【完結】第一王子の婚約者になりましたが、妃になるにはまだまだ先がみえません!

風見ゆうみ

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7 嬉しいと思うのは罪ですか?

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「待って、待って下さい、ラス様!」

 廊下にはラス様の姿しか見えず、障害物もない。
 だから、声は聞こえているはずなのに、立ち止まっても振り返ってもくれない。

 よっぽど嫌だったんだろう。
 その一因は私にある。
 嫌われてもしょうがない。
 わかってるけど。

「ラス様!」

 今日のドレスは膝下くらいの丈なので良いけど、ハイヒールのせいで走りにくい。
 そう思い、ハイヒールを廊下に脱ぎ捨てると、だいぶ走りやすくなって、早足で歩くラス様になんとか追いついた。

「待って下さい!」

 服をつかんだつもりが、彼の髪の毛をつかんでしまい、

「っつ?!」

 ラス様は声にならない声を上げて、後ろにつんのめった。

「す、すみません、ラス様!」
「そんなに私が嫌いですか」
「違います!」
「じゃあ、なんなんですか」

 頭の後ろをおさえながら、ラス様がやっと立ち止まり、私の方を向いてくれた。

「ごめんなさい。ラス様を無理矢理巻き込んでしまって」
「王位継承権について言われたんですから、それはしょうがないです。それに私を守ろうとしてくれた事も」
「じゃあ」

 なんでそんな悲しそうな顔するんですか。
 言葉にせず、ラス様を見つめると彼は口を開いた。

「少しくらい時間をくれてもいいでしょう」
「・・・・・なんのですか?」
「あなたを」

 そこでラス様は言葉を区切り、私から顔を背けて続ける。

「忘れる時間もくれないんですか」

 ぎゅっ、と胸がしめつけられる感じがした。
 だけど、そんな事を言ったら。

「ラス様だってくれてないじゃないですか」

 独り言にちかい私の言葉に彼は反応して、こちらに視線を向ける。

「忘れるように言われましたけど、いつまでに、とは言われてません。それに、正直、嬉しかったんです」
「・・・・・」
「恋愛感情として、ユウヤくんが好きで1番なのには変わりありません。でも、ラス様のこと」

 するとラス様が私の口を彼の手でふさいだ。

「言わないで下さい」
「何を言おうとしてるかわかるんですか」

 彼の手をつかみ、私の口から手をはなさせて聞くと、

「意志が揺らぐような事を言われるかと思っただけです」

 悲しそうな表情を浮かべて、そう答えた。

 あながち、間違ってはない。
 もちろん、ラス様の横に素敵な女性が立つ事を願っている。
 でも、やっぱり今は一緒にいたい。
 勝手だし、最低だってわかってる。
 ラス様に新しく好きな人ができるまで、ラス様の気持ちを覚えていたいし、そばにいてほしいなんて。
 
「困った人ですね」

 ラス様は私の頬に手を当てて微笑むと、すぐに手をひっこめ、私を横抱きした。
 いわゆる、お姫様抱っこだ。

「うわあ?!」
「裸足で歩かせるわけにはいきませんから。まったく、靴を脱ぎ捨ててまで追いかけてこないで下さい」
「ラス様が止まってくれないからじゃないですか」
「行く場所は決まってるんですから、後から追いかけてくればいいでしょう」

 ど正論を言われてしまった。
 さっきはラス様を追いかけるのに必死で頭が回らなかった。
 でもほんと、ラス様に言葉を止めてもらえて、今となっては本当に良かったと思う。
 そうじゃなきゃ、私は最低な事を言おうとしてた。

「ありがとうございます、ラス様」
「お礼を言うのはまだ早いです。これからですよ」
「はーい! わーい、歩かなくて楽ちん!」
「落としますよ」
「ごめんなさい」

 散らばった靴の所まで来たところで下ろしてもらい、履くのを手伝ってもらっていると、会議が終わったんだろうか、ユウヤくんが走ってきた。

「何してんだ」
「私を追いかけるのに、靴を脱いで走ってくるもんですから」
「靴、貸せ」

 ラス様にしゃがんでもらい履かせてもらっていたのだが、ユウヤくんが彼と交代する。

「独占欲が強いことで」
「前からそうなの知ってるだろ」

 ラス様と話しながらユウヤくんが靴を履かせてくれた。

「あなた達に協力する事に関しては腹をくくりました。その代わり、そちらも妥協できるものは妥協していただく覚悟はして下さい」
「ユーニが関わることじゃなければ」
「それは時と場合によります。あと、言っておきますが、私はあなた達の仲に割って入ってどうこうしようとは思ってません」
「それなんだけどよ」

 ユウヤくんは頭をかきながら、ラス様に向かって言葉を続ける。

「オレのためにあきらめるってのはやめてくれよな」
「は?」
「ユーニがオマエの事を好きになったら、それはそれだから」
「「は?」」

 2回目の聞き返しは私も加わった。
 何の話?

「いや、だから、ユーニが」
「なんでそんな話になるの?」

 意味がわからない。

「オマエら仲良いしよ」
「何を泣き言言ってるんですか。大変なのはこれからなのに」

 ラス様が厳しい口調で続ける。

「さっきまでの独占欲はどこに消えたんですか」
「それは、その」
「ユウヤ、昔のあなたに戻ってますよ。ユーニさんの為に強くなるって決めたんじゃないんですか」
「そういうとこなんだよな」

 ラス様を見ながらユウヤくんは続ける。

「今だって普通だったら、こういうすきを狙って、ユーニをオレからとるような事をしてもいいわけだろ」
「良くないですよ。友人の婚約者を奪うような真似なんてしたくありません」
「だからよ、オレが逆の立場だったら、ユーニがどうしても欲しくて抜け駆けしようとするかもしんねぇから」

 う、わ。
 あ、えっと、私、聞いていていいのかな?

 私が迷っている間にラス様が言う。

「どうしろと?」
「オマエはいい奴だよな」
「お褒めの言葉をいただき、ありがとうございます」
「だから、その、なんつーか、オレ、腹くくったし負けるつもりないから、オマエも本気で来いよ」

 ユウヤくんの言葉に鼓動が早くなる。
 うわあ。
 えと、どうしよう。

「・・・・・・わかりました」

 うを?

「仮の夫候補、でしたっけ。その期間中は遠慮しません。できる範囲でアプローチします」

 え?
 ラス様?
 ええ???

「望むところだ。けどな」
「ユーニさんに許可なく手は出しませんし、期間中も期間後も、あなたと友人という事には変わりありません」
「だよな」

 うわ。
 これ、まずい。

 ごつん。

 よろめいて頭を壁に思い切りぶつけてしゃがみ込む。

「ユーニ?!」
「ユーニさん?!」

 二人の驚く声と、片方ずつの肩に置かれた、片方ずつの手。
 顔をあげられないから、どっちがどっちかわからないけど。

「死ぬ」
「「は?」」
「恥ずかしすぎて死ぬ」

 嬉しいのか、なんなのか、胸にこみ上げてくるこの気持ちはなんなんだろう。
 幸せ、なのかな?
 うわああ。

「本人の前でする話じゃありませんでしたね」
「だな」
「でもまあ、説明する手間は省けましたか」

 頭の上で繰り広げられる会話に、私が顔を上げられずにいると、耳元でラス様の声が聞こえた。

「しばらくは忘れなくて良くなりました、私にとっても、あなたにとっても」

 顔の熱がまた上がる。
 ラス様は私への気持ちを忘れなくて良くなった、という意味で、私はラス様の告白を忘れなくて良くなった、という意味だろう。
 嬉しいと思ってしまうのは、いけない事だろうか。

「うわあ、も、無理です」

 負けないって言ってくれたユウヤくんの言葉も嬉しすぎてやばいし、本当にどうしたら良いのか。

 こんな女にそんな事を言ってもらえるなんて!

 でも、一番嬉しかったのは、二人が友達関係を犠牲にしようとしないところだったりするのは、おかしいかな?

「ユウヤをけしかけたのはリアさんですか?」

 え、リア?

「さっき言われたんだよ。私の親友の好きな人なんだから、カッコ悪い事してないで、堂々と勝負しろって。そうじゃないと、ユーニはラスの事で悩み続けないといけないし、ラスはラスで気持ちが切り替えられないだろうから、って」
「そうですか。ありがとうございます、リアさん」

 ラス様がリアに話しかける口調だったので、思わず顔をあげると、長い通路の途中にユウマくんが立っていて、リアのスカートが彼の後ろに見えた。

「リア?」
「・・・・・ごめん。聞いてしまった。やばい」

 リアはユウマくんの身体の向こうから顔を出すと、そこから空気を一変させる。

「恋のライバルで友情とかやばくない?!」
「わかる!」

 がばり、と起き上がって私はリアに駆け寄っていくと、リアもこちらに駆け寄ってきて、両手を合わせて興奮する。

「いや、ユウヤくんのセリフも良かったけど、ラス様の答えも良かったよね! というか、あれよ、絶叫するの我慢するのに大変だった!」
「見世物じゃないですよ」

 リアの言葉にラス様がつっこんだけど、気にせず騒いでいたら、ユウマくんが近寄ってきて、私の頭をなでながら言った。

「部屋を出た時は悲壮な顔してたし、ちょっと心配してたんだぞ」
「・・・・・ありがとうユウマくん」
「おう」

 笑って言うと、ユウマくんもニッといたずらっ子みたいな笑顔を返してくれた。
 それから。

「ありがとうリア」
「どういたしまして。大好きな親友のためですから」
「私もリアが大好き」

 私とリアはお互いに照れつつも、そう言い合って抱き合った。
 今はちょっと無理だけど、アレンくんも交えて、またこんな風に笑い合いたい。

 そんな日がまた、早くくるといいな。
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