婚約破棄していただき、誠にありがとうございます!

風見ゆうみ

文字の大きさ
上 下
4 / 52

3  追い出した!?

しおりを挟む
 キューンキューン。 
 
 あまり聞き慣れない音が聞こえた気がして、ゆっくりと目を開ける。

 見慣れない白い天井をぼんやりと見つめたあと、さっきの音はどこから聞こえて来たのだろうかと不思議に思って、首だけ左右に動かした。

 また、キューンキューンという音が聞こえてきて、それが犬の鳴き声だということに気がついた。

 意識がはっきりしていくと同時に、カリカリと扉をひっかくような音とメイドらしき人の遠慮がちな声が、扉の向こうから聞こえてくる。

「ハヤテ、駄目ですよ。ミレニア様はまだ眠っておられるんです。眠っているのを邪魔しては駄目ですよ。ああ、メル、お座りしてお利口にして待っていても扉は開けませんよ」

 そんな話が聞こえてしまった以上、このまま二度寝する気にはなれないので、ゆっくりと体を起こした。
 窓のカーテンの隙間からは明るい光が漏れていて、ベッド脇に置いてある時計を見ると、朝の10時近くなっていた。

「大変だわ! 初日なのにこんな時間まで眠ってしまうなんて!」

 慌てて飛び起きると、私の声がハヤテくんの耳に届いたのか、ハヤテくんがバウバウと吠え始める。

「もう! ハヤテ、やめてちょうだい! 起こしてしまったらどうするの!? ……あら、メルも尻尾を振ってるわ。 ということは」

 私が目を覚ましたことに気付いたのか、躊躇いがちに扉がノックされたので返事をする。

「おはようございます! 起きています! 寝坊してしまって本当にごめんなさい!」
「とんでもございません。扉を開けてもよろしいでしょうか」
「かまいません!」

 寝間着のままではあるけれど、着替えがどこにあるのかわからないので聞かなければならない。
 だから返事をすると、ハヤテくんを片手で抱っこした状態でメイドが中に入ってきた。

「おはようございます、ミレニア様。おやすみのところを邪魔してしまい申し訳ございません。ベッドの寝心地はいかがでしたでしょうか」
「気にしないでください。もう起きないといけない時間ですもの。それに、ベッドも快適でした。疲れていたのもあるかもしれませんが、心地よくて、こんなにぐっすり眠れたのは久しぶりです」
「そう言っていただけますと、とても嬉しいです」
「これから、このベッドで眠れるなんて本当に幸せです」

 笑顔で言うと、メイドは困ったような顔をして言う。

 「ミレニア様、わたくしに敬語を使っていただく必要はございません。メイドに当主様のお客様が敬語を使っているところを見たことがありません」
「ああ、えっと、そうね。気をつけるわ。助言してくれてありがとう。ところで、あなたの名前は?」
「シャルと申します」
「シャルね。私はミレニアよ。私は養女だったし、実の姉に問題があって、向こうの邸のメイドたちは姉の世話で精一杯だったの。だから、申し訳ないけれど私の侍女や専属メイドはいなくて、一人も連れてこれていないのよ」

 普通なら侯爵令嬢がお供を連れてこないだなんてありえない。

 ロード様には、手紙などでこのことを伝えていたけれど、使用人たちに伝わっていない可能性もあるので、シャルにも一応伝えておいた。
 すると、赤毛の髪をシニヨンにした、私と同年代くらいの見た目のシャルは微笑む。

「詳しい話はロード様からお聞きしております。ですが、よろしければミレニア様からも、今までどのように過ごされていらしたのかお聞かせ願えますと光栄です。それから」

 バウッ!

 シャルが話している途中で、ハヤテくんが大人しく我慢できなくなったのか、彼女に抱っこされた状態で私に向かって吠えた。

「こら!」

 ハヤテくんは私のところに来たいみたいで、シャルに怒られても気にせずに彼女の腕の中で暴れまくっている。

「ハヤテくん、おいで」

 手を伸ばすとハヤテくんは「そっちに行く!」と言わんばかりに、さっきよりも暴れ始めた。

「ミレニア様、ハヤテはとても重いのですがよろしいですか?」
「一度、抱っこしてみても良いかしら」
「もちろんでございます」

 シャルからハヤテくんを受け取ると、思った以上に重かった。
 だけど、持てないほど重いというわけでもない。
 ハヤテくんは私に抱っこされると、今度は必死に顔を舐めようとしてきた。

 さすがに寝起きに顔はちょっとと思ったので、暴れるハヤテくんを何とか落ち着かせていると、トントンと足に何かが触れた。
 目だけ下に向けると、メルちゃんが自分もここにいると言わんばかりに、口をぱかっと開けて笑っているみたいな顔で私を見上げていた。

「メルちゃんもおはよう」

 挨拶をするとふさふさの尻尾を大きく振ってくれた。

「2匹とも人懐っこいのね」

 持てないことはないけれど、長時間抱き続けるには辛い重さなので、ハヤテくんをシャルにまた預けると不満そうに吠えてきた。
 そんなハヤテくんの頭を撫でてから、今度はしゃがんでメルちゃんの相手をする。

「メルちゃんはまったく吠えなくて偉いわね」
「ハヤテはお客様が大好きで、よほどのことがない限り懐きます。ですが、メルは人を選びます。屋敷内に入ったことがあり、ロード様と和やかに話をしているところを見ない限り、メルは人に心を許しません」
「そうなのね。私の場合は昨日、ロード様と話をしているのを見たから仲良くしてくれているのね」

 メルちゃんの顔を両手で包んで撫で撫ですると、メルちゃんは喜んでいるのかパタパタと尻尾を振った。

 そうこうしている内に他のメイドも私が起きたことに気が付いて、朝食はいつでもとれるようにしていると声をかけてくれた。



*****




 身支度を終えてからの朝食後、改めてロード様に挨拶しようと思い、執務室まで連れてきてもらった。
 メイドにお茶を淹れてもらい、彼女が部屋から出ていったあと、改めてロード様に挨拶をすると、寝坊をしたことを気にされる様子もなく笑顔で話しかけてくる。

「昨日はよく眠れたか?」

「はい。お部屋もとても快適でした。言い訳にしかなりませんが、そのせいで寝坊してしまい申し訳ございません」
「長旅で疲れてるんだから気にしなくていい。あと、普段の生活で不自由に感じることがあれば遠慮なく言ってほしい」
「そんなわけにはいきません! 王命とはいえ、私は押しかけてきたようなものですから」
「僕はそんな風に思っていないから、君が恐縮する必要はない。逆に遠慮されると困るんだよ」

 そう言って、ロード様は優しく微笑んでくれた。
 
 不自由に感じることではないけれど、お姉様がロード様に何か連絡をしていないか気になって尋ねてみる。

「私には姉がいるのですが、ロード様に何か連絡をしてきていたりしませんでしょうか」
「君の姉は変わっているよな」

 特に何もなかったなら、こんな返しはしてこない。
 お姉様はロード様に何か連絡してきたんだわ。

 焦って、ロード様に尋ねる。
 
「姉はなんと連絡してきたのでしょうか」
「……そうだな。色々と連絡してくれたよ」
「い、色々とですか? それに、姉は何度も電報を打ってきたんでしょうか」
 
 嫌な予感を感じつつも聞き返すと、ロード様は大きなため息を吐いて頷く。

「そうだな。一度や二度じゃなかった。まあ、その話は後で話すとして、こちらから伝えておきたいことを先に話してもいいかな」
「もちろんです」

 大きく頷くと、ロード様が眉根を寄せて話し始める。

「この話はすぐに公になると思うが、兄上がジーギスを王城から追い出した」
「王城から追い出した!?」

 何もお咎めがないはずはないと思っていたけれど、追い出すなんてことは予想外だったため、大きな声で聞き返してしまった。
しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

水谷繭
恋愛
子爵令嬢のジュスティーナは、裕福な伯爵家の令息ルドヴィクの婚約者。しかし、ルドヴィクはいつもジュスティーナではなく、彼女の妹のフェリーチェに会いに来る。 自分に対する態度とは全く違う優しい態度でフェリーチェに接するルドヴィクを見て傷つくジュスティーナだが、自分は妹のように愛らしくないし、魔法の能力も中途半端だからと諦めていた。 そんなある日、ルドヴィクが妹に婚約者の証の契約石に見立てた石を渡し、「君の方が婚約者だったらよかったのに」と言っているのを聞いてしまう。 さらに婚約解消が出来ないのは自分が嫌がっているせいだという嘘まで吐かれ、我慢の限界が来たジュスティーナは、ルドヴィクとの婚約を破棄することを決意するが……。 ◆エールありがとうございます! ◇表紙画像はGirly Drop様からお借りしました💐 ◆なろうにも載せ始めました ◇いいね押してくれた方ありがとうございます!

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

処理中です...