16 / 26
14 後悔先に立たず
しおりを挟む
ファーシバル家の騎士たちが野蛮な男性を止めないわけがない。
店内の壁に沿って立っていた騎士が動き、ミンラッド伯爵令息の前に立ちはだかった。
「これ以上近づくことは許されません。お下がりください」
騎士が低い声で言うと、ミンラッド伯爵令息は目を細めて威圧的な口調で言葉を返す。
「おい、俺は伯爵令息だぞ! 伯爵令嬢の騎士が偉そうにすんじゃねぇよ!」
女性を守る男性というのが気に食わないらしい。
これ見よがしに大きなため息を吐いてから口を開く。
「わたしが伯爵令嬢であることは間違っていません。ですが、ここにいる彼らは公爵家の騎士ですよ。護衛対象に近づかせないのが彼らの仕事です」
「公爵家の騎士だろうが騎士は騎士だ。俺よりも下なんだよ!」
「相手が誰であっても、彼らは自分の仕事を遂行しようとするだけです」
どうして、伯爵令嬢のわたしに公爵家の騎士が付いているのか、普通なら疑問に思うはずなのだけど、ミンラッド伯爵令息にはどうでも良いことらしい。
でも、騎士の仕事には納得したのか、ミンラッド伯爵令息はわたしに話しかけてくる。
「俺は嫡男だ。爵位を継げないお前とは違うんだ。話をしてもらえているだけでも有り難いと思え」
「爵位を継げないということは間違っておりませんわね」
話をしてもらえて有り難いとは思わないけれど、頷いてから考える。
伯父様の遺言書通りになるならば、婚約者が誰であっても、わたしは誰かと結婚すれば公爵夫人になれる。
となると、ミンラッド伯爵令息よりも格上になるのよね。
レイ様が次期公爵だと発表され、その婚約者がわたしだと知ったら、彼はなんて言うのかしら。
反応が気になるから、今は調子に乗らせてあげましょうか。
「間違っていない、じゃなくて継げねぇんだよ! 平民と仲良くしている間にどんどん頭も悪くなってんのか」
ミンラッド伯爵令息は肩をすくめて、ため息を吐いた。
彼らのような人は権力に弱い。
自分よりも格上の人間と対峙して、自分のことを無力だと感じる立場になった時、彼はどんな行動を起こすのか。
わたしの考えていることがミンラッド伯爵令息と同じだと言う人もいるかもしれない。
でも、同じことをされないとわからない人間もいる。
「頭が悪いのはどちらか、明日にはわかると思いますわ」
「ふん。明日になってもどうせ一緒だ。男に結婚してもらわなければ、お前ら女は平民なんだ。そのことを覚えておけ」
「言われなくても知っておりますし、覚えておりますとも」
わたしが公爵夫人になった時には、女性の跡継ぎが許されるように法律を変えたい。
伯父様は今の男尊女卑の世の中はおかしいと口にしていた。
操り人形にできるフサス様を婚約者にして、表向きは男性が継ぐことにしておき、実権はわたしに握らせるのが伯父様の考えだった。
婚約者がレイ様に代わっても、伯父様の願いは叶えられる。
レイ様はわたしの考えが悪いことじゃない限り賛同してくれる人だから。
「知っていると言うんならとっとと失せろ! ここはお前たちのような人間が入れる場所じゃねぇんだよ!」
ミンラッド伯爵令息の叫びを聞いて、店員の案内で他の客は店の外に出ていく。
意識を失っている男性をファーシバル公爵家の騎士が店の奥へと運んでいくのが見えた。
大事に至っていなければ良いんだけど、少しでも早くにお医者様に診てもらったほうが良さそうだわ。
「ピノ、ノノン、場所を変えましょう。この店はわたしが入って良い場所ではないそうなの」
外に出て、お医者様の手配をし、また二人と店を変えて話をしようと思って声を掛ける。
「そうね」
「……はい。……ここでは、ゆっくりできませんから」
ピノとノノンが立ち上がると、ミンラッド伯爵令息が命令する。
「偉そうにするなって言ってんだろ。お前らのような女や平民の男には人権なんてねぇんだ! 平民が入っていいカフェなんてねぇんだよ!」
近くにあった木のテーブルにミンラッド伯爵令息は拳で振り下ろした。
テーブルの上のティーカップやソーサーなどが、カチャカチャとうるさい音を立てる。
気にせずに出ていこうとすると、騎士が話しかけてきた。
「ミンラッド伯爵令息のことはいかがされますか?」
「明日以降に抗議はするわ。手を出されない限り、今は何もしないで」
「承知しました」
今は吠えさせておけば良い。
店内にいた人たちは全て出て行ったから、これ以上被害に遭う人もいない。
……と、一つ確かめておきたいことがあった。
「ミンラッド伯爵令息にお聞きしたいのですが、あなたは全ての女性を馬鹿にしておられるようですね」
「そうだよ。女なんて男がいなければ何もできない!」
「どうしてそんな考えに至るのかはわかりませんが、あなたの言い方ですと、王妃陛下のことも公爵夫人のこともそう思っているということで間違いありませんわね?」
「そ、それは……」
さすがに王族や自分よりも爵位が上の男性の家族を馬鹿にする勇気はないらしい。
「あなたのお考えはよくわかりましたわ」
引きつった表情になっているミンラッド伯爵令息を残して、わたしたちは外に出た。
「お代は後日払うとして、お医者様を呼んで頂戴」
わたしが騎士にお願いした時、誰かが呼んでくれていたのか、年配の男性のお医者様が助手らしき男性と共にやって来たのだった。
店内の壁に沿って立っていた騎士が動き、ミンラッド伯爵令息の前に立ちはだかった。
「これ以上近づくことは許されません。お下がりください」
騎士が低い声で言うと、ミンラッド伯爵令息は目を細めて威圧的な口調で言葉を返す。
「おい、俺は伯爵令息だぞ! 伯爵令嬢の騎士が偉そうにすんじゃねぇよ!」
女性を守る男性というのが気に食わないらしい。
これ見よがしに大きなため息を吐いてから口を開く。
「わたしが伯爵令嬢であることは間違っていません。ですが、ここにいる彼らは公爵家の騎士ですよ。護衛対象に近づかせないのが彼らの仕事です」
「公爵家の騎士だろうが騎士は騎士だ。俺よりも下なんだよ!」
「相手が誰であっても、彼らは自分の仕事を遂行しようとするだけです」
どうして、伯爵令嬢のわたしに公爵家の騎士が付いているのか、普通なら疑問に思うはずなのだけど、ミンラッド伯爵令息にはどうでも良いことらしい。
でも、騎士の仕事には納得したのか、ミンラッド伯爵令息はわたしに話しかけてくる。
「俺は嫡男だ。爵位を継げないお前とは違うんだ。話をしてもらえているだけでも有り難いと思え」
「爵位を継げないということは間違っておりませんわね」
話をしてもらえて有り難いとは思わないけれど、頷いてから考える。
伯父様の遺言書通りになるならば、婚約者が誰であっても、わたしは誰かと結婚すれば公爵夫人になれる。
となると、ミンラッド伯爵令息よりも格上になるのよね。
レイ様が次期公爵だと発表され、その婚約者がわたしだと知ったら、彼はなんて言うのかしら。
反応が気になるから、今は調子に乗らせてあげましょうか。
「間違っていない、じゃなくて継げねぇんだよ! 平民と仲良くしている間にどんどん頭も悪くなってんのか」
ミンラッド伯爵令息は肩をすくめて、ため息を吐いた。
彼らのような人は権力に弱い。
自分よりも格上の人間と対峙して、自分のことを無力だと感じる立場になった時、彼はどんな行動を起こすのか。
わたしの考えていることがミンラッド伯爵令息と同じだと言う人もいるかもしれない。
でも、同じことをされないとわからない人間もいる。
「頭が悪いのはどちらか、明日にはわかると思いますわ」
「ふん。明日になってもどうせ一緒だ。男に結婚してもらわなければ、お前ら女は平民なんだ。そのことを覚えておけ」
「言われなくても知っておりますし、覚えておりますとも」
わたしが公爵夫人になった時には、女性の跡継ぎが許されるように法律を変えたい。
伯父様は今の男尊女卑の世の中はおかしいと口にしていた。
操り人形にできるフサス様を婚約者にして、表向きは男性が継ぐことにしておき、実権はわたしに握らせるのが伯父様の考えだった。
婚約者がレイ様に代わっても、伯父様の願いは叶えられる。
レイ様はわたしの考えが悪いことじゃない限り賛同してくれる人だから。
「知っていると言うんならとっとと失せろ! ここはお前たちのような人間が入れる場所じゃねぇんだよ!」
ミンラッド伯爵令息の叫びを聞いて、店員の案内で他の客は店の外に出ていく。
意識を失っている男性をファーシバル公爵家の騎士が店の奥へと運んでいくのが見えた。
大事に至っていなければ良いんだけど、少しでも早くにお医者様に診てもらったほうが良さそうだわ。
「ピノ、ノノン、場所を変えましょう。この店はわたしが入って良い場所ではないそうなの」
外に出て、お医者様の手配をし、また二人と店を変えて話をしようと思って声を掛ける。
「そうね」
「……はい。……ここでは、ゆっくりできませんから」
ピノとノノンが立ち上がると、ミンラッド伯爵令息が命令する。
「偉そうにするなって言ってんだろ。お前らのような女や平民の男には人権なんてねぇんだ! 平民が入っていいカフェなんてねぇんだよ!」
近くにあった木のテーブルにミンラッド伯爵令息は拳で振り下ろした。
テーブルの上のティーカップやソーサーなどが、カチャカチャとうるさい音を立てる。
気にせずに出ていこうとすると、騎士が話しかけてきた。
「ミンラッド伯爵令息のことはいかがされますか?」
「明日以降に抗議はするわ。手を出されない限り、今は何もしないで」
「承知しました」
今は吠えさせておけば良い。
店内にいた人たちは全て出て行ったから、これ以上被害に遭う人もいない。
……と、一つ確かめておきたいことがあった。
「ミンラッド伯爵令息にお聞きしたいのですが、あなたは全ての女性を馬鹿にしておられるようですね」
「そうだよ。女なんて男がいなければ何もできない!」
「どうしてそんな考えに至るのかはわかりませんが、あなたの言い方ですと、王妃陛下のことも公爵夫人のこともそう思っているということで間違いありませんわね?」
「そ、それは……」
さすがに王族や自分よりも爵位が上の男性の家族を馬鹿にする勇気はないらしい。
「あなたのお考えはよくわかりましたわ」
引きつった表情になっているミンラッド伯爵令息を残して、わたしたちは外に出た。
「お代は後日払うとして、お医者様を呼んで頂戴」
わたしが騎士にお願いした時、誰かが呼んでくれていたのか、年配の男性のお医者様が助手らしき男性と共にやって来たのだった。
2,726
お気に入りに追加
3,458
あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに従う必要がないのに、命令なんて聞くわけないでしょう。当然でしょう?
チカフジ ユキ
恋愛
伯爵令嬢のアメルは、公爵令嬢である従姉のリディアに使用人のように扱われていた。
そんなアメルは、様々な理由から十五の頃に海を挟んだ大国アーバント帝国へ留学する。
約一年後、リディアから離れ友人にも恵まれ日々を暮らしていたそこに、従姉が留学してくると知る。
しかし、アメルは以前とは違いリディアに対して毅然と立ち向かう。
もう、リディアに従う必要がどこにもなかったから。
リディアは知らなかった。
自分の立場が自国でどうなっているのかを。

婚約破棄ですか? では、この家から出て行ってください
八代奏多
恋愛
伯爵令嬢で次期伯爵になることが決まっているイルシア・グレイヴは、自らが主催したパーティーで婚約破棄を告げられてしまった。
元、婚約者の子爵令息アドルフハークスはイルシアの行動を責め、しまいには家から出て行けと言うが……。
出ていくのは、貴方の方ですわよ?
※カクヨム様でも公開しております。

私を家から追い出した妹達は、これから後悔するようです
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私サフィラよりも、妹エイダの方が優秀だった。
それは全て私の力によるものだけど、そのことを知っているのにエイダは姉に迷惑していると言い広めていく。
婚約者のヴァン王子はエイダの発言を信じて、私は婚約破棄を言い渡されてしまう。
その後、エイダは私の力が必要ないと思い込んでいるようで、私を家から追い出す。
これから元家族やヴァンは後悔するけど、私には関係ありません。

真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください。私は、堅実に生きさせてもらいますので。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアルネアには、婚約者がいた。
しかし、ある日その彼から婚約破棄を告げられてしまう。なんでも、アルネアの妹と婚約したいらしいのだ。
「熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください」
身勝手な恋愛をする二人に対して、アルネアは呆れていた。
堅実に生きたい彼女にとって、二人の行いは信じられないものだったのである。
数日後、アルネアの元にある知らせが届いた。
妹と元婚約者の間で、何か事件が起こったらしいのだ。

侯爵令嬢は限界です
まる
恋愛
「グラツィア・レピエトラ侯爵令嬢この場をもって婚約を破棄する!!」
何言ってんだこの馬鹿。
いけない。心の中とはいえ、常に淑女たるに相応しく物事を考え…
「貴女の様な傲慢な女は私に相応しくない!」
はい無理でーす!
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
サラッと読み流して楽しんで頂けたなら幸いです。
※物語の背景はふんわりです。
読んで下さった方、しおり、お気に入り登録本当にありがとうございました!

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
21時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

妹と婚約者は私が邪魔なようなので、家から出て行きます
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アリカが作った魔法道具の評判はよかったけど、妹メディナが作ったことにされてしまう。
婚約者ダゴンはメディナの方が好きと言い、私を酷使しようと目論んでいた。
伯爵令嬢でいたければ従えと命令されて、私は全てがどうでもよくなってしまう。
家から出て行くことにして――魔法道具は私がいなければ直せないことを、ダゴン達は知ることとなる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる