役立たずの聖女はいらないと他国に追いやられましたが、色々あっても今のほうが幸せです

風見ゆうみ

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1  出来損ないの聖女

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 パーティー会場に戻れるはずもなく、わたしとフワエル様はその場で別れた。
 両陛下も承知のことらしく、今回の婚約破棄と聖女の入れ替えは、両陛下からフワエル様への誕生日プレゼントなのだそうだ。

 両陛下のこともとても優しい方たちだと思っていた。
 こんなことをする人だとは思っていなかった。
 でも、国民を幸せにするための最良の方法を選んだのだから、優しいことに間違いはないわね。

 フワエル様の瞳に合わせた水色のドレスが目に入るたびに涙がこぼれ、少し心を落ち着かせてから、わたし付きのメイドに声を掛けた。

 悲しい出来事はこれだけではなかった。

 わたしが家にたどり着いた時には、婚約破棄の件は実家にも連絡がいっていて、屋敷に入るなり、お父様から平手打ちを食らった。

「せっかく聖女に選ばれたというのに、他国の聖女と交換だと!? この恥晒しめ! お前みたいな役立たずは二度と家には入れん! 誰かがお前を迎えに来ても、自分の足でソーンウェルに向かったと言っておいてやる!」

 お父様はそう叫ぶと騎士に命令して、わたしを家から追い出した。
 お母様とお兄様はわたしを助けようとする様子はなく、蔑んだ目でわたしを見つめているだけだった。


*****


 わたしの住んでいる世界には十の国があり、各国には一人ずつ聖なる力が使える聖女がいる。
 その聖女たちは、世界の中枢にある世界樹という大木から魔力を得て聖なる力を使う。

 世界樹は大きな湖の中心にある小さな小島にある。

 世界樹のある小島や湖を囲むように十の国があり、世界樹から力をもらうためには、毎日争わなければならない。

 どう争うのかというと、毎朝6時に世界樹の下に行き、小さな祭壇で祈りを捧げると、先着順で魔力を与えてもらえる。
 
 どういう理由かはわからないけれど、少しでも早く祭壇にたどり着いて祈りを捧げれば、魔力が多く与えられるのだ。

 そのため、昔から聖女たちは競争していた。

 各国が建設した橋は不思議な力が働いていて、6時から7時の1時間しか使用ができない。
 ちなみに、たとえその時間であっても聖女以外が渡ろうとしても見えない壁ではじかれてしまう。

 本当なら陸地から湖の真ん中にある小島にたどり着くには、2キロ以上ある長い橋を渡らなければならない。
 でも、聖女は一瞬にして、その小島にまではたどり着ける。
 それなら橋は必要ないとも思うけれど、参道のようなものらしい。
 わたしにとって、小島にたどり着いてからが問題だった。

 大体の聖女は6時に小島にたどり着き、そこから、500メートル先にある世界樹に向かって走り、早く着いたものから魔力を与えてもらえる。

 悲しいことに、わたしは走るのが遅かった。
 
 だから、同時に走り始めた場合、10人中の9番目くらいでしかたどり着けず、聖女の能力を使うための魔力が少ししか与えてもらえない。

 10番目になるのは優しいお婆さんで、いつものんびりと歩いている。
 それでも、わたしよりも強い力を発揮する結界を張れるのだからすごいと思う。

 このことを考えると、魔力だけが問題ではないような気もしてきた。



 家を追い出されて行くあてもなかったわたしは、聖女の力を使う代わりに、無料で宿屋に泊まらせてもらい、服も宿屋の娘さんのお下がりをいただいた。

 次の日、悲しい気持ちを振り払い、今日こそは何とかして一番に祭壇にたどり着くのだと意気込んで走った。

 でも、わたしの足の遅さが変わるわけもなかった。

「おはよう、リーニ」
「おはようございます、リーニ様、お話は聞いておりますわよ!」

 自分の不甲斐なさに泣きたくなっていると、わたしを挟むようにして並走しながら、他の国の聖女たちが話しかけてくれた。

 聖女というだけあって優しい人が多い。

 先に祭壇にたどり着いていた聖女たちも、魔力をもらうこともなく近くで待ってくれていた。

「おはようございます、皆様」

 わたしは19歳で聖女の中では若いほうだ。
 だから、別け隔てなく敬語を使っている。

 力を分け与えてもらえる祭壇の前に着いたところで足を止めると、待ってくれていた人たちも集まってきた。

 だから、昨日の出来事について話そうとした時だった。

「ほんと、うざいわ。どんだけトロいのよ。見てるだけでイライラする。消えて」

 一番に力を与えてもらったルルミー様が、わざとわたしにぶつかって言った。

「消えるわけにはいきません」

 よろめきはしたものの、何とか体勢を保って言い返すと、踝まである黒いドレスがよく似合う、細身のルルミー様は鼻で笑う。

「消えてほしいわ。目障りだもの」
「ルルミー、あなたいいかげんにしなさいよ!」
「そうよ。わざわざぶつかる必要はないでしょう。目障りだなんて言う必要もないでしょう」

 他の聖女たちがルルミー様を叱ると、彼女はピンク色のウェーブのかかった髪をかきあげて言い返す。

「うるっさいわね。私たち聖女の仕事は結界を張ることや傷ついた人を治癒することでしょう。そんなことも満足にできないんだから、これくらいしても良いのよ!」
「わたしは仕事をサボっているわけではありません。それに、わざと人にぶつかるのはどうかと思いますが」

 わたしが言うと、ルルミー様は突然、足元に咲いていた小さな花を踏みつけた。
 そして、グリグリと黒いハイヒールの踵で花を押しつぶしながら言う。

「口答えすんじゃないわよ。この花と同じように潰すわよ」
「ルルミー様、忠告していただけるのは有り難いですが、罪のない花をわざと踏みつけるのはおやめください」
「あー、うっざ! いい子ちゃんぶって本当にキモい。あ、あんた、フワエル様にあたしのことをチクっても無駄だからね。信じないだろうし、あんたはもっと嫌われるだけだから! まあ、あたしにしてみりゃ、あんたが嫌われてくれたほうが面白いんだけどねー!」

 ルルミー様は言いたいことを言い終えると、笑いながら去っていった。

 ルルミー様の姿が見えなくなると、わたしの視界を埋め尽くすくらい太い幹に緑の葉が生い茂った世界樹が風もないのに揺れた。

「こんなことを言うのは失礼かもしれないけれど、フワエル殿下はルルミーの何が良かったのかしら」
「フワエル殿下の前では猫を被っているんじゃないですか」
「どうして、あんな汚い言葉を吐けるのかしら」

 わたしのせいで潰された花を、治癒能力で復活させていると、聖女たちが話し始めた。

「あの子は本当に困った子よねぇ。あの子が聖女に選ばれた理由が本当にわからないわ」

 聖女の最高齢である、今年70歳になる小柄なロマ様が杖をついてゆっくりとわたしのほうに近づきながら言った。

「ルルミー様は外見はとても素敵なんですけど、中身が残念ですわね」

 苦笑して言うと、周りが怒り始める。

「たとえ王族が相手でも、聖女には王族に意見する権利が認められているのよ。リーニはこのままで良いの? あなたはフワエル殿下のことが本当に好きだったじゃないの」

 フワエル様との話をよく聞いてくれていた、ノナが悔しそうな顔をして言った。

「好きだったけどしょうがないんです。フワエル様はルルミーが好きみたいですから」

 昨日のフワエル様との話を伝えると、聖女たちの怒りはエスカレートする。

「信じられない! 結界が弱いのはリーニのせいじゃないわ。それだけ魔物が多くいるからなのに!」

 結界は聖なる力で保たれている。
 そして、魔物は闇の力だ。
 魔物が結界に触れるたびに結界の力は弱まっていくようだから、それだけ魔物がわたしたちの国に侵入しようとしているということだとも考えられている。

「いいえ。わたしのせいです。そのせいで国民に不安な思いをさせてしまったのですから、婚約を破棄されてもしょうがないとは思います。今は魔力を授かったあとに結界を補強することが、わたしの役目です」

 力強い口調で言うと、話題が変わる。

「もし、結界が弱いからという理由で婚約を破棄したとしても、ルルミーとリーニが交換される理由がわからないわ」
「そうよね。ソーンウェル王国にしてみれば、ルルミーは優秀な聖女みたいだし、普通は手放したくないはずなのに、どうしてなのかしら」
「もしかしたら、ソーンウェル王国の王族はルルミーの正体に気づいているとか?」

 わたしも皆さんの会話に入ろうとした時だった。

「いつまで話をしてるんだよ。早く力を授かって戻るんだ。君たちのやることは、多くの人を幸せにできるような世界を作ることなんだよ!」

 突然、わたしの目の前に現れた大きな茶色の鹿が言った。
 彼は、わたしを導いてくれる精霊で名前はピッキーだ。
 運動が苦手なわたしを、どんくさいと言って嫌っている。

 各国には一匹ずつ精霊が補助として付いてくれている。

 でも、世界樹の近くでないと話をしたり姿が見えることは普段の生活ではできない。
 精霊が存在していることは、皆知っているけれど、実際に見たことのある人はそう多くはいない。

 ピッキーは大きな角でグリグリとわたしの腕を押してくる。

「早く国から出ていけよ。僕はルルミーと一緒にノーンコル王国を栄えさせるから」

 生意気な態度のピッキーの体は、わたしの一回り以上は大きい。
 だから、力で押し返そうと思っても無駄だった。

「今度こそは上手くやれるかしら」

 誰に問うわけでもなく呟いた時、ソーンウェル王国に付いている精霊でピンク色の毛を持つ、ちょっと太り気味のウサギのレッテムが話しかけてくる。

「ごめんなさぁい。ぼくがルルミーと上手くやれなかったからだよぉ」

 しゅんと俯いて謝ってくるレッテムを見つめて口を開こうとすると、ピッキーの後ろ足でお尻を蹴られる。

「とっとと力をもらって帰れ! 出来損ないの聖女め!」
「わかったわよ。レッテム、また、改めて話をしましょう」
「う、うんっ! 本当にごめんねぇ」

 ポロポロと涙を流すレッテムの頭を撫でてから、順番待ちをしようとした。
 
 でも、他の聖女たちが順番を譲ってくれたおかげで、わたしは2番目に聖なる力を神様から授けてもらった。
 9日に一回はいつもこうやって、順番を譲ってくれる。
 どんなに遠慮しても無駄だった。

 聖女たちは、わたしが努力していることを知っているからそうするのだと言う。

 周りの優しさに感謝して、ノーンコル王国にできることをやってから国を出ようと思った。
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