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1  たまに思い出すくらいにしますね

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  精神的に疲れてはいるけれど、後回しにする話でもないので、屋敷に帰ってすぐに伯父様のところへ、先程のことを報告しに向かった。

「ただいま戻りました」
「おかえり。おや、疲れ切った顔をしているな」
「……ええ、まあ」
「レニスも王城に行っているらしいが会わなかったか?」
「会いました。そのことで伯父様に御報告したいことがあります」

 大きく息を吐くと、伯父様は眉根を寄せた。
 
 お姉様のことが大好きな伯父様は話を聞いても、最初は信じてくれなかった。

 ちなみにお姉様は伯父様のことをお父様と呼んでいるけれど、私は伯父様のままだ。
 公の場ではお父様と呼ぶようにしているけれど、伯父様がお父様と呼んでほしいのは、お姉様だけだったから。
 私も別に伯父様を無理にお父様と呼ぶ気にもならなかったから、それはそれで良かった。

 伯父様に具体的に国王陛下とジーギス殿下がお姉様を取り合っていたという話をすると頭を抱える。

「お前はそんな嘘をつくような子じゃないしな」
「本当にあった出来事です。疑うようでしたら、王城まで事実を確認しに行っていただいたら良いかと思います」
「そうだな。そうしよう」

 伯父様はそう言うと、慌てて部屋から出て行った。

 さっきの話は、その時に思いついたことだったのかしら。
 そうだとしたら、本当に困った人たちだわ。
 
 伯父様もお姉様に甘すぎるのよね。
 貴族の全てがこんな人たちではないけれど、お姉様のような女性がタイプ、もしくは嫌いではない人は呆れてしまうくらいに、お姉様馬鹿になっていく人が多い。
 ここまでお姉様に引っかかる人が多いと、お姉様が賢ければ敵国に潜入させて、ハニートラップでもさせたら良いんじゃないかと思ってしまう。

 だって、ここまで男性に好かれているのなら、簡単に相手から情報を引き出せそうに思えてしまうんだもの。
 ……なんて、自分が投げやりな気持ちになってしまっていることはわかっている。

 それくらい、ありえないことが起こったのだ。

 やってもいないことで婚約破棄を言い渡され、その上、会ったこともない年下の公爵閣下のところに嫁入りしないといけなくなったんだから、多少の現実逃避は許していただきたい。
 
 ロード様がジーギス殿下よりもまともな人であることを祈るしかないわ。
 父親である国王陛下があんな人なのだから、除籍されたロード様がどんな人なのか、まったく見当がつかない。

 新しい婚約者になったロード様に送る手紙を書いている時にお姉様が伯父様と一緒に邸に帰ってきた。
 その後、自分の部屋に真っ直ぐ帰ればいいものを、なぜか、お姉様は私の部屋へとやって来た。

 この家のメイドはお姉様のことを好んでいない人が多い。
 でも、お姉様は当主のお気に入りでもあり、書類上は当主の娘でもある。
 だから、当たり前のことだけれど私情は挟まずに、お姉様の世話をしてくれている。

 この家のメイドたちは伯父様たちとは違い、昔の私と同じように駄目なものは駄目だと、お姉様を叱ってくれるし、全面的な味方にはならない。
 だから今回も私の部屋の前に立って、お姉様を私の部屋に入れないようにしてくれた。

「そこを退いてくれない? 今頃ミレニアは泣いていると思うの。姉なんだから慰めてあげないといけないのよ」
「ミレニア様は強いお方です。レニス様の助けはなくても立ち直ることができるかと思います」

 お姉様にメイドがそう答えると、お姉様の泣き声が聞こえはじめた。

「うっ、うっ! そ、そんなっ……いじ、わる、しつゃ駄目よぉっ! そんなにっ、ミレニアが嫌いなのっ!? そんな風にっ、見捨てたりなんか、したら、……っ、そんなっ……のっ、可哀想じゃない!」

 お姉様は私がショックで部屋に閉じこもっていると思い込んでいるみたいだった。
 しかも、メイドが私に意地悪をして、お姉様が私を慰めることを拒んでいると考えているようだった。

 どうせ、思い込んだら何を言っても人の話は聞かない人なのだから、相手はせずに放っておくことにする。

 メイドには申し訳ないけれど、しばらくお姉様の相手をしてもらい、ロード様宛の手紙を書き進めていると、お姉様は泣き疲れたのか、自分の部屋に戻っていったようだった。

 伯父様はお姉様を可愛がっているけれど、私のことを嫌っているわけではない。
 だから、無理矢理、私にお姉様と会ってやれと言ってこないことは本当に助かっている。

 この年になるまで、私を面倒見てくれた伯父様には感謝しているし、ここを経つ前に恩返しとして出来ることはやっていこうと思っている。

 ロード様への手紙を書き終えると、先に電報を打った。
 婚約についての話と、詳しい話は手紙を送ると連絡すると、すぐにロード様から電報で自分の家族の非礼に対する侘びの言葉が返ってきた。
 そして2日後、早馬でロード様から手紙が届いた。
 国王陛下の代わりに手紙を送ってくれた、私への感謝と謝罪の言葉と私が良いというのであれば、いつでも私を受け入れられると書かれていた。

 気になったのは犬は好きかと書かれていたことだ。
 嫌いや苦手でないことを祈る、とも書いてあったので、どういうことか、とても気になった。

 実家では犬を飼っていたけれど、こちらの家に来てからは動物を飼っていない。
 もしかしたら、ロード様の邸には犬がいるのかしら?

 そう思うと、心が踊った。
 なぜなら、動物全般が好きだけれど、特に犬が好きだからだ。

 3日後に出発して2日でそちらに行かせていただけないかということと、犬も大好きだと電報を送ると『それなら良かった。使用人たちも心待ちにしている。迎えの馬車を送るようにするが、気を付けて来てくれ』と連絡があった。

 伯父様に3日後に出発するという連絡をすると、国王陛下の側近のほうから近い内に書類が送られてくるので、それを書いてから出ていくようにと言われてしまった。

 犬に触れられるかもしれないという嬉しさで、大事なことを忘れてしまっていた自分が嫌になった。
 
 次の日には婚約の書類が送られてきたので、私は契約書をじっくり読んでから、その書類にサインをした。

 書類を持ってきてくれた人に聞いたところ、王太子殿下と王妃陛下には、宰相やロード様が連絡を入れてくれたようで、お2人は3日後には王城に戻ってこられるのだそうだ。
 だから、私はお2人と入れ違いに出発することになる。
 それまではお姉様が暴走して、それと一緒に国王陛下やジーギス殿下が馬鹿なことをしないように目を光らせておかなくちゃいけないわ。

 お姉様から解放されると思うと、残りの日にちなんて苦じゃないわ!

 王太子殿下はお姉様のようなタイプは好きじゃないから信用できるし、もう少しの辛抱。
 何とか乗り越えてみせるわ!

 そんな風に自分に言い聞かせて過ごしていると、すぐに日は過ぎ、旅立ちの日になった。

 旅立ちの日は、雲一つない快晴で心地よい風が吹いていて、お姉様や伯父様だけでなく、多くの使用人が見送りに来てくれた。

「ミレニア、本当にわたしのこと嫌ってない?」

 目を真っ赤にしたお姉様が、泣きながら尋ねてきたので笑顔で答える。

「お姉様、今回の件に関しては感謝してますので、本当に気になさらないでください」
「あなたは田舎に行かされるのよ? しかも、ロード様なんて、どんな人かわからないじゃない?」
「悪い人だという話は聞いたことはありませんし、手紙の文面を見ていると、とても良い方のように思います。ですから、私のことは気になさらないでください。では、お姉様お元気で。ジーギス殿下とお幸せに!」

 ロード様がジーギス殿下よりかは確実に良い人だと言える。
 それに、お姉様から解放されると思うと本当に嬉しいわ。

「ミレニア! わたしのことっ、ひっく、忘れないでねえっ!」

 馬車に乗り込む私に、お姉様が手を振りながら叫んだ。

 忘れはせずに、たまに思い出すくらいにしますね。

 お姉様は大泣きしていたけれど、私の心の中は今日の空のように晴れ晴れとしていた。
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