許してもらえるだなんて本気で思っているのですか?

風見ゆうみ

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8  実家からの脱出

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 抵抗するわたしの体や顔を何度か殴り、痛みで動けなくすると、一人がわたしの体を担ぎ上げて部屋から出た。

「放して……っ。お金が必要ならあげるわよっ!」
「金の話をしても無駄ですよ。だって、公爵家の財産を親が受け継ぐ人よりも良い小遣いはもらえないでしょう」
「そうっすよ。あ、俺らのことを訴えようとしても無駄っすよ。元貴族の奴隷ってやつで隣国に売り飛ばそうかと思ってるんで」

 信じられない。
 こんな人たちに家の警備を任せていたなんて、よくも泥棒に入られなかったものだ。

 何とかして逃げ出さないと。
 売り飛ばされて最悪な人生を送るより、わたしという存在が忘れられても平民として暮らすほうが絶対に良い。

「馬車の用意はできてんのか?」

 御者に警備兵が尋ねると、御者は笑顔で頷いて扉を開けた。

 わたしの味方をしてくれそうな使用人は夜の勤務には付いていないので、このまま連れ去られたら、本当に家出したように思われてしまうかもしれない。
 そんな危機感を覚えた時だった。

「お出迎えありがとう」

 玄関ポーチに立っていたのはレイ様だった。
 急いで来てくれたのか、髪の毛はいつもと違って乱れているし、柔らかそうな白いシャツに黒のズボンというラフな姿だ。

「レイ様」

 どうして、と言おうとした瞬間、レイ様が動いた。

 わたしを担いでいない警備兵の腰のベルトから剣を引き抜くと、男の喉元に剣先を向ける。

「殺されたくなければ、リウを自由にしろ」
「……クソッ」

 今ここで抵抗しても意味がないと悟ったのか、担いでいる男は悪態をついたあと、わたしの体を床に落とした。
 それと同時に、レイ様の背後からファーシバル邸の騎士が現れて話しかける。

「レイ様、ここはお任せください」
「頼む」

 騎士に頷くと、レイ様は剣を床に置き、しゃがみ込んで尋ねてくる。

「大丈夫か?」
「……はい。ありがとうございます」
 
 助かったという安堵感で、体の痛みは全く気にならなかった。

「もっと早く手を打てば良かった。本当にすまない」
「謝らないでくださいませ。まさか、こんなことになるだなんて想像しませんもの。わたしでさえ予想できてませんから」

 手を借りて立ち上がり、ファーシバル公爵家の騎士に取り押さえられている警備兵を見下ろす。

 レイ様は一人ではなく騎士を数人連れてきていた。

「夕方近くに手紙が届いたんだ。君の字ではないし、嫌な予感がしたから来てみたけど来て良かった」
「わたしの字がわかるんですか?」
「ああ。ここ最近は特に君の字を多く見てる」
「……そうでしたね」

 書類に文字を書くことが多いから、ダブルチェックしてくれるレイ様にすれば、わたしの字は見慣れた字になったようだった。
 
 レイ様はわたしの口の端が切れていることに気づいて心配そうな顔になる。

「乱暴されたのか」
「殴られはしましたが、今はこうやって話せますし大丈夫です! それに、彼らには思い罰が下されますよね?」

 わたしが尋ねると、騎士が確認してくる。

「こいつらがリウ様に暴力をふるった上に誘拐しようとしたということで、お間違いはないですか?」
「ないわ」
「承知しました」

 騎士は頷くと、暴れている男たちを連れて、邸内から出ていく。
 それと同時にうるさく喚いていた男たちの声がぴたりと聞こえなくなったので、意識を失うようなことをされたみたいだ。

 男たちと入れ替わるように騒ぎを聞きつけたお姉様たちがやって来た。
 二人はレイ様を見て驚きの表情を浮かべる。

「ど、どうしてレイ様がここにいらっしゃるんですの!?」
「……リウ、悪いが今日は僕の部屋で眠ってくれないか。僕は床で寝るから。もしくは、宿が近くなあるならそこに泊まろう」

 お姉様の問いかけは無視して、レイ様が話しかけてきた。
 今、レイ様は公爵邸の使用人の寮で寝泊まりしている。
 他にも部屋があるでしょうけと、伯父様が亡き今、使用人の寮を使っても良いと判断できる人がいない。
 だから、自分の部屋に来るように言ってくれたのだと思う。

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。お兄様、お姉様、もうさすがに先程のような馬鹿な真似はしませんよね?」
「わたくしたちは何も知りませんわ」
「一体、何があったって言うんだよ!?」

 お姉様たちはしらばっくれるつもりらしい。

「何も知らないと言うのでしたら結構です」

 二人からレイ様に視線を移してお願いする。

「レイ様、厚かましいお願いになりますが、今晩はレイ様のお部屋で眠らせていただいても良いですか? 怖い思いをしたので一人になりたくないんです」 

 怯えるふりをしてレイ様にしがみつくと、意図を察してくれたレイ様はわたしの背中に手を当てて頷く。

「最初からそのつもりで話をしていただろ」
「レイ様と同じベッドで眠れるだなんて嬉しい!」

 レイ様は一緒に眠るとは言っていない。
 でも、これくらいの嘘は許されるはずだ。

「うーっ」
 
 お姉様は怒りで顔を真っ赤にして、変な唸り声を上げた。
 そんなお姉様など気にする様子もなく、レイ様が話しかけてくる。

「リウ、準備はできているのか?」
「はい。荷物は部屋に置いたままですので、取りに行かなければなりませんが」
「悪いが、リウの荷物を運んでくれ」

 レイ様が残っていた騎士に話しかけると、騎士は何事かと様子を見に来ていた執事に、わたしの部屋はどこかと尋ねた。

「あの、お教えするのは良いのですが、チップはいただけますでしょうか」
「チップのかわりに拳でも良いか?」

 騎士に脅された執事は慌てて、わたしの部屋に案内すると叫んだ。
 騎士たちが見えなくなると、レイ様はお姉様たちに声をかける。
 
「夜分遅くに失礼した」
「ほ、本当に失礼ですよ!」

 お兄様はフンと鼻を鳴らした。

「行こう」

 レイ様に促されて歩き出した時、言っておきたいことを思い出し、ポーチに出たところで足を止めて振り返る。

「お兄様、お姉様、どうぞお元気で。お父様たちにもよろしくお伝えくださいませ」

 一呼吸置いてから、無駄だとわかっていながらもお願いする。

「それから、伯父様のお金は領民のために使ってくださいと、お父様にお伝えください」

 わたしがそう言い終えたところで、扉が閉められた。

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