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15 聖女に会いたい人

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 非常事態ということで、神様に小島から南の結界の地まで飛ばしてもらえた。

 ラエニャ様と交代してから結界の様子を見てみると、思っていた以上の被害が出ているわけではなかった。
 ラエニャ様とは会えていないので、情報確認をするためにそのことを手紙に書いて送ると、すぐに返事がきた。

『そこまで修復するのに苦労したのよ。ルルミーが魔物を挑発するような行動をしていたから、余計に魔物は結界にぶつかってきていたみたいね。エレーナさんがルルミーを選んだ理由を私は知らないけど、何かの事情がないと、ルルミーのような女性を選ばないような気がするわ。今の私は魔力が空っぽだから、明日の朝までは力になることができない。厳しいと判断したら交代を早めるように連絡するようにしてちょうだい。次の人に遠慮して言えないというのなら私に連絡してね』

 私が遠慮してしまう性格だということを知っているからの言葉だと思うけれど、さすがに自分以外の人の命がかかっている以上、こういうことで遠慮するつもりはない。
 でも、ラエニャ様からのわたしを気遣う気持ちは伝わってきたので、とても嬉しく思った。

 結界の範囲は横に広い。
 しかも森の中だから移動も大変だ。
 それに結界の異変を確認することも大変なので、目視する人数が必要だという話になった。
 ノーンコル王国の軍関係者に協力を仰ぎ、結界は見えないけれど、魔物が入ってくることはわかるから人を配置してもらおうと考えた。
 
 エレーナ様以外の聖女の連名でノーンコル王国の軍を南の地に派遣するように、国王陛下にお願いしたけれど、許可が下りなかった。
 では、他国の兵をと言うと、ノーンコル王国の国民ではないと駄目だと言われたため、こちらで国民に声をかけさせてもらうと言うと、それには許可が下りた。

 国王陛下のことだから、あとから何か文句を言ってきたり、手伝った人を罰する可能性があるため、そんなことにならないように各国の国王陛下から脅しをかけてもらった。

 ノーンコル王国の国王陛下は暗殺を恐れている。
 だから、自分が危険だと思う人物は殺す。
 かといって、他国の国王陛下を傷つけることはできない。
 そうなれば、確実に自分が殺されるからだ。

 わたしが個人的にお願いしたところ、希望者のみになるけれど人を貸してくれると言ってくれた人がいた。

 軍のトップであるソベル大将はノーンコル王国の国王陛下のことを良く思っていない。
 わたしはそのことを知っていたし、ソベル大将は曲がったことが嫌いだから、弱いものいじめが大嫌いだった。
 そのため、いじめられる側のわたしには、厳しいことを言いつつも、なんだかんだいって優しかった。
 ノーンコル王国にいた頃の少ない人脈の中にソベル大将がいたことは本当に助かった。

 ノーンコル王国の軍隊は魔物と戦うための軍隊なので、ソベル大将から事情を聞いた非番の兵士たちの多くが、無償にもかかわらず交代で結界の見張りに協力してくれることになった。
 
 夜遅くなった頃、持参していたパンをかじっていると、休憩中の兵士の人が温かいスープを分けてくれた。

 ランタンの形をした魔道具の灯りのおかげで、わたしの周りは昼みたいに明るいから、怖さが半減している。

 昼間は心地よい気温だったけれど、夜になると風が冷たい。
 スープで温まった体がまた冷えてきた時、誰かが私の背中に上着をかけてくれた。

 驚いて振り返ると、黒の外套を着たディオン殿下が立っていた。
 慌てて立ち上がって尋ねる。

「ディオン殿下! どうしてこちらに?」
「入国の許可を取るのに時間がかかって遅くなってしまった。体は冷えてないか?」
「あ、はい! わたしは大丈夫です!」

 ディオン殿下がかけてくれたのは、女性用の黒のジャケットだった。
 背中にかけてもらっただけなのに、とても温かい。

「このジャケットは……」
「防寒具なんだ。市販品で悪い。森の中は冷えるかと思ったから買ってきた」
「ありがとうございます。大事に着ます!」

 防寒を重視しているため、わたしが着ているワンピースドレスには合わないかもしれない。
 でも、今はファッションを気にしている場合ではないし、気持ちだけでも十分嬉しかった。

「食事はとったのか?」
「はい。あの、もしかして、ジャケットを届けに来てくださったのですか」
「それだけじゃない。君の様子が気になって来たんだ」
「あ、ありがとうございます! あの、お一人で来られたわけではないですよね」
「さすがにな。ミーイは置いてきたが、腕の立つやつを連れてきている。最悪、転移魔法で逃げれるしな」

 苦笑するディオン殿下に尋ねる。

「ノーンコル王国の陛下は入国を拒んだのではないですか」
「そうだな。かなり時間がかかったのは確かだ。だけど、入れてくれないのであればリーニ嬢をソーンウェルに戻せと言ったら入れてくれた。俺にそんな権利がないということはわかっていないらしい」
「そうだったんですね」
「ところで魔物はどうなっている? ノーンコルの陛下はかなり難しい顔をしていたが」
「わたしの前にここを担当してくれた仲間が言うには殺気立った魔物が結界に体当りしていたそうです。でも、わたしが来た時には魔物はかなり落ち着いていて、肉眼で見える数も少なくなってきています」

 結界の向こうは暗闇で見えづらいけれど、魔物の目は夜には光るので、いるかいないかの判断はつく。

「近くにいることは確かだが、そう多くないんだな」
「……魔物がこれだけ集まったのは、結界の力が弱まっただけでなく、ルルミー様の聖なる力が穢れ始めていたからかもしれないと考えているようです」
「そのことなんだが、エレーナはルルミーに委任していた聖女としての役割を一度、自分に戻すと言っているらしい」
「それは良いことかもしれません。でも、戻すだけなら」

 不安になって思わず、ディオン殿下の腕の部分の服を掴んでしまった。
 すると、ディオン殿下はわたしの手の上に、掴まれていないほうの手を乗せて言う。

「ソーンウェル王国の聖女は君だ。エレーナはノーンコル王国の聖女になる」
「ソーンウェル王国の聖女でいても良いのですか」
「ああ。俺も両親も君がソーンウェル王国を選んでくれることを望んでる」
「もちろんです!」

 何度も頷くと、ディオン殿下ははにかんだような笑顔を見せてくれた。
 その笑顔に癒やされていた時、ディオン殿下が急に後ろを振り返った。
 それと同時に、ディオン殿下が連れて来ていた騎士やノーンコル王国の兵士たちも、同じ方向に体を向けた。

「あの、リーニが来ていると聞いて来たんですが」

 現れたフワエル様は、ディオン殿下の体でわたしが見えないのか、ディオン殿下に話しかけた。

「リーニに何か御用でしょうか」

 フワエル様を牽制するためなのか、ディオン殿下はわたしの名前の後ろに嬢をつけなかった。

「もしかして、リーニのことを誤解していたんじゃないかと思い始めたんです。それに、ルルミーは聖女ではなくなるんですよね。代わりにエレーナという女性が来ると聞きましたが、リーニのほうが良いと思ったんです」

 フワエル様と再会した時は胸が痛くなるかと思っていた。
 でも、フワエル様の配慮のない言葉のおかげで、全く悲しい気持ちにはならなかった。
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