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18 サナトラの夜

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「肝を冷やしましたよ」

 ラス様は大きく息を吐き、服を掴んだままだった私の手を取った。

「ワガママを言ってもいいとは言いましたが」
「ごめんなさい。でも、ラス様、あのままどっか行っちゃいそうな気がして・・・・・」

 ラス様の手を握って、言葉を続ける。

「私はラス様の愛人になる予定ですから。遠くに行かれては困るんです」
「・・・・・っ」

 声にならない声を上げたあと、ラス様が笑い始めた。

「なんで笑うんですか!」
「王太子殿下の申し出を受ければ良かったのに、と思いまして」
「そうしたら、ラス様、どっか行っちゃうじゃないですか!」

 握っていた手を強くした時だった。

「いつまで手を握ってんだ」

 ユウヤくんがそれはもう機嫌の悪そうな顔で割って入ってきた。

「別にいいでしょう」
「良くねぇよ。っていうか、あんまオマエも目立つなよ」
「どういう意味ですか」

 ユウヤくんは私の手をラス様から無理矢理はなさせると、彼の問いかけに答える。

「引き抜かれたら困るだろ」
「そうですよ! ラス様がいなくなったら寂しいじゃないですか! 嫌ですよ!」

 リアがラス様の腕にぎゅうとしがみついた。

「困った人達ですね」

 ラス様はアップにしている髪が崩れないように、リアの頭を撫でてから続ける。

「あの調子だと転移魔法について疑いを持たれたかと思いまして、探りを入れようかと思ってただけなんですけどね」
「ほんとかよ」
「本当ですよ。でも、わざわざ頭を下げていただき、ありがとうございました」

 ラス様がユウヤくんとユウマくんに頭を下げた。

 そうか。
 ラス様は王家に仕えてるんだから、仕えてる人に頭を下げさせてしまった、ということは良くないんだろうな。
 それに、私のやり方だと、王太子にすごく失礼だっただろうし。

「次はないからな」
「こっちが焦るわ」

 ユウヤくんとユウマくんが、頭を下げたままのラス様の肩に手を置いた。

 なんか、この三人の友情的なものを見るとホッとしてしまう。
 ユウヤくんとユウマくんは兄弟だけど、ラス様が入ることで違った関係性にも見えるのが不思議。

「じゃ、踊りに行きますか! ユーニは今日のために頑張ったんでしょ?」
「うん! あ、でもお腹減った」
「踊る前に食べたら気分が悪くならない?」
「お腹いっぱい食べなかったら大丈夫じゃないかな?」

 リアがしんみりした空気を変えようとして、明るい表情で誘ってくれたので、私もさっきまでの事なんてなかったように答える。

「戻ろ!」
「そうですね。あなた達は主役なんですから」
「え? 婚約おめでとうパーティなら、ラス様もじゃないですか」
「は?」

 リアの言葉にラス様が訝しげな顔をする。

「噂がだいぶ出回ってるみたいですし、よろしくお願いしますね」

 リアの代わりに私が笑って言うと、ラス様はしょうがない、と言わんばかりに苦笑した。

「遠慮しないって言ってたじゃねぇか」
「そうは言いましたが先のことを考えると色々とあるんですよ」
「色々ってなんだよ」

 ダンスホールへ向かい、ゆっくり歩を進めながら、ユウヤくんが聞き返すと、ラス様は難しい顔をしてため息を吐く。

「なんだよ、気になるだろ」
「跡継ぎの問題ですよ」
「あ、そうか、そうなるわな」

 ラス様は長男だから公爵家を継いだら、ラス様の子供が次の跡継ぎになる。

 という事は?

「このままいけば、ユーニさんが産む事になりますが?」
「うっ」

 ユウヤくんは言葉を失くし、私は身体が熱くなる。

「そそそ、そうなりますす、よねぇ」
「ユーニさん、動揺しすぎです」

 ラス様は笑うと、私の頬に手を当てて続ける。

「二人共、その覚悟はないでしょう?」
「頭ではわかってるよ」
「私もです。それにワガママ言ってるのは私ですから、ユウヤくんが良いのであれば」

 ゴニョゴニョ言うと、ユウヤくんが頭を抱える。

「想像すると嫌だな」
「するな」

 ラス様は私の頬に当てていた手で、ユウヤくんの頭を軽く殴ると、今度は私の肩を抱いて歩き出す。

「ほら、リアさん達はだいぶ先を歩いてますよ」
「というか、何さりげにユーニの肩を抱いてんだよ!」
「遠慮するな、と言ったり触るなと言ったり、本当に面倒くさいですね」

 ラス様はユウヤくんに呆れた表情で言ったあと、私を見た。
 何か変かな、と思って聞いてみる。

「どうかしましたか?」
「いえ。今日はとてもお綺麗ですよ」
「へ? あ、わっ?! あ、ありがとうございます!!」

 体温がぐんぐん上昇するのがわかる。
 
 綺麗なんて言われたことなかったし余計だ。

「ユーニはいつも可愛いだろ」
「だから、今日は綺麗だ、とお伝えしました」
「ちょ、ほんと、二人共やめて」

 恥ずかしくなって二人を制すると、ラス様が私の肩を放し、ユウヤくんに言った。

「さあ、踊ってきて下さい。私は高みの見物でもしておきます」
「一人で大丈夫か?」
「なんとかしますよ」

 先程までいたテラスから、ダンスホールに戻ると、招待客は思い思いに楽しんでいるように見えた。

 サナトラは思ってたよりも素敵な国なのかも。
 
 そんな事を思っていたら、

「私と踊っていただけますか」
「うん、じゃない。喜んで!」

 ユウヤくんから手が差し出され、満面の笑みで手を取り頷く。
 今までは周りに人がいない状況で踊っていたから、今度はステップよりも周りが気になってしまう。
 しかも踏み間違えてもわからないように、丈の長いドレスにしてきたし余計にかも。

「アイツ、大丈夫か」
「ん?」
「ほら」

 顎で示され、顔だけ向けると、女性が一箇所に固まっている場所があった。

「まさか」
「アイツしかいないだろ」

 女性の人だかりの背後にはパートナーの男性らしき人が何人か不満げな顔をして立っている。

「ユウヤくんはラス様が好きだよね」
「それはオマエだろ」
「間違ってはないけど、ユウヤくんもでしょ? だって、私と踊ってる時まで、ラス様の事を見てるんだから」
「じゃ、オマエだけ見とく」

 顔を近づけてジッと見つめられ、鼓動が跳ねると同時にステップを間違えた。

「いって!」
「ごめん!」
「帰ったらするからな」
「その時は忘れてるよ」
「絶対に忘れねぇから」

 ユウヤくんの言葉に笑ってしまう。
 辛いし、大変な時もあるけど、こんな風に笑い合えるのは本当に幸せ。

「さて、私は愛人を助けに行くかな」
「おい」
「ユウヤくんだって気になってるくせに」

 踊り終えて一礼したあと、踊って欲しいと誘ってくれた人を丁重にお断りして、ダンスホールの壁際に追い込まれているラス様を、御令嬢方をかきわけて助けに入る。

「ラス様、お待たせしました」
「次は私でお願いします!」

 いつの間にかリアも後ろにいて、私達二人はラス様の腕を片方ずつつかんで、輪の中から外に出す。

「ありがとうございました。助かりました」

 はあ、と息を大きく吐いたラス様の顔が青く見えて心配になってしまう。

「ラス様、モテすぎじゃないですか?」
「他国に嫁いででも公爵家の肩書がほしいんじゃないですかね」
「そうかなあ?」

 ラス様の答えにリアは納得いかない顔をする。

「とっとと踊って来い。踊り終えたら帰るぞ」
「はーい」

 ユウヤくんに返事をしてから、私はラス様に手を差し出して言う。

「踊っていただけますか?」
「それはこちらのセリフですよ」

 ラス様は私の手を取ると甲にキスをした。
 視界の隅でユウヤくんの表情が歪んだのが見えて、ついつい笑ってしまった。
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