婚約破棄していただき、誠にありがとうございます!

風見ゆうみ

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25 お仕事頑張ってくださいね!

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 お姉様が働くことになった店内の様子を確認してみる。

 広いフロアには四人がけの丸テーブルが10卓、宴会用なのか10人以上で食事ができそうな長方形のテーブルが2卓置かれていた。
 店の奥にはカウンター席も見える。

 丸テーブルの席に私たちが座ると、メルちゃんは私とロード様の間で寝そべった。

 ちょうど私の向かい側に座った30代前半くらいの女性は、この店のチーフでラムさんといい、新人の教育も担当しているのだと教えてくれた。

「久しぶりに鍛えがいのありそうな子ですね。ああいうタイプは中々、精神的にまいらないタイプなので助かります」

 ブラウンのウェーブのかかった長い髪を後ろで1つにまとめた、いかにも姉御といった見た目のラムさんは、私とロード様に向かって、あはは、と豪快に笑った。

 くだけた口調になっているのは、ロード様がそこまで畏まらなくても良いと言ったからだ。

 許可がおりたにしても、度が過ぎるんじゃないかしら。 
 そんな風に思いつつ、ラムさんに話しかける。

「お姉様にはどんなことをさせるおつもりなんですか?」
「簡単なことしかやらせませんので安心してください。普通に給仕させるだけですよ。ただ、相手が問題です。根は悪い奴らではありませんが、言葉遣いも悪いし声も大きい。それに清潔感もないし、デリカシーも欠けてる。……あ、全ての男性がそうってわけではないですので」
「それは承知しています」

 頷いてみせると、改めて念押ししてから、ラムさんが教えてくれたのは、採掘場で働いている男性たちの事情だった。

 採掘場は山を登った場所にある。

 だから、採掘場で働いている人たちは、仕事を終えると山の麓まで下りてくる。
 麓の町は採掘員のおかげで人は増えてきたけれど、お店は少なく、日用品や食料品を売っている店はあっても、食事ができる店はこの店しかないとのことだった。

 多くの男性はこの近くにある寮生活で、寮でも食事は出るけれどメニューが決まっている。
 だから、味に飽きてきた時には、この店に通っている人が多いのだという。
 仕事後、寮に戻ってしまえば出るのが億劫だという人ばかりで、仕事終わりに作業服のまま、この店にやって来るから汗臭い人が多いのだそうだ。

「そんな採掘員を見て不潔だとか言って、嫌がる若い女の子が多いんです。だから、人を雇ってもすぐに辞めちゃうんですよ」

 笑い事ではないのに、あはは、とラムさんは笑った。

 お姉様が、この店で働くことはできるのかしら。
 迷惑ばかりかけそうで心配だわ。

 心配にはなったけれど、毎日が忙しければ、私のことを忘れて、ここで仕事に励んでくれるかもしれない。

 だから、それはそれで良いかなとも思った。



*****



 その後、別れを告げるため、お姉様の部屋に向かった。
 ノックのあとに扉を開けてくれた、お姉様は泣きながら訴えてくる。

「ミレニアぁ! 一緒に住みましょう? で、面倒なことはミレニアが全部やってくれないかしら。わたしは男性の相手だけするわ!」
「嫌です。お姉様のお仕事なんですから頑張ってください。それに、私が今ここに来たのはお姉様にさよならを言いに来ただけですから」
「そ、そんな、ミレニア! 見捨てないでよぉう!!」

 お姉様が近寄ってこようとしたけれど、付いてきてくれていたメルちゃんが「ワンッ」と一声鳴いて、動きを止めてくれた。

 メルちゃんは本当にすごいボディーガードだわ。

「ほ、本当に……、さよならなの……?」

 お姉様が目に涙をいっぱい溜めて聞いてきた。
 
 ちょっと良心が痛むけれど、ここははっきりと言わせてもらう。

「これで今度こそさよならです。お姉様、お元気で! お仕事頑張って下さいね!」

 くるりと背を向けると、廊下で見張りをしてくれていた騎士が扉を閉めてくれた。

「待って、待ってよミレニアぁっ!!」

 お姉様が扉をどんどんと叩くけれど、騎士が外側から鍵を締めたので開くことはない。

 お姉様がちゃんと仕事をしているかは、連絡の取れる伯父様から聞けばいい。

 そう思って、ロード様とメルちゃんと一緒に酒場をあとにした。

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