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16 聖女の気持ちの変化

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 不快感を表情に出したディオン殿下が、声のトーンをいつもよりも低くして、フワエル様に言う。

「そういう言い方はないでしょう。あなたはリーニのことを何だと思っているんですか」
「リーニのことは聖女だと思っています。それから元婚約者です。リーニは僕のことを愛してくれていました。だから、僕の元に戻ることは彼女の幸せにも繋がるはずです」
「そんなことはありません!」

 黙っていられなくて、わたしはディオン殿下の横に立ってフワエル様に告げる。

「わたしはノーンコル王国には戻りません。大体、あなたや両陛下がわたしをいらないと判断したのではないですか!」
「聖女をいらないだなんて言うわけ無いよ。あれは、ルルミーが悪いんだ。それにもう、ルルミーは聖女じゃなくなる。言い方は悪いけど彼女が聖女だったから交換したんだよ。ルルミーはもう聖女じゃなくなるんだから、もう無効だろう」
「ルルミーが聖女ではなくなったら、リーニを返すだなんて契約にはなっていません」

 ディオン殿下が応えると、フワエル様はわたしを見て訴えてくる。

「エレーナ嬢という人は足が不自由なんだろう? どうやってこの国を守るんだ? 自分の足も治せない聖女を国民が信じるわけないじゃないか!」
「エレーナ様は移動が大変なだけで、他の人の傷は治せますので心配する必要はないかと思われます。それに、エレーナ様は新たな聖女を代理に立てるかもしれません」

 エレーナ様がどう考えているかはわからない。
 今のところはエレーナ様は自分が聖女に戻るつもりみたいだ。
 小島に行って聖なる力を授かるには大変かもしれないけれど、車椅子があれば何とかなるはずだわ。
 車椅子は高価なものだけど、王家が用意できないほど高いものではない。

 小島の入口から祭壇まで行くのに、わたしが手伝っても良い。
 わたしに手伝われるのが嫌なら、他の聖女が手を貸してくれる。
 わたしの足がどんなに遅くても、ロマ様のように走ることができなくても、それを気遣って待ってくれるような人たちだもの。
 
 フワエル様は大きく息を吐いたあと、わたしに話しかけてくる。

「リーニ、やっぱり怒っているよね」
「……怒るのが当たり前ではないですか」
「でも、聖女がそれで良いのかな。過ちを赦すのも聖女の役目だと思う」
「それを決めるのはあなたではありません。神様からそう言われたなら考えますが、神様はそんなことを強制するお方ではありません」

 わたしの知っている神様は、邪神や邪神の手先でもある魔物から人間を守ろうとしてくれているだけで、本当ならば人間を見捨てても良い立場にある。
 人が神様に見守られているという感謝を忘れれば、神様の力は弱り、邪神の力が強くなってしまう。
 この世界の神様の力も邪神の力も、両方共に人間の考えなどで変わってくる。

 今、多くの人間が神様を敬っているから、神様の力が強い。
 神様を疑う人が増えれば、今度は邪神の力が強くなる。

 特に、わたしたち聖女にだけ起こる闇落ちをした場合、神様の力はかなり削がれてしまうと聞いた。
 だから、絶対に神様を憎んだりしない。
 これは、わたしとフワエル様の問題であり、神様は関係ないからだ。

 神様への信仰心とは無関係なので、フワエル様を赦すつもりはない。
 赦す心も大事だと思うけれど、赦せないものがあっても良いはずよ。

 フワエル様がわたしに頼んでくる。

「とにかく、神様に聞いてみてくれないか。僕は神様と話をしたくてもできないんだ」
「わたしをノーンコル王国に戻す話ですか? それだけ言うのでしたら、話はしてみますが、神様はわたしの決めた道を支持してくださるはずです」
「リーニ。それは本当に君の本心なのか? 誰かに言わされていたりするんじゃないのか?」

 フワエル様は、わたしが拒むだなんてことを思ってもいなかったようだった。
 信じられないというような顔をして、フワエル様はこちらに歩み寄ってこようとしたので、ディオン殿下が間に入ってくれる。

「フワエル殿下、もう城にお戻りください。リーニはここには遊びに来ているわけではないのです」
「では、ディオン殿下もお帰りになるということですか」
「魔物は落ち着いているようですし、リーニと簡単な話を終えましたら帰ります。リーニの邪魔をするということは、ノーンコル王国の国民の安全を脅かす可能性がありますから」
「そうですね」

 ディオン殿下に厳しい口調で言われたフワエル様は、さすがに意地を張ったりしている場合ではないと思ったのか諦めてくれたようだった。
 でも、すんなり帰ってはくれなかった。

「ディオン殿下が帰る時に僕も帰ることにします」
「どうしてそうなるんですか」

 呆れた顔でディオン殿下が尋ねると、フワエル様は両拳を握りしめて言う。

「リーニは未婚の女性ですし、ディオン殿下が彼女の婚約者であるというわけでもありません。それなら、元婚約者としてリーニをここに放って帰るのもどうかと思いまして」

 ディオン殿下が何か言う前に、わたしが口を開く。

「ディオン殿下が帰られたあとも、わたしには他にも一緒になって結界を見守ってくださる方がおりますから、フワエル殿下にご心配いただかなくても結構です。心配してくださっているという気持ちだけ有り難く受け取っておきますわ」
「な、なら、さっきも言ったようにディオン殿下が帰るまで僕も一緒にいさせてくれ」
「一緒にいてどうされるんです?」

 ディオン殿下のようにわたしを癒やしてくれるのならまだしも、フワエル様が近くにいても、わたしにしてみれば不快な気持ちになるだけだ。
 素直にその言葉を伝えると不敬になってしまうので、どう伝えたら良いのか困っていると、ディオン殿下が話しかけてくる。

「今の時間は君にとっては無駄な時間だよな。俺はフワエル殿下を連れて森を出ることにするよ。フワエル殿下、少しお話したいことがありますので、お付き合いいただけますか」
「え!? あ、はあ」

 間抜けな声を上げつつも、断るわけにもいかないと思ったのか、フワエル様は何度も頷いた。
 ディオン殿下はわたしのほうに顔を向けて話しかけてくる。

「じゃあ、リーニ。休める時は休むように。君をここに残して帰るのは本当は嫌なんだが、君が君のやるべきことをしているように、俺も自分の仕事をしっかりこなそうと思う」
「他の国の聖女もやっていることですから気になさらないでください。わたしはソーンウェル王国の聖女ではありますが、ノーンコル王国が他国だからといって助けないこともおかしいのです。ですので、今日はノーンコル王国の国民のために頑張らせていただきます」

 そこまで言って、ルルミー様が今はどうなっているのか気になった。

「ディオン殿下」
「どうした」
「現在、ルルミー様はどうされているのですか?」
「ルルミーは見張りをつけて実家に帰らせている。どうせ、帰らないといけない場所だからな」

 わたしが不安そうにしているように見えたのか、ディオン殿下は優しく微笑む。

「フワエル殿下との話が終われば、ルルミーのことはすぐに確認しておく」
「ありがとうございます」

 一礼すると、ディオン殿下はわたしの頬に大きな手を当てた。

「冷たくなってる。風邪をひかないように温かくするんだぞ」
「は、はい!」
「では、フワエル殿下、ノーンコル王国の新しい聖女になる予定のエレーナの件でお話があります」

 ほぼ無理やりといった感じで、ディオン殿下はフワエル様を連れて、森の外に向かって歩いていった。

 フワエル様の前だから、わざと触れたんでしょうけれど、胸のドキドキがおさまらない。
 頬に触れられたことも嫌じゃなかった。
 恥ずかしくて体が熱くなったからか、しばらくは寒さを感じることはなかった。




次の話はルルミー視点になります。
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