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22 臨戦態勢でのぞみます

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「一体なんなんだよ?! 大体、今日は休めって言っただろ!」

 ユウヤくんは執務室にやってくるなり、ラス様に叫んだ。

「そういうわけにもいかなかったんですよ」
「ごめん、私が呼び出した」

 ついてはいけない嘘ではないと思って言うと、リアも手を挙げて言ってくれる。

「私もラス様に話をしたくて」
「ふうん? で、ラスはなんだよ」
「ちゃんとあなたの口から説明しなさい」

 私とリアが並んで座っているから、ユウヤくんはラス様の隣に腰を下ろしたので、ラス様は虹色の封筒をテーブルの上に置くと、横に滑らせた。

「これは」
「差出人はマーガレット・ウッグス。伯爵令嬢です」
「う」
「知らない訳がありませんよね?」

 ラス様にすごまれ、ユウヤくんは視線を泳がせる。

「知ってるんだね」

 真正面に座っているユウヤくんを軽く睨んで言うと、うなだれてから口を開く。

「知ってるよ。妄想癖で有名な奴だろ?」
「「妄想癖?!」」

 リアと同時に反応すると、ユウヤくんは観念したように話し始めた。

「自分が考えた妄想がいつの間にか、本当にあった事だと感じはじめるんだよ」
「んー。たとえば、私が頭の中で、ユーニとユウヤくんとラス様が3人で」
「ちょっと待って」

 リアが次に何を言い出すかが予想できて、慌てて止める。
 ラス様も同じように思ったのか、立ち上がってリアを止めにかかろうとしていた。

「何を言うかわからないでしょ?」
「リアの脳内は本で読んだ恋愛小説におかされてるでしょ」
「まあ、否定はしない」
「なんの話だよ?」

 リアと私のやり取りを見て、ユウヤくんだけが不思議そうにするので、ラス様が耳打ちした。

「な! 何考えてんだ、リアちゃん!」
「私は何も言ってませーん」
「リアちゃん、ユウマに言うぞ」
「何も言ってないってば!」
「ちょっと、それはもういいから、ユウヤくんは先を続けて!」

 話が脱線しはじめたので、軌道修正に入る。
 私に叱られたからなのか、よほど言いづらいのか、ユウヤくんは逡巡したあと、重い口を開いた。

「よくわからねぇけど、なんか言いたい放題言われてんだよ」
「ウダウダ言わずに早く言え」

 ラス様がユウヤくんの横腹を小突いた。

「オレと色々とあったみたいな事を」
「その色々とが何を言ってるのかわからないけど、何かあったの?」
「ねえよ」
「なら、なんではっきりした物言いが出来ないの?」

 強く言うと、ユウヤくんはなぜかラス様に助けを求めるように視線を送る。

「何を言いよどむ事があるんですか」
「なんか、自分で言うのは違うような気がすんだよ」
「別におかしくないから言えばいいですよ」
「・・・・・」

 ユウヤくんは押し黙ったあと、私の方を見る。

 何をもったいぶる事があるのよ?

「いや、なんつーか、ウッグス伯爵令嬢はオレが好きみたいで」
「うん」
「同じようにオレを好きだっていう女性をターゲットにしていじめたりするらしい」
「いじめ・・・・・」

 ぽつりと言ってから、眉根を寄せて聞き返す。

「そんな所に何も言わずに送り出そうとしてたの?!」
「そうよ! いくらなんでも、それはひどいんじゃない?!」

 リアが身を乗り出して、ユウヤくんに怒ってくれる。

「わかってたよ。だけど、言ったら嫌われそうな気がして」
「なんでそうなるの。逆に知らずに行かされてたら嫌いになるかもしれないよ」
「ラスが気付いて言うと思ったんだよ」
「それは、ある意味予想通りだったね」

 ラス様が気付いてくれたから、こうやってユウヤくんの口から聞けてるわけだし。

 皮肉交じりに答えると、ユウヤくんは小さな声で言う。

「嫌いになったか?」
「それくらいでなりません!」

 きっぱり答えると、彼の表情が明るくなった。

 嫌われたくないと思ってもらえるのは嬉しいけど、どうしていつも大事な事を隠そうとするんだろうか、この人は。

「そういう所は昔から変わりませんね」
「本当にそう思います」

 ラス様が呆れた表情で言うので同意する。

「皆さ、盛り上がってるとこ悪いけど、お茶会の日付を見た?」

 リアが何やら意味ありげに言うので、ラス様が慌てて確認すると、がっくり肩を落とした。

「すみません、見落としていました」

 ラス様はそう言って、招待状を私に渡してくれた。
 手に取って確認すると、定型文の挨拶のあとに、お誘いの言葉、そして。

「日付は差し出した日からの一週間後?」

 声に出して読み上げてから差出日を探す。
 差出日は5日前。
 という事は。

「2日後?! しかも3日前に返事がなければ出席とみなすなんて書いてあるんですけど?!」
「よっぽどの理由がない限り、行かないといけないわけです。この時点から意地悪がはじまっているようですね」

 ラス様が気の毒そうに見つめてくる。

「ま、私もいるから大丈夫よ」

 リアが私の肩をたたいて、頼もしいことを言ってくれた。

「ありがとうリア」
「とりあえず、お茶会の準備があるでしょうし、今日はお開きにしましょう。バーベナ嬢については日を改めて。ユウヤ」
「なんだよ」
「リアさんの分もそうですが、お茶会に行く際のドレスやアクセサリーが必要なら買うようにして下さい」
「了解」

 それから、皆で部屋を出るのかと思いきや、リアがラス様に話があるから先に戻るように言うので、ユウヤくんと二人で部屋を出る。

 しばらく無言で歩いていたけれど、ユウヤくんが口火を切った。

「怒ってる?」
「怒ってはないよ」
「じゃあ、なんだよ」

 ギュッと手を握ってきたので、握り返しはせずに答える。

「ユウヤくんって、そんなに私が信用できない?」
「そんなんじゃねぇよ。ただ、余裕がなくて」
「余裕?」
 
 ユウヤくんはそっと私の頬に触れると、悲しげな顔をして言った。

「オマエが本当にラスを選びそうだから」
「な、なんで?!」
「そんな気はねぇのかよ?」
「そりゃ、気になるのは確かだし、ラス様の気持ちが嬉しいのも事実だけど、ユウヤくんよりも恋愛面で好きだと思ったことはないよ」

 大事な事だと思ったから、目を見て伝えると、ユウヤくんは人が通る廊下だというのに抱きしめてきた。

「ユウヤくん?!」
「キスしたい」

 耳元で囁やかれ、耳をなめられた。
 全身に電流が走るような感覚を感じて、身体が跳ねて、思わず声が漏れる。

「んっ」
「可愛い声。ココ、弱いのか?」
 
 そのまま耳をかじられて身体がゾクゾクしてきた。
 というか。

「止めないと怒るよ!」
「調子にのりました」
「もう!」
 
 こんなやり取りを何回もしてる気がする。
 今回は私が悪かったから許す。
 婚約者がいるのに、他の人が気になるなんて優柔不断なこと、この上ないもんね。
 いや、それはそれでおかしくもないの?
 わからない!

 まだ、身体がゾクゾクするけれど、これからの戦いに備えて気分を切り替える事にした。




「ミランダ様にも招待状が行ってて良かった」
「出席する旨のお返事をしていて良かったです。ちょうど私のお友達も来ると言ってましたから紹介いたしますね」

 お茶会当日、私とリア、ミランダ様はウッグス邸の近くにある公園にいた。
 お茶会の件のせいで、ラス様に話をするのをすっかり忘れていた事を思い出したから。

「少し早く着きすぎたようですね」

 ウッグス邸の近くを見に行ってくれていたジンさんが、私達に向かって笑顔で言った。
 今日は騎士団の制服を来ているからか、一段とカッコ良く見える。
 今日はミランダ様へのせめてもの罪滅しに、ジンさんに護衛の一人として付いてもらった。
 今日のジンさんは素敵、と私でもそう思うのだから、彼女は余計にそう思ってるだろうなと思い、横に立つミランダ様を横目で見ると、やはり彼に目が釘付けになっていた。

 焦げ茶色の髪と同じ色の瞳。
 ウェーブのかかったボリュームのある長い髪をそのままおろし、ピンク色の小花柄のコサージュをつけている彼女、ミランダ・レイブグル伯爵令嬢はピンク色のリボンを基調としたドレスに身を包んだ、お人形さんのように可愛らしい御令嬢。

 彼女はジンさんに片思い中なので、なんとかしてあげたいのだけど、ジンさんを見ると恥ずかしくなって、まともに会話ができなくなってしまう為、そのせいで一向に彼に思いが伝わらないでいる。

「そういえば、ユーニ様、ご存知であれば良いのですが」

 ミランダ様が我に返り、こちらを見て言葉を続ける。

「ユーニ様が来られると聞いて、バーベナ様も出席なさるようです」
「え?! バーベナ様って?」

 私よりも先にリアが反応して聞き返す。

「バーベナ・インダーリッド家の御令嬢です」
「最悪」

 名前を聞いて、ついつい口に出してしまった。

 とうとうラス様の元婚約者とも初顔合わせですよ。
 まあ、なんとかなるよね?
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