えない事がこたえてるのか、同じ年だとは思えないわね)

 ビアラがそう思ってしまう程に、オルザベートの髪は傷んで乱れ、肌荒れもすごかった。

「ティンカー、あの女を殺してよ!」
「無理だ! 僕は人殺しなんかしたくない!」
「私の為じゃない! どうして出来ないのよ!?」
「それはこっちのセリフだよ、オルザベート! どうして、君はいつまでたっても、エアリスの事が忘れられないんだ!」

 オラエルの悲痛な叫びが部屋中に響き渡る。

「私にはエアリスしかいないからよ」
「僕がいるだろ!」
「いや、違う! 僕がいる!」

 オラエルの後にロンバートが叫んだ。

(何を見せられてるのかしら? そこまで暇じゃないんだけど…)

「そんなに私を好きなら証拠を見せてよ! この女を殺してちょうだい! そうしたら、エアリスの次に好きになってあげるわ」

(意味がわからない)

 ビアラがそう思った時だった。

「僕がやる」

 そう言って、ロンバートが着ていたジャケットの内ポケットからナイフを取り出した。

「そうよ、ロンバート! 私とエアリスの為に、その女を殺して!」

 オルザベートがビアラに近寄り、彼女の身体を捕まえようとした時だった。

「ああああああっ!」

 叫び声と共に、ロンバートがナイフを両手でつかみ、ビアラの方に向かってきた。

 避けようとしたビアラだったが、すぐに動きを止めた。

 なぜなら、ロンバートがナイフを向けた相手はオルザベートであり、ナイフの切っ先がオルザベートの脇腹を切り裂いたからだった。
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