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5   新たな生活の始まり

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 ガゼボから新居に戻り、使用人たちと一緒に掃除をしていると、今度はお兄様が訪ねて来た。

「お兄様! 来てくださったのですね」
「今日は散々な日だな」
「それは確かですが、ケイティとの縁が切れたという素晴らしい日でもあります」

 素っ気なく答えると、2つ年上のフィアンお兄様は豪快に笑った。

 私はお父様似で、お兄様はお母様似だ。

 お母様は戦闘に優れている部族長の長女で、たくましい体つきをしている。
 お母様に似たお兄様も、筋骨隆々の体型に小麦色の肌。

 顔にはいくつもの切り傷があり、長い髪を後ろで一つにまとめている姿は、次期公爵というより、兵士を率いる団長というイメージだ。

 私とあまりにも似ていないから、初めて会う人には兄妹と認識してもらうには中々難しい。

「ソフィーがケイティを放ったらかしすぎた結果でもあるな」
「どうして私ばかり責められるんですか。お兄様だって無視してたじゃないですか」
「ケイティがそうしろと言うからだ」
「どういうことです?」
「むさくるしいゴリラは嫌いだってさ」

 失礼なことを言われているのに、何が楽しいのか、お兄様はまた豪快に笑う。

 そんな姿を見ていると、怒るほうが馬鹿らしくなって話題を変える。

「お母様の様子はどうですか?」
「実家に連絡して、戦の準備を始めるって言っていた」
「どこと戦争するつもりですか」
「そりゃあ、馬鹿の首を取ろうと思ったら、戦わないといけない相手といえばわかるだろ」

 王太子の首をとろうだなんて、お母様、本気で怒っているわね。

 お母様の一族は血の気が多いのが欠点だが、家族や仲間を大事にするという情け深いところがあって好きだ。
 今は国の管理下に置かれている部族だけれど、一国と戦争ができるくらいに、人数も多いし、個々の戦闘能力が高い。
 だから、家族を傷つけようとする王太子をしようと考えているみたいだった。

「母上は父上にも怒り心頭だよ。娘がそんな状況になったのに黙って帰ってくるなんてってさ。普通に考えれば、父上の判断が正しい。だから、俺も一緒になって何とかなだめておいたよ。あとで、ワイアットも謝るらしいけど、あいつも母上から罵声を浴びせられるだろうな」
「お母様らしいし、心配してくださるのは有り難いけど、関係のない人を巻き込みたくないわ」
「ソフィーならそう言うと思った。だから、母方の祖父母には、すぐ攻め込むのはやめてくれって伝えている。ソフィーからの連絡を待ってくれって言ってるから、連絡してあげてくれ」
「承知いたしました」

 頷いたあと、お兄様に向かって頭を下げる。

「この度は、ご迷惑おかけしてしまい申し訳ございません」
「謝るなよ。さっきはあんなことを言ったが、悪いのはケイティだろう。そして、そんな悪女にひっかかる殿下も殿下だ。一人息子だからといって、陛下もかわいがり過ぎたんだろう」

 周りに公爵家の使用人しかいないとはいえ、お兄様は大きな声で不敬な発言をすると、目にかかりそうな黒色の前髪をかきあげながら続ける。

「今の発言については国王陛下も自覚していて、似たような発言をしていたそうだ。馬鹿息子をこのまま野放しにはしておかないだろう」
「私はどれくらいの期間、ここにいなければならないのでしょうか」
「殿下が飽きる、もしくは……」

 お兄様は言葉を止めて、にっこりと笑った。

 それ以上はここでは口には出せないということらしい。

 たぶん、もしくは……のあとは、ゼント様がこの世からいなくなる、といった感じでしょうね。

「……様子を見に来ていただきありがとうございます」

 礼を言うと、お兄様はワイアットから聞いたという、ここでの暮らしの制限を話してくれた。

 食事は公爵家が用意してもかまわないけれど、王城からも支給してもらえるという話を聞いた時には嫌な気持ちになった。

 ……陛下に毒を盛っていた黒幕って、もしかしなくてもあの人なの?

「お兄様、私に食事を運んでも良いという条件は、どういう風に決められたかわかりますか?」
「そこまで聞いてはいない。ただ、ワイアットはお前は王城からの食事は食べないだろうと言っていた。ということは公爵家の料理を食べるんだろう? なら、気にしなくてもいいはずだが、何か気になることでもあるのか?」
「いえ……、あの、ここではちょっと……」

 ワイアットは陛下の件をまだお兄様に話をしていない可能性がある。

 そう思って言葉を濁すと、お兄様は何も言わずに頷いてくれた。

「話せないならいい。それよりも、その内、母上がここにやって来るだろう。暴れないようになだめる用意をしておけよ?」
「そう思うなら、お兄様もお母様と一緒に来てください!」
「面倒だなあ」
「可愛い妹のためだと思って、お願いします!」

 嫌がるお兄様の腕を掴んで訴えていると、思ったよりも早くにお母様がやって来た。

 お母様は王太子殿下やケイティへの暴言を吐き散らかしたあと、私を抱きしめてきたので、お兄様が慌てて引き離してくれた。

 お母様の力は常人よりも強い。

 だから本気で抱きしめられてしまったら、処刑されなくても、私の命が散ってしまうところだった。

******


 お母様を何とかなだめて、公爵邸に帰らせた私は、夜には家の中で一人ぼっちになった。
 
 この家に住んで良いのは私だけ。
 使用人が出入りする時間も制限されたのだ。
 使用人の出入りが許されるのは、朝の7時から夕方の4時まで。
 それ以外の時間は、自分のことは自分でしなければならない。

 多くの人に助けられてきた公爵令嬢に、一人暮らしをさせるのだから、彼らの嫌がらせは成功したと言える。

 でも、ここで悲しんだりしたら、相手の思うツボよ。

 楽しく明るくいかないとね。

 お母様が自分でできることは自分でやるという性格だからか、すぐに前向きな気持ちになれた。


*****
 
 いつもなら、寝る前までは誰かの気配を感じている。

 でも、今日は違った。

 家族や使用人たちが帰ったあとの家の中は静まり返っている。

 家の周りを、公爵家から派遣された騎士が囲んでくれているし、この家は城の敷地内にあるから、身の危険を感じるということも、今のところはない。

 色んなことがあって疲れ切っていた私は、体や髪の毛を洗うどころか、着替えることも忘れて、ソファで朝を迎えるという、初めての経験をした。

 体が痛くなって朝早い時間に目を覚まし、そのことに気が付いた時には、お母様に怒られると思い、すごい勢いで飛び起きたけれど、すぐに、この家の中には自分一人しかいないのだと思い出した。

 使用人が来るまでに、自分で火を起こし、お湯を沸かして髪を洗い、体を洗った。
 今までは乾かしてもらっていた髪も自然乾燥だ。

 現在時刻は朝の6時。
 ドレスではなく、一人でも着替えられる膝下丈の水色のワンピースに着替え、昨日の残りのスープでも温めようかと考えていると、家の外から声が聞こえてきた。

「お姉さま、生きてます?」

 妹ではなくなった、ケイティの声だった。

 
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