35 / 35
27 幸せになった聖女
しおりを挟む「そんな……、どうして今まで教えてくれなかったんだよ」
テイラーが二人しか知らない思い出を話すと、ピッキーは目を見開いて尋ねた。
「……最初はあなたのことが許せなかった。だから、あなたと共に生まれ変わったと聞いた時、神様に私だと言わないでほしいと頼んだの。あなた自身で自分の罪に気が付いてほしかった。そこで、やっとあなたを許せると思ったから」
テイラーはピッキーの顔に顔を寄せて話を続ける。
「私があなたを許す前に、あなたはリーニに恋をした。それまでは良かったの。だけど、エレーナの悪意をあなたは注意することもなく、手を貸そうとしたのよ」
「……オレに忠告しても無駄だったから、エレーナに噛みついたのか」
ピッキーは納得したように言った。
テイラーがエレーナ様に罰を与えることは、別におかしくないと思っていた。
でも、やり過ぎなのではないかとも思っていたから、今回の理由を聞いて腑に落ちた。
テイラーにしてみれば、やっと心が綺麗になってきたピッキーを惑わせたことが許せなかったのね。
「あなたを魔物にするわけにはいかないの」
テイラーは静かにそう言った。
ピッキーの体はどんどん砂に変わっていく。
テイラーたちの様子を見守っていたわたしに、ディオン殿下が耳打ちしてくる。
「邪神はどうなった?」
「……そうでした」
慌ててルルミー様のほうを見ると、気を失っているようだし、国王陛下のほうを見ても動きはない。
となると、残りはフワエル様しかいない。
でも、フワエル様も倒れているし、邪神を感じさせる気配はなかった。
「邪神なら神様が追い払ったわ」
テイラーがピッキーを見つめたまま教えてくれた。
ピッキーの体はもうほとんどなくて、この会話が最後だということがわかる。
「オレはどうなるんだ?」
「……わからないわ。神様が決めることだから。でもねピッキー。あなたが神様に本当に詫びる気持ちがあるのなら、また会えるわ」
「そうか……」
ピッキーの姿が見えなくなった時、わたしの耳元でピッキーの声が聞こえた。
「謝っても許されることじゃないけど、今まで本当にごめん」
そうね。
あなたは許されないことをした。
でも、今度、あなたが生まれ変わる時は、大好きな人と結ばれますように。
わたしの目からまた、涙が溢れ出した。
*****
しばらくしてから、レッテムがわたしたちの目の前に現れ、上手くいったと教えてくれた。
それと同時にテイラーの姿とピッキーだった金色の砂も消えて、意識を失っていた人たちが一斉に目を覚ました。
「あたし、助かったの?」
「助かりましたが、あなたは神様を信じる国の国民として、やってはいけないことをしました」
「何なの、その意味深な言い方」
ルルミー様はゆっくりと体を起こして、わたしを睨みつけてきた。
わたしが何か言う前に、フワエル様が壇上から下りてきて尋ねてくる。
「一体、何があったんだ? それに、リーニが来るまで中にいたはずの騎士たちはどこに行ったんだ?」
「彼らは神様が逃がしてくれたようです」
「逃がす? どういうことだ」
「こういうことです」
わたしは両手を広げて目を閉じた。
すると、少し離れてはいるけれど、魔物の咆哮が聞こえてきた。
「これは?」
ディオン殿下が焦った顔でわたしを見つめる。
「実は、ここに来てすぐにノーンコル王国に張っていた結界を全て解除しました」
「なんだって!?」
「なんですって!?」
フワエル様とルルミー様は無視し、ディオン殿下を見つめて話を続ける。
「この城を守る塀の向こうは森に囲まれていますので、わたしは塀で囲まれている部分にだけ結界を張り直しました」
「国民を誘導させたのはそのためか」
「はい。この城の周りを魔物に囲んでほしかったんです」
ソーンウェル王国の両陛下にお願いして、ノーンコル王国のソベル大将に連絡してもらい、魔物のいる南の地から城に続く道の一部に人を立ち入らせないようにしてもらっていた。
準備が整ったことを確認してから、わたしは結界を解除し、ラエニャ様に協力してもらい、人を立ち入らせないようにしてもらった一部の道と城の周りを囲む森を除いて結界を張り直した。
だから今は、城壁を越えてくることはないものの、城の周りは多くの魔物たちに囲まれているはずだ。
「そ、そんな! どうして、そんなことをするんだよ!?」
「フワエル殿下、あなたはルルミー様と結婚するおつもりでしたわよね」
「そ、それはそうだけど」
「ルルミー様、あなたはフワエル殿下と結婚するのですか」
「そうよ!」
頷いたルルミー様からは反省している様子が見えないので、今度こそは突き放すことにした。
「では、お幸せに。食料は転移魔法で送るようにいたしますね」
「ちょ、ちょっと待ってよ、どういうことなの!?」
「あなたは邪神と手を組もうとしました。ということは、あなたの仲間は人間ではありません。魔物です」
「ふざけたことを言わないでよ!」
「ふざけてなんていません。本気で言っています。仲間たちと仲良く暮らしてください。どうしても嫌な場合は心からの懺悔をお願いします。ですが、赦す赦さないかは神様の判断です」
自分たちがこれからどうなるのかわかったルルミー様とフワエル様は助けを求めてくる。
「嫌よ! こんなところに取り残されたくない!」
「リーニ! 僕はそこまでされるほど悪いことをしていないだろう!」
「一時でも邪神の使いになっていたルルミー様を妻にするのでしたら、あなたも魔物と共存するべきです。城壁の中には魔物は入ってこれませんから安全ですよ」
「人がいないじゃないの! あたしの世話をする人はどうなるのよ!?」
「城壁の外に出て、世話をしてくれる魔物を探せば良いのではないでしょうか」
そんな魔物がいるはすがない。
わかっているけれど、笑顔を作って言った。
「帰ろうか、リーニ」
「はい」
ディオン殿下に話しかけられて頷くと、フワエル様が叫ぶ。
「嫌だ! 帰らないでくれ! リーニ、助けてくれ!」
「そうよ! こんなところにいたくない!」
フワエル様とルルミー様がわたしに触れようとした時、ディオン殿下が転移魔法を使ってくれた。
それと同時に、エレーナ様は3つに分割されてしまったノーンコル王国の一部に戻ると、城の周りの森に繋がっていた道を結界で閉ざし、ノーンコル王国を3つから2つにしたのだった。
*****
ノーンコル王国の王城での出来事から3日経った朝、小島に行くとテイラーから声をかけられた。
「リーニに報告があるの」
「何かしら」
「あのね、私のお腹の中に赤ちゃんがいるみたいなの」
「……それって」
「ええ。神様がピッキーを生まれ変わらせてくれるって。今度はピッキーの記憶はなくすみたいだけどね」
「おめでとうと言って良いの?」
ワニの姿ではなく鹿の姿のままのテイラーは、わたしの質問に大きく頷いてくれた。
ピッキーの代わりのノーンコル王国の新しい精霊はワニだった。
エレーナ様はトラウマもあるから怖がってはいるけれど、何とかコミュニケーションを取ろうと頑張っている。
わたしの家族はソーンウェル王国に引っ越してこようとしたけれど、ディオン殿下にお願いして入国できないようにしてもらった。
ノーンコル王国の新しい国王陛下は、ラーラル家とは派閥が違う。
ノーンコル王国に居づらいということや、わたしがディオン殿下と婚約したことを知って、手のひら返しをしてきたけど、もう遅い。
わたしが今更家族を許せるはずもなく、お母様たちは国境付近で途方に暮れていると聞いた。
ルルミー様とフワエル様、そして、国王陛下は自分たちしかいない城の中で、外から聞こえてくる魔物の咆哮に怯えながら暮らしているらしい。
食べ物はわたしたちが用意して、転移魔法で送ってはいるけれど、調理されたものではないので、かなり苦戦しているとも聞いた。
ルルミー様とフワエル様は城にある塔の一番上に行って、毎日、湖の方向に向かって懺悔をしているというから、いつかは赦してもらえる日がくるかもしれない。
国王陛下だけは、後悔する様子が見えないため、結界の中で魔物化したあと消滅するだろうというのがレッテムの予想だった。
「おかえり」
小島から帰ると、ディオン殿下が出迎えてくれた。
昨日から、わたしとディオン殿下は一緒に暮らしはじめた。
城に来てほしいと言われたけれど、小島に行くには今の家が良いのだと言うと、ディオン殿下がこちらに来てくれた。
まだ、婚約者なので寝室は別だ。
「ただいまです」
「朝食の準備ができてる。今日は俺が作った」
「ディオン殿下がですか!?」
「ああ。出来ないよりかは出来たほうが良いかと思って覚えたんだ。凝ったものはできないけどな」
「それは楽しみです! ありがとうございます!」
手を繋いで、一緒にリビングに向かう。
ソーンウェル王国に来てからも、悲しいことや辛いことはたくさんあった。
でも、ノーンコル王国では得られなかった幸せがここにはある。
役立たずだと他国に追いやられてしまったわたしだけど、そのおかげで、今までにない幸せを手に入れた。
この幸せな気持ちを力にして、ディオン殿下や仲間たちと一緒に、この世界を守り抜いてみせると心に誓った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お読みいただき、本当にありがとうございました!
聖女ものはたくさんありますし、私自身も書いているため、被らないように……と考えて書いたものですが、ご都合主義はお許しください。
ノーンコル王国の王城はドーナツの穴の部分で、魔物がいるのはドーナツの生地部分と思っていただければと思います。
そして、その周りを新たなノーンコル王国が囲う形です。
お気に入り登録、エール、しおり、感想をいただき、本当にありがとうございました。
励みになりました。
少しでも楽しんでいただけていれば嬉しいです。
こちらの完結しましたが、新作「愛しているなら何でもできる? どの口が言うのですか」を投稿しております。
よろしければ読んでいただけますと幸いです。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
324
お気に入りに追加
2,255
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(61件)
あなたにおすすめの小説

地味令嬢を馬鹿にした婚約者が、私の正体を知って土下座してきました
くも
恋愛
王都の社交界で、ひとつの事件が起こった。
貴族令嬢たちが集う華やかな夜会の最中、私――セシリア・エヴァンストンは、婚約者であるエドワード・グラハム侯爵に、皆の前で婚約破棄を告げられたのだ。
「セシリア、お前との婚約は破棄する。お前のような地味でつまらない女と結婚するのはごめんだ」
会場がざわめく。貴族たちは興味深そうにこちらを見ていた。私が普段から控えめな性格だったせいか、同情する者は少ない。むしろ、面白がっている者ばかりだった。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります
すもも
恋愛
学園の卒業パーティ
人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。
傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。
「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」
私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】両親が亡くなったら、婚約破棄されて追放されました。他国に亡命します。
西東友一
恋愛
両親が亡くなった途端、私の家の資産を奪った挙句、婚約破棄をしたエドワード王子。
路頭に迷う中、以前から懇意にしていた隣国のリチャード王子に拾われた私。
実はリチャード王子は私のことが好きだったらしく―――
※※
皆様に助けられ、応援され、読んでいただき、令和3年7月17日に完結することができました。
本当にありがとうございました。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
お祝いのお言葉をありがとうございます✨
番外編のご希望もありがとうございます!
具体的にリクエストも嬉しいです✨
早ければ来週くらいに書けたら良いなと思っております!
最後までお読みいただきありがとうございました✨
お祝いのお言葉をありがとうございます✨
楽しんでもらえたのであれば本当に良かったです!
番外編は今のところ考えてないのですが「小説家になろう」さんにのせようかと思っているので、その時に書くかもしれません!
書きましたら、読んでいただけますと幸せです✨
最後までお読みいただきありがとうございました✨
返事が遅くなり申し訳ございません!
お祝いのお言葉をありがとうございます✨
ルルミーは迷惑な女でしたね😑
そして、エレーナへの優しいお言葉もありがとうございます💕
最後までお読みいただきありがとうございました✨