上 下
6 / 21

5 有名な方のようです。

しおりを挟む
「はじめまして、アリス・キュレルと申します」
「イグス・イッシュバルドです」
「リノア・ブルーミングと申します」

 初対面の私達は簡単な挨拶を交わした後、キュレル子爵令嬢はイッシュバルド卿に話しかけた。

「それにしても失礼だと思わない? さっきの令嬢、私の顔を見て悲鳴をあげたんだけど」
「それだけ鬼婆みたいな顔してたんだろ」
「笑っていたつもりだったんだけど?」
「お前、目が笑ってない時が普通にあるからな」
「それは作り笑いしてる時」

 キュレル子爵令嬢とイッシュバルド卿は仲がよろしい様で、2人で軽快な会話をされています。

「2人は婚約者同士で、今はキュレル子爵令嬢はシルキー夫人の侍女、イッシュバルド卿はシルキー公爵の側近を勤めている」
「そうなのですね」

 ラルフ様が2人の関係性などを教えて下さりました。

 シルキー公爵とラルフ様は仲が良いと聞いていますので、お2人はラルフ様の味方でもあるという事なのでしょうか。
 
 イッシュバルド公爵家は公爵家の中でも王家に1番近しいと言われていて、権力も段違いです。
 そんな方が味方であるなら、とても心強いのですが。

「ブルーミング伯爵令嬢一人では厳しいと思うので、アリスを使ってもらえたら、と思うんですが、放って置くと暴走するんで、逆に迷惑をかけるんじゃないかという不安が」

 イッシュバルド卿は私の視線に気が付いたのか、キュレル子爵令嬢との会話を止めて、私に話しかけてくださいました。

「いえ、そんな。現に先程も助けていただきましたし」
「声をかけなくても大丈夫そうでしたけどね」

 キュレル子爵令嬢の言葉に、私は首を横に振る。

「キュレル子爵令嬢のおかげで、彼女は逃げていきましたし、本当に助かりました。ありがとうございます」
「私の事はよろしければ、アリスとお呼び下さい。あと、彼の事はテツと」
「では、私の事はリノアと呼んで下さい」

 ラルフ様とテツ様が仕事のお話があるというので、待っている間、私とアリス様もお話をする事にしました。

「イグス様なのに、なぜ愛称はテツ様なのですか?」
「話すと長くなるんですよ。あと、イグスって名前が嫌いみたいですね」
「そうなのですか…。あ、アリス様、楽な話し方にして下さいね。私は普段もこんな話し方ですので」
「私は子爵令嬢ですけど」
「公の場と使い分けていただけたら、と思います」

 貴族社会は上下関係が厳しいですが、堅苦しいのは面倒くさいので、そうお願いすると、アリス様は笑顔で頷かれました。

「では、お言葉に甘えてそうさせてもらうわ」

 アリス様は見た目は、意思の強そうな瞳を持つ、キレイ系のお姉さまといった感じで、私より1つ年上の19歳なんだそうです。

「どうしてアリス様は先程、間に入って下さったんです?」
「あまりにも幼稚なことをしてるから、見ていてムカついちゃって。だけど、何の理由もなく絡むわけにはいかないから、壁の花発言に食いついてみたの」
「あの令嬢は少し変わっているのです」
「頭が悪い事は間違いないわね。こんなに人がいる中で、あんな馬鹿な事をするんだから」

 アリス様が呆れた顔でそう言った時でした。
 私達の横を通る2人の令嬢が私に聞こえるようになのか、大きな声で言いました。

「あちらにいらっしゃるのはクラーク辺境伯様じゃない? イッシュバルド卿に話しかけていらっしゃるけれど、なんだか必死そうね」
「本当ね。名誉を挽回するのに必死ってところかしら」

 くすくす笑いながら言われるので、これは黙っていられず、私から話しかけます。

「あの、2人で話される事に何か問題がありまして?」
「あら、ブルーミング伯爵令嬢ではないですか。この度はお気の毒な事ばかり続いておりますわね。以前の婚約者は捕まえられましたし、クラーク辺境伯様もブルーミング伯爵令嬢を大事にされておられないようですものね」
「大事にされているかいないかなんて、あなた方にわかりはしないでしょう? 大体、何をもって大事にされていないと?」
「婚約者として滞在されているにも関わらず、一緒に過ごす時間が少ないと聞きましたわ。しかも、その間、クラーク辺境伯様は他の女性に会いに行っていらっしゃるのでしょう?」

 どうやら、ラルフ様に他に女性がいると言いたいようです。
 そんな方がいないのは私が一番わかっています。

「それがただの噂だった場合、あなた方はその発言に責任を取れるのですか?」
「な、何を言っていらっしゃるの?」
「あなた方がそうやって信憑性のない噂を話す事によって、どんどん広がっていくわけです。その影響に対しての責任は取れるのですか、と聞いているんです」

 2人の女性の事を詳しくは知りませんが、辺境伯以上ではない事は確かです。
 さすがの私も貴族の全てを覚えているわけではありませんが、辺境伯以上の方のお顔や名前は全て覚えているつもりです。
 それに当てはまらないという事は、伯爵家以下であるのは間違にないですから、ラルフ様の嘘の話を流すのは名誉毀損に当たります。
 もちろん、辺境伯以上の方が言っても名誉毀損にはなりますが、罪に問いにくくなるので困ったものです。

「そ、それは…」

 女性たちが口ごもると、黙って見守ってくれていたアリス様が笑顔で言います。

「そりゃあ、責任を取りますよねぇ? だって、ただの噂を本人に確認する事なく話している上に、しかも婚約者の方にその話を尋ねられたんですもの」

 アリス様の言葉に、2人のご令嬢はびくりと身体を震わせました。
 どうやら、私が社交界に疎かっただけで、アリス様はとても有名な方のようです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。 誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。 でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。 このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。 そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語 執筆済みで完結確約です。

【完結】悪役令息アレックスは残念な子なので攻略対象者ノワールの執着に気付かない

降魔 鬼灯
恋愛
美人メイドに迫られたアレックスは、自分が悪役令息だったことを思い出す。  ヒロインの姉を凌辱して自殺に追いやり、10年後断罪されるアレックスって俺じゃない?  でも、俺の身体は女なんですけど…。  冤罪で断罪されるのを回避するべく、逃げ出したアレックスは、自分を監禁することになる攻略対象者ノワールに助けを求める。  ボーイズラブではないのですが、主人公の一人称は俺です。苦手な方はお控えください。 小説家になろう、カクヨムでも投稿していますが、アルファポリス版だけ内容が異なります。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

私、侯爵令嬢ですが、家族から疎まれ、皇太子妃になる予定が、国難を救うとかの理由で、野蛮な他国に嫁ぐことになりました。でも、結果オーライです

もぐすけ
恋愛
 カトリーヌは王国有数の貴族であるアードレー侯爵家の長女で、十七歳で学園を卒業したあと、皇太子妃になる予定だった。  ところが、幼少時にアードレー家の跡継ぎだった兄を自分のせいで事故死させてしまってから、運命が暗転する。両親から疎まれ、妹と使用人から虐められる日々を過ごすことになったのだ。  十二歳で全寮制の学園に入ってからは勉学に集中できる生活を過ごせるようになるが、カトリーヌは兄を事故死させた自分を許すことが出来ず、時間を惜しんで自己研磨を続ける。王妃になって世のため人のために尽くすことが、兄への一番の償いと信じていたためだった。  しかし、妹のシャルロットと王国の皇太子の策略で、カトリーヌは王国の皇太子妃ではなく、戦争好きの野蛮人の国の皇太子妃として嫁がされてしまう。  だが、野蛮だと思われていた国は、実は合理性を追求して日進月歩する文明国で、そこの皇太子のヒューイは、頭脳明晰で行動力がある超美形の男子だった。  カトリーヌはヒューイと出会い、兄の呪縛から少しずつ解き放され、遂にはヒューイを深く愛するようになる。  一方、妹のシャルロットは王国の王妃になるが、思い描いていた生活とは異なり、王国もアードレー家も力を失って行く……

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

妹に虐げられましたが、今は幸せに暮らしています

絹乃
恋愛
母亡きあと、後妻と妹に、子爵令嬢のエレオノーラは使用人として働かされていた。妹のダニエラに縁談がきたが、粗野で見た目が悪く、子どものいる隣国の侯爵が相手なのが嫌だった。面倒な結婚をエレオノーラに押しつける。街で迷子の女の子を助けたエレオノーラは、麗しく優しい紳士と出会う。彼こそが見苦しいと噂されていたダニエラの結婚相手だった。紳士と娘に慕われたエレオノーラだったが、ダニエラは相手がイケメンと知ると態度を豹変させて、奪いに来た。

王子様と朝チュンしたら……

梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...