【完結】第一王子の婚約者になりましたが、妃になるにはまだまだ先がみえません!

風見ゆうみ

文字の大きさ
上 下
18 / 53

18 サナトラの夜

しおりを挟む
「肝を冷やしましたよ」

 ラス様は大きく息を吐き、服を掴んだままだった私の手を取った。

「ワガママを言ってもいいとは言いましたが」
「ごめんなさい。でも、ラス様、あのままどっか行っちゃいそうな気がして・・・・・」

 ラス様の手を握って、言葉を続ける。

「私はラス様の愛人になる予定ですから。遠くに行かれては困るんです」
「・・・・・っ」

 声にならない声を上げたあと、ラス様が笑い始めた。

「なんで笑うんですか!」
「王太子殿下の申し出を受ければ良かったのに、と思いまして」
「そうしたら、ラス様、どっか行っちゃうじゃないですか!」

 握っていた手を強くした時だった。

「いつまで手を握ってんだ」

 ユウヤくんがそれはもう機嫌の悪そうな顔で割って入ってきた。

「別にいいでしょう」
「良くねぇよ。っていうか、あんまオマエも目立つなよ」
「どういう意味ですか」

 ユウヤくんは私の手をラス様から無理矢理はなさせると、彼の問いかけに答える。

「引き抜かれたら困るだろ」
「そうですよ! ラス様がいなくなったら寂しいじゃないですか! 嫌ですよ!」

 リアがラス様の腕にぎゅうとしがみついた。

「困った人達ですね」

 ラス様はアップにしている髪が崩れないように、リアの頭を撫でてから続ける。

「あの調子だと転移魔法について疑いを持たれたかと思いまして、探りを入れようかと思ってただけなんですけどね」
「ほんとかよ」
「本当ですよ。でも、わざわざ頭を下げていただき、ありがとうございました」

 ラス様がユウヤくんとユウマくんに頭を下げた。

 そうか。
 ラス様は王家に仕えてるんだから、仕えてる人に頭を下げさせてしまった、ということは良くないんだろうな。
 それに、私のやり方だと、王太子にすごく失礼だっただろうし。

「次はないからな」
「こっちが焦るわ」

 ユウヤくんとユウマくんが、頭を下げたままのラス様の肩に手を置いた。

 なんか、この三人の友情的なものを見るとホッとしてしまう。
 ユウヤくんとユウマくんは兄弟だけど、ラス様が入ることで違った関係性にも見えるのが不思議。

「じゃ、踊りに行きますか! ユーニは今日のために頑張ったんでしょ?」
「うん! あ、でもお腹減った」
「踊る前に食べたら気分が悪くならない?」
「お腹いっぱい食べなかったら大丈夫じゃないかな?」

 リアがしんみりした空気を変えようとして、明るい表情で誘ってくれたので、私もさっきまでの事なんてなかったように答える。

「戻ろ!」
「そうですね。あなた達は主役なんですから」
「え? 婚約おめでとうパーティなら、ラス様もじゃないですか」
「は?」

 リアの言葉にラス様が訝しげな顔をする。

「噂がだいぶ出回ってるみたいですし、よろしくお願いしますね」

 リアの代わりに私が笑って言うと、ラス様はしょうがない、と言わんばかりに苦笑した。

「遠慮しないって言ってたじゃねぇか」
「そうは言いましたが先のことを考えると色々とあるんですよ」
「色々ってなんだよ」

 ダンスホールへ向かい、ゆっくり歩を進めながら、ユウヤくんが聞き返すと、ラス様は難しい顔をしてため息を吐く。

「なんだよ、気になるだろ」
「跡継ぎの問題ですよ」
「あ、そうか、そうなるわな」

 ラス様は長男だから公爵家を継いだら、ラス様の子供が次の跡継ぎになる。

 という事は?

「このままいけば、ユーニさんが産む事になりますが?」
「うっ」

 ユウヤくんは言葉を失くし、私は身体が熱くなる。

「そそそ、そうなりますす、よねぇ」
「ユーニさん、動揺しすぎです」

 ラス様は笑うと、私の頬に手を当てて続ける。

「二人共、その覚悟はないでしょう?」
「頭ではわかってるよ」
「私もです。それにワガママ言ってるのは私ですから、ユウヤくんが良いのであれば」

 ゴニョゴニョ言うと、ユウヤくんが頭を抱える。

「想像すると嫌だな」
「するな」

 ラス様は私の頬に当てていた手で、ユウヤくんの頭を軽く殴ると、今度は私の肩を抱いて歩き出す。

「ほら、リアさん達はだいぶ先を歩いてますよ」
「というか、何さりげにユーニの肩を抱いてんだよ!」
「遠慮するな、と言ったり触るなと言ったり、本当に面倒くさいですね」

 ラス様はユウヤくんに呆れた表情で言ったあと、私を見た。
 何か変かな、と思って聞いてみる。

「どうかしましたか?」
「いえ。今日はとてもお綺麗ですよ」
「へ? あ、わっ?! あ、ありがとうございます!!」

 体温がぐんぐん上昇するのがわかる。
 
 綺麗なんて言われたことなかったし余計だ。

「ユーニはいつも可愛いだろ」
「だから、今日は綺麗だ、とお伝えしました」
「ちょ、ほんと、二人共やめて」

 恥ずかしくなって二人を制すると、ラス様が私の肩を放し、ユウヤくんに言った。

「さあ、踊ってきて下さい。私は高みの見物でもしておきます」
「一人で大丈夫か?」
「なんとかしますよ」

 先程までいたテラスから、ダンスホールに戻ると、招待客は思い思いに楽しんでいるように見えた。

 サナトラは思ってたよりも素敵な国なのかも。
 
 そんな事を思っていたら、

「私と踊っていただけますか」
「うん、じゃない。喜んで!」

 ユウヤくんから手が差し出され、満面の笑みで手を取り頷く。
 今までは周りに人がいない状況で踊っていたから、今度はステップよりも周りが気になってしまう。
 しかも踏み間違えてもわからないように、丈の長いドレスにしてきたし余計にかも。

「アイツ、大丈夫か」
「ん?」
「ほら」

 顎で示され、顔だけ向けると、女性が一箇所に固まっている場所があった。

「まさか」
「アイツしかいないだろ」

 女性の人だかりの背後にはパートナーの男性らしき人が何人か不満げな顔をして立っている。

「ユウヤくんはラス様が好きだよね」
「それはオマエだろ」
「間違ってはないけど、ユウヤくんもでしょ? だって、私と踊ってる時まで、ラス様の事を見てるんだから」
「じゃ、オマエだけ見とく」

 顔を近づけてジッと見つめられ、鼓動が跳ねると同時にステップを間違えた。

「いって!」
「ごめん!」
「帰ったらするからな」
「その時は忘れてるよ」
「絶対に忘れねぇから」

 ユウヤくんの言葉に笑ってしまう。
 辛いし、大変な時もあるけど、こんな風に笑い合えるのは本当に幸せ。

「さて、私は愛人を助けに行くかな」
「おい」
「ユウヤくんだって気になってるくせに」

 踊り終えて一礼したあと、踊って欲しいと誘ってくれた人を丁重にお断りして、ダンスホールの壁際に追い込まれているラス様を、御令嬢方をかきわけて助けに入る。

「ラス様、お待たせしました」
「次は私でお願いします!」

 いつの間にかリアも後ろにいて、私達二人はラス様の腕を片方ずつつかんで、輪の中から外に出す。

「ありがとうございました。助かりました」

 はあ、と息を大きく吐いたラス様の顔が青く見えて心配になってしまう。

「ラス様、モテすぎじゃないですか?」
「他国に嫁いででも公爵家の肩書がほしいんじゃないですかね」
「そうかなあ?」

 ラス様の答えにリアは納得いかない顔をする。

「とっとと踊って来い。踊り終えたら帰るぞ」
「はーい」

 ユウヤくんに返事をしてから、私はラス様に手を差し出して言う。

「踊っていただけますか?」
「それはこちらのセリフですよ」

 ラス様は私の手を取ると甲にキスをした。
 視界の隅でユウヤくんの表情が歪んだのが見えて、ついつい笑ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...