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 次の日の招集場所は謁見の間ではなく、会議室のような場所だった。
 大きな楕円形のテーブルが部屋の真ん中にあり、2、30人分くらい分の椅子がその周りに置かれているといった感じ。
 部屋の中には、それ以外何もないし外から見られないようにしているのか、窓際のカーテンはぴたりとしめられている。
 陛下はまだ来てなかったけど、上座の方の一席にはすでに正装したアレンくんがいた。
 王妃様譲りの金髪でふわふわな髪で可愛らしい顔立ち。
 けれど、正装しているからか一ヶ月前より大人びて見えた。
 彼は今年で14歳になるから、これからもっと男性らしくなるのだろうな。
 彼の姿を見つめながら思っていると、アレンくんは出入り口付近に立っていた私と目が合うなり、立ち上がり駆け寄ってきてくれた。

「ユーニ姉さま!」
「おかえりなさい、アレンくん! 長旅、お疲れ様でした」
「ありがとうございます」

 言いたいことは山程あるけれど、まずは無事に帰ってきてくれた事を喜ぶ。
 すると、こちらから何か言う前に、アレンくんから話題を振ってくれた。

「ユーニ姉さまには迷惑をかけてしまって申し訳なく思っています」
「本当だよ。なんであんな無茶なお願いを」
「リア様にも悲しい顔をさせてしまいました」

 しゅんとするアレンくんを見て、もしかしたら撤回してくれる? なんて甘い期待を持ってみたりしたのだが、

「だけど、その分、僕が幸せにします!」

 考え方がポジティブだった。

 なぜなの。
 普通なら自分の好きな人が悲しむなら、そんな事はしないようにしようと思うのでは?

「アレンくんがリアを好きな気持ちは悪くないけど、好きな人に悲しい思いをさせるのは良くないよ」
「でも、そうしないとリア様は僕のこと見てくれないから」

 アレンくんはとても可愛いけど、それだからといって許されるわけではない。
 それに巻き込まれてしまっている私もそうだが、ラス様には本当に迷惑をかけているし。
 
「リアが他の人を選んだらどうするの?」
「リア様は現時点では、そのような方はいらっしゃらないと思います」
「まあ、それはそうなんだけど、嫌われたらどうするの?」
「好きになってもらうだけです」

 そう答えて、私をまっすぐに見つめるアレンくんの瞳からは何を言われても変えない、という意思が伝わってきた。

 これは駄目だ。
 今すぐには彼を諦めさせれそうにはない。

 アレンくんを長く引き止めておくわけにはいかないので、私は彼に席に戻るように促し、邪魔にならない場所でリアが来るのを待っていると彼女が入ってくるのが見えて、視線を送るとすぐに気がついてくれた。

「おはよ、昨日はちゃんと眠れた?」
「リアこそ」
「実はあのあと、ユーニの話を思い出して、なんか興奮しちゃって眠れなくて」
「どういう事?」
 
 私が首を傾げると、リアはニマニマ笑みを浮かべて答える。

「親友が物語のヒロインみたいに、二人の男と奪い合われてるなんて楽しくない?」
「奪い合われてはないよ。っていうか、それはリアでしょ。アレンくんとユウマくんに好かれてるんだから」
「でも、ユーニ達とはちょっと違うじゃない」

 リアは大きくため息を吐いた。
 アレンくんが提案をひっこめるようには思えないからだろう。

「それにしても今日は人が多くない?」
「そう言われればそうね」

 部屋の中を見回しながら言うと、リアも頷いた。

「なんか、昨日の当主だけじゃなくて、若い男の人が多くない?」
「もしかして、昨日のあいつのせい? ほら、立候補したい、みたいな事言ってた奴いたじゃない?」
「あ、リア、昨日の人、ラス様のお父さんと弟さんみたい」
「嘘でしょ?!」
「だってラス様が言ってたもん」
「えぇ」

 騒がしくなってきたな、と思った時、陛下が入り口に姿を見せた。
 すると一瞬にして騒がしかった室内は静まり返り、一斉に皆が頭を下げる。
 私とリアもそ慌ててそれにならい、頭を上げるように言われ顔を上げると、陛下のあとに軍服姿のユウヤくんとユウマくんも付いてきていて、ユウヤくんはアレンくんの横、ユウマくんはユウヤくんの向かい側の席についた。

 なんか、軍服姿のユウヤくんがいつもよりかっこ良く見えてしまうのは贔屓目だろうか。

 他の人達も席につきはじめたので、私達は出入り口近くの席に座る。

「ラス様、いなくない?」
「うん。いないね」

 私とリアがそう話していた時、息を切らせてラス様が部屋に入ってきた。
 彼は無言で陛下に頭を下げたあと、許可された事を確認してから、私達の向かい側の席に座る。
 それを合図に陛下は今回の議題について話しはじめた。
 話の内容としては、昨日と同じ話。
 ただ、違うのは今回はアレンくん、本人がいるという事。

「僕はリア様が好きです」

 陛下に話をふられ、アレンくんが発した第一声はそれだった。

「でも、リア様がユウマ兄上を好きな事も知っています。だから、今回のお願いです」

 一同の視線がリアに集まり、彼女が隣で俯くのが見えた。
 
「もし、駄目だというなら、兄上達が辞退した王位継承権を兄上達に返上します」

 部屋の中がざわめく。
 ユウヤくん達も戦争の際の褒美として、王位継承権の辞退を許可された。
 アレンくんの褒美が認められないというなら、それを認めないとも言っているんだろう。
 私が王妃なんかになりたくない事は、ユウヤくんは重々承知だろうし、リアについてもユウマくんはよくわかってるだろう。

 まさか、こんな展開になるなんて。

「ユーニ嬢にリア嬢、どうしたい」

 陛下から問われて、私とリアは顔を見合わせる。

 どうしたい、と言われても、どっちも嫌ですよ!

 困惑していると、アレンくんが口を開く。

「この件に関しては、僕に良くしてくれている、ラス兄様のためでもあるんです。だって、ラス兄様は」
「「「やめろ!!」」」

 アレンくんの言葉をユウヤくんとユウマくん、そしてラス様が立ち上がって叫んだ。

 アレンくん、こんな所で何を言おうとしてたの。
 信じられない。
 それは今言うべき話じゃない。

「おい、無礼だぞ!」

 ラス様のアレンくんへの発言に対し、他の公爵家から非難の言葉が飛ぶ。
 けれど、ラス様は立ち上がったまま、アレンくんを牽制するように睨みつけていた。

「そう言われれば、ラス兄さん、誰かに贈り物をしてた時期ありましたね。もしかして、ユーニ様とか?」

 突然、バカ次男が呑気そうに話しはじめ、私の方を見て続ける。

「もしかして兄さん、ユーニ様にふられちゃって、アレン殿下に泣きついたとか?」
「ふざけるな!」

 ラス様がいつもの冷静さをなくして叫んだ。

「そんな事するわけないだろ!」
「それは違います! 僕が勝手に決めたんです!」

 さすがのアレンくんも言ってはいけなかった事に気づいたようで、慌てて訂正に入る。
 でも、時すでに遅し、だ。

「どういう事ですか」

 ラス様のお父さんに、他の公爵家が詰問する。

「わざわざ、息子を連れて来たんだぞ」

 室内が一斉に騒がしくなる。
 息子を連れてきたのはあんたの勝手でしょ、と言いたくなる。
 自分達だって利益のために、息子を連れてきたくせに。

 ラス様を見ると怒りをおさえるためか、俯いたまま肩で息をしていた。

 こんなラス様を見たのは初めてだ。

 ふと、視線を感じそちらに目を向けると、ユウヤくんと目があった。
 ユウヤくんは無言で頷き、ユウマくんの方を見る。
 次にユウマくんを見ると、彼も私に向かって首を縦に振った。

「リア」
「覚悟は決めてたから。あんな、ラス様辛くて見てられない。ユーニは大丈夫?」
「うん」

 正直、知らない人ばかりで、こんな状況でなんて逃げ出したくてしょうがない。
 でも、ラス様があんな風に言われるのは我慢ならない。

 私はゆっくりと立ち上がり、男性陣の声に負けないよう、陛下に向かって叫んだ。

「陛下、発言の許可をいただけますか」
「許可する」

 私の発言により、騒がしかった室内が静まり返る。
 自分の心臓の音が聞こえる。
 緊張で、なかなか口を開けない。
 でも。

「アレン殿下のお望みを叶えるなら、私にも、もう一人、どなたかが必要になると思います」

 そこで言葉を区切り、一呼吸する。

「私はユウヤ殿下をお慕いしていますが、どうしても、もう一人を、というのであれば、私は迷わずラス様を選ぶでしょう。ラス様は素晴らしい人です。自分の利益のために動く人ではありません。そしてアレン殿下をそそのかすような人でもない」

 そこまで言ってから、私は次男を睨みつけて続ける。

「先程の発言は、私の考えを否定するという事になりますが?」

 私に失恋したからといって、アレンくんに泣きついただなんて冗談であっても許せない。

「それは、アレンの褒美について君は受け入れるという事か」
「はい、そうです」

 陛下の問いかけに私は迷わず、首を縦に振った。
 ユウヤくん達も王位継承権を戻されるよりも、まだ、アレンくんの望みを受け入れる方がマシのようで、首を縦に振ってくれている。

「陛下、申し訳ありませんが、気分がすぐれませんので退席しても?」
「かまわん」

 ラス様は陛下に頭を下げたあと、悲しそうな笑みを私に見せてから部屋を出ていく。

「ユーニ嬢」
「は、はい」
「君も出なさい。体調が悪そうだ」
「恐れ入ります」

 陛下はラス様を追うように、私に気を使ってくれたんだろう。
 私は礼儀作法を間違えないようにしつつ、出来るだけ急いで部屋を出ると、廊下の向こうに遠ざかっていく、ラス様の背中を追った。
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