婚約破棄していただき、誠にありがとうございます!

風見ゆうみ

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6  信じられません!

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 お姉様のことはまた改めて何か言ってきたら考えることにして、これからの私たちの関係をどうしていくかについての話を始めた。

「結婚に関しては、あと2年くらい待ってもらえると助かるんだけどどうだろう。こんなことを僕が言うと失礼に当たるかもしれないが、結婚する年齢にこだわりはあるのかな」
「特にありません」
「ならいいが、もし気になるようなら書類上だけになるが、結婚は今すぐにでも可能だ」
「そこまで焦っておりません」

 何度も首を横に振ると、ロード様が苦笑する。

「僕の私生活を考えると、結婚式や新婚旅行など、夫婦生活を送るにはもう少し時間が欲しいんだ」

 ロード様は17歳だから、今は学園に通っている年齢のはず。
 学園に通っていなくても、専属の教師を雇っていそうだし、それが落ち着くまでは結婚どころじゃないでしょう。

「この家に置いていただけるのでしたら、結婚は焦りません。年齢的にいえば、社交界では行き遅れになるかもしれませんが、ロード様の年齢を考えれば周りも理解してくれると思います」
「ありがとう。今はまだ、仮の公爵夫人といった形になるから、仕事はやる必要はないよ」
「そんなわけにはいきません。何もしていないのに置いてもらうわけにはいきませんから、できることはさせてください」

 頭を下げてからお願いすると、ロード様は苦笑する。

「わかった。そこまで気になるならお願いするけど、君は犬が好きみたいだからメルとハヤテの遊び相手になってあげてくれないかな。ハヤテは邸内をウロウロするだけでも散歩になるといえば散歩になるんだけど、メルはもっと運動したいだろうからね」
「承知しました。といっても、メルちゃんの体力に私がついていけるか心配ですが」

 大型犬の散歩って一日に3キロから4キロと聞くし、私が散歩させられてしまう感じかもしれない。
 私が思っていたような仕事ではないけれど、与えられた仕事はしっかりこなさないといけないわ。
 私の運動不足解消にもなるし、最初はメルちゃんに迷惑をかけるかもしれないけれど、メルちゃんなら私の様子を見て散歩してくれそうだし、きっと大丈夫。

 メルちゃんたちとの散歩がとても楽しみになってきたので、ロード様に聞いてみる。

「散歩は庭園などのルシエフ公爵邸の敷地内のほうが良いですわよね」
「ああ。別に外に出てもそう危険というわけではないけど、君自身もここに慣れていないだろうから、まずは庭園を散歩から始めてくれると助かる。いつも、使用人が散歩させてくれてるから、そのコースをメルやハヤテが勝手に歩いていく可能性が高いけどね」
「では、最初はいつも散歩をしてくれている使用人に一緒に行ってもらうことにしますね。慣れてから、一人で行くようにいたします」
「そのほうがいいだろうね。あと、犬が立ち入ってはいけない危険な場所はメイドに伝えさせるよ。それから、メルが嫌がるような場所にも近付かないようにしてほしい」
「承知しました。メルちゃんが嫌がる場所というのは具体的にどんなところなのでしょう」
「草むらは嫌がると思う。それから、これは特にハヤテに言えることなんだが、好奇心が旺盛で、すぐに匂いを嗅ごうとするんだ。そこに毒蛇などが隠れている可能性があるから、先が見えない茂みなどに顔を突っ込んだりしないように気をつけてほしい」

 毒蛇に咬まれたりしたら大変よね。
 私はわざわざ茂みに行ったりしないけれど、ハヤテくんはやんちゃだし、何かいると思ったらすぐに近づいていきそうね。

「あと、メルは一度蜂に刺されて酷い目にあったから、蜂の巣が近くにあると、その木の近くには近付きたがらない。それは君の安全にも繋がるから、メルに従ってほしい」
「もちろんです」
「それから、ハヤテはルシエフ家の敷地内の散歩であっても絶対にリードをつけるのを忘れないようにしてほしいんだ」
「それはもちろんですが、メルちゃんはリードは付けなくても良いんですか?」
「敷地内の場合はいいよ。はしゃいで走り回る様な子じゃないから。でも、リードを付けることは当たり前になっているから、メルはリードを付けてくれるのを待つと思う」

 ハヤテくんは散歩が大好きで、興奮して走り回るということかしら。
 普段の様子を見ているだけで、それが想像できてしまう。
 そういえば、どうしてロード様は突然、犬を飼いたいだなんて言い出されたのかしら。
 それがなければ、追い出されることもなかったのよね。

 また気になっている様子が顔に出ていたのか、ロード様が尋ねてくる。 

「まだ他に聞きたいことがある顔をしてるけど、何だろうか」
「あ、あの、言いたくなければ結構なのですが、国王陛下との喧嘩のきっかけになったお話の犬というのは、もしかして、ハヤテくんとメルちゃんのことなのでしょうか」
「きっかけはメルだけなんだ。元々、メルを飼ってた人間が小さい頃は可愛かったのに、メルがどんどん大きくなるからいらないって言い出したんだよ」
「そんな無責任なことを言う人が犬を飼うだなんて信じられません!」

 あまりに腹が立って大きな声を上げてしまったので、慌てて口を押さえる。
 すると、ロード様は嫌な顔はせずに頷いてくれた。

「僕もそう思ったんだ。だから引き取ることにした。そのことを伝えたら、父上から追い出されたわけなんだけど、メルには追い出されたもの同士で仲良くしようなって言ってるんだ。たぶん、彼女は意味がわかってないだろうけどね」

 そう言って笑うロード様は、追い出されたことに対して不快に思っている様子はまったく見えない。

 私も婚約破棄されて追い出されたようなものだから、その仲間に入れてもらえたら嬉しい。
 そう思った時「ワン」と小さく吠える声が聞こえた。

「メルか」

 ロード様が扉のほうに顔を向けると、メルちゃんたちが、いつでも入ってこれるように作られた小さな扉からメルちゃんが中に入ってきた。
 口にはリードをくわえていて、リードにつけられた胴輪が小さいので、メルちゃんの分ではなく、ハヤテくんのリードだと思われた。

「散歩に行きたいの?」

 メルちゃんに尋ねると、ふさふさの尻尾を左右に振って、私の足元にリードを置いた。

「私と行くの?」

 尋ねてみると、笑っているみたいに口をパカッと開けて、ふさふさとまた尻尾を振ってくれる。
 すると、今度は犬用の扉からハヤテくんが入ってきた。
 ロード様の所に行くのかと思ったら、私の所へ走ってきて膝の上に乗ろうとする。

「僕が飼い主なんだけどな」

 ロード様が悲しそうな顔になると、その嘆きが聞こえたのか、メルちゃんがロード様の所へ行って尻尾を振った。

 ロード様はいつも忙しそうだから、メルちゃんは遠慮して私にリードを持ってきたのかもしれない。
 本当はロード様と散歩に行きたいわよね。

「ロード様」
「どうした」

 厚かましいお願いだとわかっていつつも、メルちゃんとハヤテくんのためだと思ってお願いしてみることにする。

「出来れば、今日だけ一緒にお散歩をしていただいて、立ち入ってはいけない場所などを教えていただけませんか? 次からは使用人に頼みますので」
「わかった。それに、こんな所まで来てくれた婚約者を放っておくなんて失礼なことだよな」

 ロード様は私の意図を察してくれたのか、笑顔で頷いたあと話しかけてくる。

「僕と一緒に散歩してくれるかな?」
「もちろんです」
「ありがとう。ハヤテ、おいで」

 呼ばれたハヤテくんは、嬉しそうに尻尾を振って、ロード様のところへ駆け寄った。

 ロード様が慣れた様子で私から受け取った胴輪をハヤテくんにつけると、それはもう嬉しそうに飛び跳ねて喜ぶ。

 ロード様との散歩が嬉しいのね。

 微笑ましく思っていると扉がノックされたので、ロード様が返事をした。
 すると、執事が慌てた様子で中に入ってくる。

「お話し中に申し訳ございません! ミレニア様宛にミレニア様のお姉様から電報がきております!」

 嫌な予感がして、電報が届かなかったふりをしてもらおうかと思ってしまった。
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