婚約破棄していただき、誠にありがとうございます!

風見ゆうみ

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23 ご活躍を楽しみにしています

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「ここ、あまり清潔感がなくって好きじゃないので、場所を移動して話をしませんか?」

 お姉様は口をへの字に曲げて、キョロキョロと辺りを見回したあと、そう言った。

「お望み通り移動しようか。ここから少しだけ下った所に店があるんだ。ここで働いている採掘員の癒やしの場なんだよ。だから、店に通っているのはほとんど男性だ。心配しなくても身を売るところじゃない。ただの酒場だよ」
「そこでお話をするんですか? もっと清潔感のあるところが良いです!」
「そうだね。詳しい話はそこでするつもりだけど、君にはそこで働いてもらう」
「え!? どうしてですか? そんなの絶対に嫌ですぅ! 断固拒否しますっ!」

 お姉様は体をくねくねさせながら、ロード様に向かって首を横に振った。

 公爵であるロード様の命令を断れると思っているところがすごいわよね。
 
 ここまで自分の言いたいことを言えるのって、ある意味、生きていくには楽かもしれないわ。
 周りの声を気にせずに生きていけたなら、ストレスが少なくて済みそう。
 かといって、お姉様みたいになりたくないけれど。

「君は拒否できる立場にないよ」
「どうしてですかぁ?」
「公爵家に約束もなしにやって来た上に僕の愛犬を傷つけようとしたんだ。しかも、ミレニアにも不快な思いをさせているしね。それなのに公爵家が何の罰を与えないだなんておかしいだろう。対応が甘いということで、他の人に真似されても迷惑なんだよ。まあ、今回も甘いかもしれないけど、何もしないよりかは良い」
「ちょ、ちょっと待ってください! わたしを見せしめにするつもりなんですかっ!?」
「やらなくても良いことをやったんだから、それくらいの覚悟はしてもらわないと駄目だということだよ」

 冷たい笑みを浮かべたロード様を見た、お姉様の表情が引きつった。



*****



 お姉様が働く予定のお店まで、嫌がるお姉様を女性の騎士に頼み、引きずるようにして連れていってもらった。
 引きずられている間、お姉様は泣きわめいていたけれど、運動不足ということもあり、体力がなくなったのか、すぐに大人しくなった。

 私もどんな店か気になったので一緒に付いていって確認してみると、外観はどこの町にでもあるような木造の普通の酒場だった。
 ただ、周りは民家とこじんまりした商店しかないので、あまり繁盛しているようには見えない。

 営業時間は夜からのようで、お昼前である今はお店は開いていないから、そう見えるだけかもしれない。
 ロード様は酒場の人と話をつけているようで、鍵のかかっていない木の2枚扉を開けて中に入っていこうとして足を止めた。

「メル、お前はここで待てだ」

 ロード様に付いていこうとしていたメルちゃんだったけれど、駄目だと言われてしまい、しょんぼりした様子でお座りをした。

 私がそう見えたのだから、ロード様がそれに気付かないわけもなく、メルちゃんの前でしゃがみ、頭を撫でながら優しく言い聞かせる。

「良い子で待っていてくれたら、おやつをあげるよ」

 おやつ。

 という言葉に反応して、メルちゃんが嬉しそうに尻尾を振った。
 ロード様はズボンのポケットから小さな袋を取り出すと、その中からビスケットを出してメルちゃんにあげた。

 待てに反応してお座りしたご褒美で、ロード様が帰ってくるまで大人しく待っていられたら、またご褒美をあげる形だ。

 ロード様があげたのはメルちゃんの好物のビスケットで、このビスケットだけはハヤテくんにも分けてあげなかったりする。

「メル、待てだぞ」

 ビスケットをメルちゃんが食べ終えたことを確認してから、ロード様は私に話しかけてくる。

「悪いけど、メルと一緒に待っていてくれるかな」
「わかりました」

 頷くと、ロード様はメルちゃんに声をかける。

「ミレニアを頼むよ」
「ワンッ!」

 元気よく返事をしたメルちゃんを見て微笑んでから、ロード様はお姉様と、お姉様を捕まえてくれている騎士に声をかける。

「さあ、中に入ろうか」
「嫌です! わたしは働きたくなんかありません!」
「とにかく中に入って話を聞いてみたらいいよ」
「嫌ですぅっ! ミレニア! 助けてよぉっ!」

 お姉様が私に助けを求めてきたので、笑顔で手を振る。

「お姉様のこれからのご活躍を楽しみにしています」
「ちょっとミレニア、あなた何を言ってるのよぉ!?」

 ロード様たちが店の中に入っていくのを見送っていると、離れた場所にいたからか、メルちゃんはお座りをやめて、私の隣に移動してきた。
 そして、私の足に体をくっつけるようにして、お座りする。

 メルちゃんもなんだかんだ言って寂しがりやなのね。

 メルちゃんの隣にしゃがんで優しく撫でていると、お姉様の叫ぶ声が聞こえてきた。

「どうして、わたしが働かなくちゃいけないんですかぁ!?」

 どうして、そこまで緊張感なく生きていけるのかしら。
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