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プロローグ
しおりを挟むネイロス伯爵家の次女であるわたし、リウはつい最近まで、頭が良ければ平民も通える学園に通学していた。
8歳から18歳までが通う学園で、入学してすぐに平民の友人ができたわたしは、一緒に昼食をとるようになった。
数年経つと親友と呼べるくらいに仲良くなり、楽しい学園生活を送っていた。
それを知った両親は、わたしの部屋までやって来ると、こう言った。
「あなた、学園で平民とばかり一緒にいると聞いたわ。貴族が平民と話すことは、プライドを捨てたと同じようなものなのよ!? 平民は私たちに勝てるものなんてないのよ! お友達は選びなさい!」
「リウ、わかっているのか! ネイロス家は名門なんだ。平民なんかと一緒にいたら馬鹿が伝染るぞ!」
お母様とお父様はそう言ったけれど、わたしの親友は学園の学力テストでいつも10位以内に入っていた。
だから、頑張って30位以内のわたしよりも、テストの点数は彼女のほうが上だった。
馬鹿が伝染るというなら、親友のほうが成績が落ちることになるということを知らなかった。
わたしが住んでいる国、ローラム王国は王家を神格化している。
極端にいえば、貴族は王家から見れば兵士、平民は奴隷のような考え方だった。
神格化されている王家の方たちは、実際はそのような差別的発言はされていない。
平民に生まれた人間よりも、貴族に生まれた自分たちのほうが格上の人間なのだと、平民に思い込ませた結果が今に至る。
国内の8割以上の人口を平民が占めているのに、平民の立場は一番弱い。
思い込まされていることも一因ではあるが、稼ぐには貴族に頼らざるを得ないということが一番の原因だった。
少し反抗すれば仕事がなくなってしまうため、平民は頭が上がらず、貴族はその様子を見て平民をもっと馬鹿にするようになるということの繰り返しだった。
平民の多くがそんな関係性を納得しているようでもあるが、時には平民の鬱憤もたまり、騒動が起きることはある。
でも、警察は男爵家などの下位貴族が多く、大体はどんな場合でも平民側だけが罰される。
平民にまったくの非がなく貴族が酷いことをしていてもだ。
これは、わたしが十四歳の時のことだ。
学園内で平民の女子生徒のノートが破られ、ゴミ箱に捨てられるという事件があった。
平民の中でも特に貧しい少女でノートを買うことも厳しい経済状況の家庭環境だった。
それでも必死に勉強し、成績も学年トップを守り続けてきた。
良い職業に就いて、家族を楽にしてあげることを目標にしている、心優しい子だった。
そんな彼女の頭の良さを妬んだ、頭の悪い貴族が彼女に嫌がらせをしたのだ。
相手は伯爵令嬢で、いつも10位以内に入っているような人だった。
犯人がわかっても貴族だからという理由で、その人は罰されなかった。
逆に被害者の女子生徒が、その家庭環境で学園に通うほうが悪いと言われただけでなく、していないカンニングまで疑われた。
わたしの親友とその子が知り合いだったこともあったのと、周りのやっていることに納得できなかったわたしは学園側に話をしに行った。
でも、無駄だった。
校長先生たちも貴族だったので、平民が悪いのだと聞く耳を持ってくれなかった。
そうこうしているうちに、彼女は退学処分が下された。
不当な処分のあと、どうしても許せなかったわたしは、遅いと思いながらもロイド伯父様に相談した。
ロイド伯父様はお父様の兄で公爵という立場だけれど、平民を馬鹿にしていない数少ない貴族の一人で、わたしが通っている学園の創立者でもあった。
学園を他の人に任せている伯父様の耳には、学園内でのトラブルは届いていなかった。
わたしから話を聞いた伯父様は「それは許せない」と、すぐに手を打ってくれた。
伯父様の介入で退学させられてしまった彼女は復学し、返済なしの奨学金を受けられることになった。
伯爵令嬢は謹慎処分になったが、違う学園に自ら転校した。
その時から平民へのいじめは、少なくともわたしの前では行われなくなった。
そのかわり貴族の多くは、わたしを裏切り者だと陰で言うようになる。
それを教えてくれたのは、その頃は同じ学園に通っていたお兄様とお姉様だった。
あの時から、家族のわたしに対する扱いは特に酷くなったと思う。
「平民と仲良くしている人間が、私たちと一緒に食事をしようだなんておこがましいわ」
「邸に置いてやってもらえるだけ有り難いと思え。お前のその陰気な顔を見るのも嫌だから、これからは食事時間をずらせ」
両親からはそう言われ、お父様からはふわふわしているわたしの髪が気に入らないと言われ、突然、ハサミを持ち出したかと思うと、腰まであった長い髪を肩までカットされてしまった。
「お前の大好きな平民スタイルだ」
お父様はそう言って嘲笑った。
でも、そんな酷いことをされても悲しまないようにした。
お父様のやっていることは賢い人間がすることではない。
肩まで切られたとはいえ、髪をまとめることはできたし、思った以上に似合っていた。
あの頃のわたしは若かったし、血気盛んだったので、あの後、メイドに髪を切りそろえてもらうと、わざわざお父様に「髪の毛を切るのが下手くそですのね」と言って、平手打ちされたのを覚えている。
お父様は、わたしと伯父の仲が良いことを知らず、何を思ってか、伯爵家の次男で伯父の側近であるレイ・シュードルと仲が良いと思い込んでいたのだ。
レイ様から伯父様に告げ口されたくないと思ったお父様は、あとから謝ってきた。
その時は許すふりをしたけれど、本当は許してなんかいない。
わたしを平手打ちしたあとのお父様の表情は、思わず殴ってしまったというものではなく、憎しみの感情がにじみ出ていたからだ。
生意気なことを言ったのは確かだけれど、憎まれるほどのことを言ったとは思えない。
わたしが一人で食事をとることに慣れてくると、今度はお兄様とお姉様がわたしを攻撃してきた。
「平民って毎日の食事をとることも難しいのでしょう? なら、あなたもそれに倣って、食事は抜いたほうが良いのではなくって?」
「そうだよ。お前だけが特別扱いなんておかしいだろう!」
兄と姉は双子の兄妹で、二人共に肌は白く、金色の長いストレートの髪に吊り目気味の目に青色の綺麗な瞳を持っている。
お母様譲りの瞳と髪の色で、お兄様のほうが目は少し細めというだけで、パッと見ただけでは判断がつかない。
お兄様は男性にしてみればかなり小柄で、体型もお姉様とそう変わらない。
だから、女性の中で背の高いほうであるわたしは、お兄様よりも背が高かった。
そのせいか、そんな気はまったくないのに「見下ろしてくるな!」などと怒ってくる。
お姉様はお姉様で、細い目を気にしていて、わたしのお父様譲りの赤くて大きな目が気に入らないのだと言う。
家族に嫌われていながらも、持ち前のポジティブさと伯父様たちがいてくれたおかげで、わたしは無事に学園を卒業することができた。
卒業後、伯父様の元でレイ様と共に側近として働き始めたある日、伯父様が余命50日であると知らされたのだった。
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