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9  聖女代理の叫び

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「なんてことをするのよっ!」

 ルルミー様は噛まれたほうの足を押さえてしゃがみ込みながら、ポーラに文句を言った。

「あなたは代理であっても聖女なのよ。自覚を持ちなさい!」
「うるさいわね! あたしは聖女に認められて聖女になったのよ! ちゃんと助けられるものは助けてんだからそれでいいじゃないの!」
「あなたって人は」
 
 ポーラは唸り声を上げて威嚇しようとしたけれど、ルルミー様の背後から現れた真っ白な熊を見て、ぷいとそっぽを向いた。

 現れたのは、ロナの国の精霊で、精霊の間ではリーダー格でのアッセムだ。
 アッセムは普通の熊よりも一回り大きく、全身が白い毛に覆われている。
 見た目は可愛らしいけれど、素手の人間では太刀打ちできないくらいに大きいし、力も持っている。
 そんなアッセムがルルミー様に話しかける。

「聖女同士は仲間なんだ。攻撃しようとするのはやめろ。それから、いいかげんに子供みたいなことをするのはやめて真面目に聖女の仕事をしたらどうなんだ」
「……っ、何よ偉そうに」
「偉そうに言われたくなければ仕事をしろ」
「ルルミー、今は謝っておいたほうがいい。アッセムを怒らせたら何をされるかわからない」
「……わかったわよ。ごめんなさい」

 さすがのルルミー様も、アッセムと戦ったら勝てないことは理解できたようだ。
 不貞腐れたような顔をしてはいるけれど、素直に頭を下げた。

「真面目にやれ。いいな?」

 アッセムはルルミー様が謝ったことを確認すると、心配そうにこちらを見守っていたロナの所に戻っていく。

「それにしても、本当に痛いわ」

 アッセムが遠ざかっていくのを確認すると、ルルミー様は眉をひそめてポーラに噛みつかれた部分に手を当てた。
 その仕草を見て、治癒魔法をかけるつもりなのだろうと思った。
 ポーラも加減してかみついていたのか、長い丈のドレスを持ち上げて見えた白い足首には、パッと見ただけでは血は流れていない。

 それなら、治癒魔法で痛みが簡単にとれると思った。
 それなのに、なぜかルルミー様はしばらくしても立ち上がらなかった。

 わたしは昨日の件で魔力が空っぽに近かったので、ルルミー様にかまっていられないことを思い出し、今の内にと祭壇に向かって走り出す。

 昨日の疲れもあってか体調は良くないけれど、重かった足が普段と比べて軽く感じた。

 そういえば、ここを走る時はもっと苦しかった気がしたんだけど、昨日から楽な気がする。

「リーニ、大丈夫?」

 ぴょんぴょんとレッテムが近づいてきて、並走しながら、わたしを見上げた。

「大丈夫よ。昨日からなんだかわからないけど、体が軽いの」
「そっかぁ。もしかしたら、ピッキーが意地悪してたのかもしれないねぇ」
「意地悪?」
「うん。魔法を使えるから、リーニの足を重くするような魔法をかけていたのかもぉ。ピッキーはずる賢くて、そういうの上手いんだよねぇ」

 レッテムが「ふー」と大きなため息を吐いた。

 そんなことをされていた可能性があるだなんてショックだわ。
 もともと、足が遅かったから、運動不足なのだと思って気が付かなかった。

「今更なんだけれど、どうして力を授けてもらうのに競争しているのかしら。普通の人なら魔力は体を休ませれば戻るものなのに、聖なる力を使うための魔力は神様から授けられないと魔力が復活しないというのも不思議だわ」

 魔力のことはカップに水を入れるか、高級の果実酒を入れるかによって値段が変わるようなものなのかもしれないと思って理解できるけど、祭壇までなぜ競争しなければならないのか、ずっと疑問に思っていた。
 でも、今までみんな、そうしてきたのだから、そういうならわしなのだと思うようにもしていた。

「んーとね。競争の答えは簡単だよぉ。聖女に選ばれた時は綺麗な心を持っていてもぉ、人は生き方によって変わっちゃう時があるんだぁ。ルルミーは別だけどねぇ」
「ルルミー様は代理ですものね」
「うん。でねぇ、選ばれた時はとっても良い子だったのに、悪い人に知り合って、嫌な子になっちゃった子がいるんだぁ。でもぉ、人間界でのことは神様は干渉できないでしょぉ」
「そうね。干渉してしまうと、色々と不具合が出てきそうだもの。それに、自分にもという人が出てきちゃいそう」
「そうなんだよぉ。だからぁ、神様は魔物や邪神の動向しかわざと見てなかったんだぁ。でもぉ、それじゃ駄目だってなって、ここを競争にしたんだよぉ」

 そこまで話をしてもらったところで祭壇にたどり着いたので、一度話をやめてレッテムと一緒に祭壇でお祈りをした。
 力を授けてもらったあとは、レッテムに先程の話の続きを促す。

「競争することによってどうなるの?」
「リーニが今の聖女の中で、一番、実感してるんじゃないかなぁ」
「……もしかして、思いやる心があるかどうか試しているの?」
「そうだよぉ。リーニの足が遅いと、ルルミー以外の皆は自分のことを気にしつつも、足の遅いリーニを優先したり、歩くのも大変になっているロマを待ったりするよねぇ。みんな、魔力は少しでも多くほしいはずなのにねぇ」
「競争と言われたら、より良い結果を求められている気がするけれど、辛そうな人を見ると足を止めてしまう気持ちはわかるし、聖女たちが足を止めてくれる人たちばかりだということも知っているわ」

 わたしだってロマ様に先を譲ることがあるし、安易かもしれないけれど、神様はそれで聖女の人となりを確認しているのかもしれないわ。
 でも、それなら聖女らしくないと判断された場合はどうなるのかしら。

「性格が悪くなったから聖女じゃない、なんて、神様は言えないんだよねぇ。きっと、昔の優しい聖女に戻ってくれるって信じちゃうんだよねぇ。だから、精霊がサポートにまわるんだけど」
「信じてもらえなくなるのも悲しいことだし、最後の最後まで他の誰が信じなくても、神様は信じようとしてくれているのね」

 納得したあと、そういえばルルミー様がまだやって来ないことに気がついた。
 足の怪我を治して、わたしよりも先に祭壇に来ていてもおかしくないくらい時間が経っているのにだ。

 振り返ってルルミー様のいた方向を見てみると、ピッキーの背中に乗って、こちらに向かってきていた。
 昨日、魔力を授かっていないから、聖なる力が使えなかったのかもしれない。
 早く走るとルルミー様が落ちてしまうのか、ピッキーはゆっくり祭壇に向かっていく。

 わたしとレッテムは二人と入れ替わるように、橋に向かって歩き出した。

「どうして!? どうして治らないのよ!?」

 少ししてから、ルルミー様のヒステリックな声が聞こえたので、足を止めて振り返った。

「足の痛みがとれない! どうしてよ! ポーラ! あんた、あたしに何をしたのよ!」
「そういえばぁ、精霊につけられた傷って罰みたいなものだから、反省しない限り治らないんだよねぇ」

 ポーラに喚き散らすルルミー様を見つめながら、レッテムが呑気そうな口調で言った。
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